拝啓、私に裏切られた貴方へ
お楽しみいただければ幸いです。
私に裏切られた貴方へ。
体調にお変わりはないでしょうか?
今も変わらず笑っておられますか?
貴方を見捨てた裏切り者からの最後のお手紙です。
どうぞ、破り捨てて燃やして頂いてかまいません。
ただ、許されるなら。
いいえ、決して許されることはないのですけれど。
一度だけ。一度だけ、この手紙を読んでいただけませんか?
そして、手紙を読み終えた時、最後に。
本当の本当に、最初で最後に、私の名前を読んでいただけませんか?
それだけで、十分です。
それだけで、十分なのです。
私が貴方の元を離れてから。
貴方と私が別々の道を歩んで、早5年。
おかしいですか?
おかしいでしょう?
死ぬ時の手紙を、貴方に送る最初で最後の手紙をこんなに早く書くなんて。
でも。
きっと、数年後には書けなくなると思うのです。
今しか、今だからこそ、書けるのです。
だから。だからどうか。
全てを知った貴方が傷つきませんように。
貴方のせいではないのです。
全ては私の選択なのですから。
そうだわ。
また、あの木の下で笑ってくださいませんか?
笑って、笑って、幸福に包まれて、そして、そっと私とお別れして下さい。
きっとそれが、ーーー。
きっとそれが、私にとっての最高の贈り物になるでしょう。
ああ、それから。
貴方が一番お好きな花を貴方に。
私はもう、貴方に直接これをお渡しすることは叶いませんから。
貴方の一番お好きな、いえ、お好きだった、かしら?
とにかく、一番素敵な花の種を貴方に。
一番、素敵だった、一番、美しかった花の種を貴方に。
もう、紙がないわ。
そろそろ、お別れですね。
では、最後に。
私の名前を。
ーーー。覚えていらっしゃるかしら?
私の名前を、呼んで頂けませんか?
貴方の裏切り者より。
文字がぼやけて、インクが滲んだ。
色褪せた紙の上に美しい文字が並んでいる。
懐かしくて、優しくて、残酷なあの人の。
傷つけて、傷つけられて、消えてしまったあの人の。
懐かしい筆跡だった。
懐かしい言葉遣いだった。
あの人を感じるその手紙は、色褪せていて。
所々塗りつぶされた文字があった。
ああ、そうか。
「・・・そうか。」
最後に。
名前を。
「ーーー、アネモネ。」
手紙には、昔、私が好きだった、いや、今でも一番好きな、マリーゴールドの花の種が入っていた。