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1 石像になった悪役令嬢の過去と今

※こちらは藍さくら様主催の個人企画「真冬の花火企画」への参加作品となります。

お誘いありがとうございました!

私はいつもそこにいた。

塀が崩れ、埃にまみれ、蜘蛛の巣が張った古びた廃墟の中である。

どれだけそこにいたのかはもうわからないが、とてつもなく長い時間だけが過ぎていたのは事実だと思う。


私が今いるこの場所は、元々博物館だった。

時代は流れ、博物館は気付けば閉館し、廃墟と化した。

廃墟はいつの間にか、動物達が雨風をしのぐ場所になっていた。

偶に人間もやってきては、私が見ている目の前で肝試しを始めるか、睦み始めた。

私は暇潰しに、それをのんびり眺める。


人間を含む動物達を眺めることは、私に許された唯一の娯楽と言って良かった。

ただ、肝試しならまだしも、廃墟にまで来て交わる人間なんかはたかが知れている。


浮気や不倫、中には相手の同意なく犯すことが目的の人間もいた。

そうした輩は大抵決まっているので、私は獲物として連れられてきた女性に同情しつつも苦々しい気持ちでその時間を過ごすこととなる。


見たくなくても動けない私にとってその光景は嫌でも視界に入ってきてしまうし、聞きたくなくても耳を塞ぐことの出来ない私には女性達の悲鳴は嫌でも聞こえてしまうのだ。

何度も自分の無力さに打ちのめされた私は、いつしか何も感じなくなっていた。



そんなある日、一人の幼い少年が私のいる廃墟にやってきた。

崩れた瓦礫の上に膝を抱えて座り、しくしくと泣き出す。

長い経験の中では、珍しくもない光景だ。


『迷子かしら?』

私が心の中でそう思っていると、少年はふと顔を上げ、きょろきょろと辺りを見回す。


周りに人がいないかどうか警戒しているのだろうか?


しかし、その少年には警戒というよりも、怯えに近い様子が伺えた。

『迷子でなければ、苛めかしら?けれども、珍しい魔色を纏っているからそれはないかしら』

がりがりに痩せた少年の瞳の色は、真っ赤だった。髪の色は白。

遠い昔に交流のあった高貴な方を思い出す色彩に、私の心は和む。


私がぼんやりと少年を眺めていると、少年はおずおずと「誰?」と誰もいない空間に向かって尋ねた。

『この子には妖精でも見えているのかしら?』

私には、少年以外誰も見えない。

人々から尊敬されるべき珍しい魔色を纏った少年だからこそ、珍しい加護を受けているのかもしれないと私は思った。


——いいわね、妖精。私にも妖精が見えたら、ぐんと暇潰しの時間が増えるのに。


少なくとも、人間よりは綺麗なものを見せてくれそうだ。

少年を少し羨ましく思いながらそのまま眺めていると、その少年はパッと私の方に視線を寄越した。


――あら、珍しい。私の方を人間が見るなんて。

私に好んで寄って来るのは鳥くらいなもので、普通の人間はそこにいる私を感知しない。

「石像……?」

少年はなおも、じっと私の方を見てそう呟く。


あら?と私は思った。

『もしかして、この子……私の声が、聞こえてるのかしら?』

まさかね、と思いながら心の中で首を捻る。


石で出来た口は、開くことがない。

だから私の声は、人間に届かない。

「はい、聞こえています」

少年はおっかなびっくり、私の方へ近づいた。


『……え?』

「ええと、石像の……お姉さん?」

『えええええっっ!?』

私が石化してから、恐らくウン百年。

人生初、いや石像生初、私の声を聞く人間が現れた。



顔からは涙を消した少年は、嬉々として私に話し掛けていた。

私の想像通り、この廃墟の近くの町で生まれ育った少年はその珍しい色彩のため、昔から酷い苛めにあっていたらしい。

ただその様子は、苛めにあったというよりは愛情に飢えているように見えた。


『私が生きていた頃……いえ、動けていた頃は、貴方の纏う色はむしろ崇拝されたものだけど』

私がそう彼に教えてあげると、彼はひとしきり驚いた後、目をキラキラ輝かせて私に昔話をせがむ。

石像になった自分が、初めて鳥以外の役に立った気がした。


それと同時に、私は久しぶりの、それこそウン百年ぶりの会話に自分も興奮していることを自覚する。

ああ、人と会話することはこんなに楽しいものだったのかと思う。

昔はあんなに煩わしいものだったのに。


「では、お姉さんは元々人間だったのですか?」

『ええ、そうよ。これでも結構、有名な貴族だったのよ』

そう言ってから気付いた。今は大罪人として有名かもしれないと。

「お姉さんのお名前を聞いてもいいですか?」

『私? 私はセヴリーヌよ。貴方は?』

私の名前を伝えても少年は動じることなく、普通に返事をする。


「僕は、ロジェと言います。……その、お姉さんは何故こんなところに、その姿で……?」

『気になるの?』

「はい、とても」

話し出すと長くなるけれど、と前置きをして私は事の経緯を少年に語った。



***



私はロドヴェーヌ王国の公爵令嬢として生を受けた。

幼少期からずっと皇太子妃になるための教育を施され、そして当然のようにその道の上を真っ直ぐに歩いていた。


そんな私の前に立ち塞がったのが、卑しい平民生まれのとある女だ。

その女はロドヴェーヌ王国の中では珍しいラベンダーピンクの髪色をし、貴重な癒しの力を保持していた。

そして私の家門と対立していた侯爵家に養女として迎え入れられ、私と皇太子殿下を奪い合うことになったのだ。


その女は平民らしく権力を渇望していて皇太子妃の器ではなかったため、皇太子殿下には私を選ばずともその女だけはやめるよう忠言した。

皇太子殿下も王の器とは言えなかったため、平民の女には皇太子妃になれば苦労するのが目に見えているから諦めろと圧力を掛けた。


けれども皇太子殿下は、その女を選んだ。

後から聞けば、私が第二王子殿下といい仲だと吹き込まれ、最終的にそのでたらめな話を信じ込んだことが決定打になったのだという。


確かに私達は仲が良かったが、第二王子殿下が私に想いを寄せていることに気付いてからは距離をとった。その後殿下は他国へ留学したのだが、そんな相手とどう「いい仲」を深めるというのか、全くもって謎である。


「ロドヴェーヌ王国……?デリスタモア帝国に吸収されて、今はもうない国です」

『え?』

ロジェの言葉に私は一瞬驚いたが、その事実に笑いが止まらなくなる。

『ふふ、そうなの。では、あの女の血はもうこの世に流れていないかもしれないのね』



あの平民の女は、頭がおかしかった。

この世界を「乙女ゲームの世界」だとよくわからないことを言い、私のことを「悪役令嬢」だと言い、まるで可哀想なものを見るかのように私を見た。


予言と称して国や皇太子殿下に降り掛かる問題を解決していくあの女が心底気持ち悪く、問題自体を引き起こしている黒幕なのだと思い徹底的に調べたが、私は何の証拠も手にすることが出来なかった。


そして気付けば逆に、私がその事態を引き起こした元凶にされていた。

証拠や複数の証人を用意され、驚異的な早さで裁判が開かれ、私は裁かれた。

断罪されるべく牢に入れられた私に、父は人手伝いに手紙と小瓶を渡した。

小瓶の中身は毒だと思った私は、手紙をビリビリに破くと一気に小瓶の中身を煽ったのだ。


小瓶の中身は毒ではなく、飲んだ者が石化する液体だった。

石化した私は手紙を読むべきだったと後で悔やんだが、私の石化を知ったあの女がわざわざ地下牢まで出向いて断罪する前にこの女を罪人達に乱暴させる予定だったのにと怒り狂う様子を見ることが出来たのは今思い出しても恐ろしく、また思い通りにさせず胸がスッとする出来事だった。


あの女は石化した私を粉々にするつもりで、ハンマーを準備し殴らせたりなど色々試してみたが、結論から言うと石化した私以上に強度のある物はなかった。


石化した私は罪人として扱われ、公爵家の墓に入れられることも許されずに海へと遺棄されることになった。

それは、私にとっては幸運なことだった。

気の狂うような時間を真っ暗で狭い棺桶の中で過ごすのではなく、魚をはじめとする海の生き物を眺めて過ごすこととなったからだ。

それから随分と時間が経ち、ある日私は網で引っ張りあげられた。

我が国の軍とは違う鎧を纏った連中によって洗われ綺麗にされた私は、そのまま海から引っ張り上げられた他の宝石や骨董品と一緒に競売に掛けられたのだ。


美しいものを集めるのが趣味らしい貴族に私は買われ、しばらく狭い部屋で芸術品に囲まれる生活をした。その後、その貴族が代々私達美しいものを家宝と一緒に愛でてくれていたが、とうとう最後に私達は寄贈されたらしく、博物館に飾られることとなった。


『……という感じの流れで今はここにいるの。そう、石化してからもう三百年近く経ったのね……って何故泣いているの、ロジェ⁉』

先程まで泣き止んだはずのロジェがまたポロポロと大きな涙の粒を流し、私は慌てる。

どこにロジェの泣きポイントがあったのかわからず、戸惑った。


「ずっと一人で……寂しくはなかったですか?」

『ああ、そんなこと』

私がふんと鼻で嗤えば、ロジェはきょとんとする。

『人間、いつだって一人なのよ。いつかは一人。自分を貶めるような奴らと一生一緒にいるなら、一人の方がいいわ』

「……お姉さんは、強いですね……」

『セヴリーヌ様と呼びなさい』

「はい、セヴリーヌ様」

『それで、ロジェは何故泣いていたの?』


私はようやっと本題に入った。

話し込んでしまっている間に、もう日は傾き始めた。

更に暗くなったらロジェには危ないだろうし、お腹も空くだろう。


話を振られたロジェは一度ぐっと詰まり、恐々と口を開いた。

「その……僕は、人の心が読めるのです。それで……いつも気持ち悪がられてしまって」

『まあ凄い』

「え?」

『何故ロジェが私の声を聞くことが出来たのか、納得しましたわ』

拍手喝采を心の中で贈りながら、褒め称える。


「セヴリーヌ、様?」

『ロジェは珍しい魔色ですものね、もしかしたら他にも能力があるのではなくて?』

ロジェの白い髪と赤い瞳は、私に第二王子殿下を思い出させた。

ただ、皇太子殿下より目立つのは良くないと考え、普段から髪は染められていたが。


「あ、はい……結構な怪力と、あとは影を操れます」

『まあ素敵。やりたい放題の……ええと、チート能力?ではございませんか』

確か、平民ピンク頭女が自分のことをそんな風に例えていた。あの妙な予言めいた話をしながらチート能力万歳とかなんとか。


「チート……?」

『安心なさい、ロジェは神から愛されているのです。いいですか、貴方を冷遇するような馬鹿な輩の言うことなど無視しなさい。その者達が貴方の将来を保証する訳ではありません』

「あ、はい……」

『かといって、見境なく相手を攻撃してもいけません。今は耐えなさい。そして、いつ誰にどう何をされたか、覚えていなさい。数年後も許せなければ、自分の仕業だとわからぬように始末しなさい』

「はい。……え?始末って……」

『こっそりこの世から消すことです』

「いえ、言葉の意味はわかりますが……」

ロジェは目を白黒させる。


復讐や報復なんて考えたこともないのだろう。

心も優しい彼は、本当に神に愛されて生まれた子かもしれないと思った。

こんな子なら、私も育てられる自信がある。

そう思ってから、ふとこれは名案なのではと思った。


私が子供を産むことはもう出来ないけれど、育てることはできるのでは?

育てるということは、教えを与えて導くことだ。

衣食住は自分でなんとかして貰う必要はあるが、私がロジェを導くのだ。

自分の思い付きに、それは面白そうだと私はほくそ笑む。

責任がつきまとうこともなく、長い時間を経てきた私の暇潰しくらいにはなりそうだ。


私の助言をふんふんと大人しく聞いたロジェは、最後に私にこう聞いた。

「……また、会いに来てもいいですか?」

『ええ、勿論よ』

私は心の中でにっこり微笑んだ。


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