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11 ケイドシウスのその後

ロドヴェーヌでいったい、何が起きているのか。

王国へ二度と戻る気のなかったケイドシウスにとって、現状を把握するために気軽に尋ねることのできる相手というのは、セヴリーヌを筆頭とするハルガリン公爵家やその家門に由来する人間、もしくは第五騎士団に所属する人間しかいなかった。

ケイドシウスの母は、三年前に他界している。


「父がもし石化剤をセヴリーヌに飲ませる予定なのだとすれば、早急に解石剤を完成させなければなりません。しかし、解石剤の作成には魔物の材料が必要で、莫大な資金が必要なのです。帝国から支給される予算だけでは、到底間に合いません。ですから殿下には、どうかそれらの一時的な工面と材料の確保をお願いしたいのです。お代は必ず、ハルガリン公爵家から返しますから」

「金はいりません。しかし、話はわかりました。では必要な材料の一覧を直ぐに準備してください」

「はい、今すぐに」


ケイドシウスは歯を食いしばって、屋敷に留まることを選択した。

そしてこの非常事態に、ゼヴァンもアカデミーに戻ることなく、父親や一番上の兄であるゼドゥルと直接の連絡が出来る転移箱を抱えたまま、その日からケイドシウスの屋敷に転がり込んだ。


セヴリーヌの危機的状況に、なぜ自分はこんな異国の遠い地にいて、傍にいないのだろうか。

近い将来兄の隣にいるセヴリーヌを見るのが辛くて、ロドヴェーヌのためにと理由をつけ帝国まで逃げた自分への天罰なのだろうか。


無力さと惨めさに打ちのめされながらも、焦燥感に駆られて短慮な思考で動かないよう、懸命に自分を戒める。

セヴリーヌは、浅はかな人間が嫌いだ。

こんな時こそ、しっかりとしなければ。


しかしロドヴェーヌ王国のために長年尽力してきたハルガリン公爵家やセヴリーヌを見捨てることなどないだろうと、誤解は解けたという吉報がやがて届くだろうという二人の期待は見事に裏切られ、セヴリーヌが近日中に断罪されるという連絡を最後にハルガリン公爵家との連絡は途絶えた。


ケイドシウスはその知らせで一度抑え込んだ気持ちをもう抑えることができずに、ロドヴェーヌ王国行きの船便が発着する港へと馬を走らせる。

馬は潰れる前に入れ替えて、自分は不眠不休で駆けた結果、一カ月かかる陸路は二週間ちょっとで到着した。

しかし、フラフラになったケイドシウスを乗せてくれる船便はなかった。

ゼヴァンが言っていた通り、海が荒れるこの二カ月ほど、直行便は出ていないらしい。


直行便の再開を焦れながら待ち続けて、何もできないまま一カ月が過ぎた。

待つ間に迂回便で向かうか悩んだケイドシウスだったが、その港町でロドヴェーヌからの直行便が来たと聞いて宿を飛び出す。

残念ながら、その船もロドヴェーヌからの運航を最後にしばらくこの港町に停泊するとのことで、すぐに折り返すつもりはないとのことだった。

そしてその最後の便に乗っていたのが、セヴリーヌの父と一番上の兄ゼドゥルだった。



セヴリーヌの父は明らかに焦燥しきっており、ケイドシウスに昔剣を教えてくれた元騎士団の第五隊長であるゼドゥルが、状況をケイドシウスに説明してくれた。


ハルガリン公爵家は帝国へ亡命したこと。

石化したセヴリーヌは処刑台へ連れて行かれたが、結局傷ひとつないまま流刑地へと運ばれること。

「セヴリーヌを置いて、亡命したのですか?」

責める口調を隠すこともできないまま、ケイドシウスはゼドゥルへ詰め寄る。

「ああ、そうだ。セヴリーヌを助けるために、私たちは何としてでも生き延びなければならないんだ」

ギッと睨み合う二人を落ち着かせるように、ハルガリン公爵は二人の間に口を割って入った。


「セヴリーヌは石化させた。しばらくは誰にも傷つけられることはない」

「まだ解石剤は完成していないとお聞きしました。なぜセヴリーヌを石化させるようなことをしたのですか?」

ケイドシウスは、今度はハルガリン公爵へ嚙みついた。

ハルガリン公爵はその様子を見て怒りを覚えるどころか、少し嬉しくなる。


いつも何かに怯えて目立たぬようセヴリーヌの後ろにいた小さな王子が、今はこうして堂々と自分の目の前で怯む様子もなく突っかかってくるとは、随分と成長したものだ。

あの城の中でここまで生き延びるとは正直思っていなかったし、いくら第二王子だからといっても後ろ盾がちっぽけで存在が薄すぎて、そもそもの選択肢に含まれていなかった。


ケイドシウスをここまで育てたのは、ラミアとセヴリーヌだ。

足繁くケイドシウスのもとへ通うセヴリーヌをただの心の優しい子だと思っていたのだが、先見の明があったのは自分ではなくセヴリーヌのほうだった。


ハルガリン公爵から、セヴリーヌに訪れようとしていた危機を聞いたケイドシウスは、蒼白になりながらも額に青筋を浮かべ、そして事情も知らずに公爵を責めた自分を恥じて謝罪した。

公爵を取り巻く環境も決して優しいものではなかったはずなのに、それでも危険を犯してなんとかセヴリーヌの石化に成功したのだ。

「そうした事情だったのですね。セヴリーヌを守っていただき、ありがとうございました」


ケイトリンは、どこまでも狡猾で、蛇のような女だ。

もしセヴリーヌが石化する前にケイトリンの手に落ちていたならば、死すらも望むような恐怖と苦痛をじわじわと味わわされたことだろう。

そして、セヴリーヌの性格上、ならず者たちに乱暴されたとあっては、処刑されるより前に自害を選んだかもしれなかった。



「いや、解石剤のため、娘のために動いてくれていると息子から聞いています。こちらこそ、ありがとうございます」

「今後、どのようにセヴリーヌを助けるおつもりですか?」

「セヴリーヌは数日後、流刑地に流される予定だそうです」

海賊船を装って流刑地に向かう船を襲い、セヴリーヌを助け出す作戦を立てているとハルガリン公爵はケイドシウスに伝える。


表立って動けなくとも、ハルガリン公爵家に裏で情報を寄越してくれるような友好的な家門はいくらでもある。

むしろ、ケイトリンを選ぶようなイレドシウスには不満と不安を抱える貴族が多く、王族は求心力を失いはじめ、ロドヴェーヌ国内には不穏な空気が漂っていた。


それから数日、祈るような気持ちでセヴリーヌ救出の知らせを待つ三人だったが、彼らの望みはことごとく打ち砕かれてしまう。

本物の海賊船が現れて海上で戦闘がはじまり、セヴリーヌの乗っていた船が転覆したという知らせが入ったのだ。


「……帝国へ、戻ります」

「え?」

「公爵は、セヴリーヌの行方を調べてください」

「ああ、それは勿論ですが……殿下はどうなさるおつもりですか?」

「今のままでは、自由にセヴリーヌを捜すことができません。帝国と手を組んで、ロドヴェーヌを属国にすることを条件に、私の後ろ盾となって貰います」


ケイドシウスは、帝国とロドヴェーヌの懸け橋となるべく派遣された。

すなわち帝国に、そして皇帝に気に入られていた。

「お前が次期国王になるならば、もっとロドヴェーヌにも目をかけてやるのに」と冗談交じりに何度か言われたことがあるが、それを冗談で聞き流したのは、イレドシウスを支えるセヴリーヌのためにならないと考えたからだ。


万が一イレドシウスに何かあれば、真っ先に自分の行動や発言を責めて、ただ王太子妃候補という責務のためにイレドシウスと同じ場所まで落ちるような人だから。


ケイドシウスの謀反の決意に、セヴリーヌの父とゼドゥルは頷く。

そしてセヴリーヌの父は、ポツリと呟いた。

「やはり、私が間違っていた。セヴリーヌの幸せを一番に願うなら、あの男ではなく、殿下に任せるべきだったのに」

「セヴリーヌを助け出したら、本人にそれを言ってください」

後悔の滲む声に、ケイドシウスはごく真面目に、そして真剣に返事をしたのだった。



***



「お久しぶりです、兄上。お元気そうで何よりです」

「ケイドシウス……っ!お、お前……!!」

「このたびはご結婚おめでとうございます。宝石はたくさんつければ自分の質も上がると勘違いしているような下品な女で、とても兄上とお似合いだと思いますよ」


イレドシウスは生まれて初めて地面に伏しながら、懸命に視線だけを上に向けて、頭の上から靴の裏で押さえつける男を睨みつけた。

ケイトリンとの結婚式に突然登場したのは、帝国にいるはずの弟だった。


帝国側の使者として現れた時、あまりにも堂々としていて王太子であるはずの自分より立派に見え、そして見慣れた黒髪ではなかったため、最初は誰だかわからなかった。


弟は本来白髪だった、という事実を思い出す。

魔色と呼ばれるその色を纏っていることを公に示すことはやめろと言い含めておいたのに、そして弟もそれを長い間忠実に守っていたはずなのに、なぜ髪の色を戻したのか。

それも、自分に賞賛や羨望が集まるべき祝いの席で。


文句を言ってやろうと口を開いた瞬間、自分の顔が床に打ち付けられた。

きゃあああ、という悲鳴と、顔面に走る痛みと、視界を埋めるものが足元にあった大理石だということをしばらく理解できずに動けなかったが、理解した時には弟から前述したように挨拶をされた。

頭に血が昇って顔が赤くなるのを、実感した。


私を誰だと思っているんだ。

この国の、王となる人間だぞ。

人にひれ伏されることはあっても、自分が誰かに頭を下げることなどあってはならない存在なのに。


「イレドシウス様ぁ!」

煩い金切り声で名前を呼ぶほうを見れば、自分の妻となったケイトリンが女騎士たちによって、自分と同じように組み伏されている。


簡単に捕まるケイトリンに、腹が立った。

王太子妃であるならば、私に助けを求めるのではなく、この私をまず守るべきなのではないか。

単に悲鳴を上げて泣き叫ぶことなんて、子供でもできる。

凛とした、そして毅然とした態度で何をするのかと相手を圧倒させる人間こそ、王族に相応しい。

イレドシウスはそう考えて、ふと数カ月前処刑し損ねた元婚約者の顔を頭に思い浮かべた。


五歳年下の女で、いつも生意気だった。

婚約者である自分より、弟と仲が良さそうなのも気に食わなかった。

どれだけ酷い言葉をかけても俯くことなく、根気よく、自分との対話を望んだ。

乱暴なわけではないのに、その身に纏うオーラに圧倒されそうで、心底苦手だった。

そうだ、ああいう女こそ自分の隣に立つに相応しいのに、いつから、なぜ、こうなった……?


思考を巡らせたイレドシウスを、冷たい声が現実へと引き戻す。

「兄上、のんびり考え事ですか?いいですよね、結婚式は。私も愛する人と、こんな素敵な式を挙げたかったものです」


挙げればいいではないか、とは口にできなかった。

一瞬見えた弟の赤い瞳の奥に、仄暗い漆黒が果てしなく広がっている。

今何か下手な言葉を口にすれば、腰に下げた剣を抜いて簡単に首を刎ねるだろうと、イレドシウスの直感が告げていた。


ごくり、と喉が動く。

顔が媚びるように、ひく、と引き攣ったのを感じた。

じっと上から見下ろされている時間が、やけに長く感じた。

イレドシウスを守るはずの近衛隊はとうに制圧され、中には裏切った者もいるようだった。

いつの間にか両親である国王と王妃は別室へと移動させられたようで、いなくなっていた。


ケイドシウスがイレドシウスの頭を踏みつけていた足を退かすと、イレドシウスはばっと上半身を持ち上げ、体勢を整えようとする。

しかし結果的には両足を跪いた状態で首に刃をあてられ、両手を挙げて降伏するしかなかった。


「ご安心ください、兄上。私は王座を奪いにきたわけではありません。兄上にはきちんとこの国の王となるまで、頑張っていただく予定です。私にはそんなことより先にやらなければならないことがあるので、邪魔をせずに協力して欲しいのです。ただそれだけをお願いしにまいりました」

「な、なんだと……?」

イレドシウスは目を見開く。王座を奪いにきたわけではない?

そうであれば、この暴挙はなんなのだ。


「用があるのは、兄上ではなくそこの女です。兄上は容姿端麗ですし、この女でなくても妻のひとりやふたり、簡単に手に入るでしょう?立派な婚約者がいても、その女を含め何人ものお相手がいたのですから」

ケイドシウスの言葉に嘲りのニュアンスを感じて、イレドシウスは眉を顰める。

「お前……っ」

「イレドシウス様!助けてください!」

「ああ、悩む時間くらいは差し上げますよ。愛しい人を失う辛さは、私も十分わかっているつもりですから」

ケイドシウスはどすん、とイレドシウスの席……王太子しか座れない席に、我が物顔で座った。


首から刃が離れ、自由になったイレドシウスは、憤怒の形相で弟を睨みつけながら、それでもケイドシウスに掴みかかることなく先程の提案に思考を巡らせる。

ケイドシウスがこんなことをしでかしたのは、どうやらケイトリンのせいらしい。

そうでなければ、あんなに控え目で大人しく、従順だった弟が謀反を起こすはずがないのだ。

そうだ、もし今自分の隣にいたのがケイトリンではなくセヴリーヌだったのならば、この弟は跪いて忠誠を誓っていただろう。


「イレドシウス様!何をやっているの、さっさとやっつけて!こんなモブキャラ、ゲームには出てこなかったんだから、ヒーローのあなたが勝つに決まっているわ!」

ケイトリンのそんな言葉で、イレドシウスの怒りは簡単に、先ほど永遠の愛を誓ったばかりの妻へと向かった。

人前で「ゲーム」という変な言葉を使うなと、予言と言えとあれほど言ったのに、何度教えても態度を改めない女。

イレドシウスは自分の中で、あれほど愛しいと思っていた感情が急速に冷めていくのを感じた。


「こんなエンディングなんて認めないわ!ヒロインとヒーローは結ばれたあと、ずっと幸せに暮らすって決まっているの!」

こんな状況だというのにぎゃあぎゃあと騒ぐケイトリンを改めて見ると、無邪気さは無知に、明るさはやかましさに、そして可愛らしさはあざとさに感じてくる。


なぜ自分は、セヴリーヌではなくこの女を選んだのだろうか。

それは、いつだってケイトリンがイレドシウスを盛り立て、どんな些細なことでも同意してくれて、愚痴を吐き出せば受け止めてくれて……自己肯定感を高めてくれたからだ。

それを彼女の本心だと思っていたが、今のケイトリンからは、自分に対する侮蔑であるとか軽蔑であるとか嘲笑であるとか、むしろ逆の感情を感じた。


イレドシウスにとって、一番我慢がならない、受け入れがたいものだ。


「早くどうにかしてよ!」

「……うるさいな。少しは黙れないのか?」

椅子に座ったままずっと静かに新婚夫婦の様子を見ていたケイドシウスだったが、いい加減耐えかねたのか、傍にいた騎士に「あの女の口を縫え」と命じる。

「え?冗談でしょ?いや、やめて……いやああああ!!」

麻酔もされずに黙々と口を太い糸で縫われていくケイトリンを見て、ケイドシウスは本気なのだと嫌でも感じた。


「わ、わかった。その女はくれてやる」

「ありがとうございます。ああそれと、帝国の船でロドヴェーヌの近海を自由に調査させる許可証を発行してくださいね。それが今日兄上に与えられた、初夜の代わりの仕事です」

初夜と言っても、お二人には形式的なものですし、問題ないですよね。

あの女には兄上以外にもたくさんのお相手がいたようですし。

その相手の中にはまだ関係がある者もいるようなので、次の相手を探す時にはもう少し身辺整理をさせたほうがいいですよ。


ケイトリンの関係相手を結婚や婚約の有無にかかわらず名指しで発表したケイドシウスは、荒れ狂ったような怒号や物が飛び交う結婚式会場をあとに、優雅にその場から去って行った。


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