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僕は椎茸が食べられない  作者: 灰色シオ
第1章 僕と彼女の日常
9/43

8.クリスマス

 僕は椎茸が食べられない。


 好き嫌いの問題ではなく、食べられないのだ。あのぐにゃとした歯ごたえでぐにゅっとした食感でぐじゅっとした後味のあの食材を。思い出しただけで吐き気がする。実際吐いてしまう。だから、僕は椎茸が食べられないのだ。


 このお話は、椎茸が食べられない僕君と何が何でも食べさせようとするお母さんの戦いの物語です。僕君を助けてくれる彼女ちゃん。なついてくる妹ちゃん。温かく見守ってくれる友人たち。そんな仲間とともに成長していく僕君。はたして僕君は椎茸を食べられるようになるのでしょうか。

 私はB子(おい、ふざけんなよ。なんだ、このやる気のないキャラネームは)、外資系商社に勤めている。キャリアウーマンではなく一般職のお茶くみOLだ。仕事といえばコピー取りと電話番。ただし外資系企業とあって国際電話が頻繁(ひんぱん)にかかってくる。とはいっても内容は『ハロー、アメリカ本店のマイクだけど、タケシいる?』『佐藤さんですね。少々お待ちください』くらいな感じで英語だということを除けば子供でもできる仕事だ。別にキャリア志向でもない私にはちょうどいい。給料いいし。

 私がこの会社を気に入っている理由がもう一つある。それはイケメンが多いことだ。しかも独身の高給取り。地味子と呼ばれる私とは無縁の存在だ。興味もないし。ただ、そう思わない女子社員が多くてウケる。その涙ぐましい努力と情熱的なアプローチと驚くべき戦略の数々は見ていて飽きない。後学のためじっくり観察させてもらっている。後学といっても自分のための参考ではない。創作活動のネタとしてだ。実に私向きの職場である。


「B子さん、あなたのチームのイケメン君にアプローチしたいんだけど、どう思う?」

「B子さんのところのTLチームリーダーさんをお食事に誘いたいんだけど」

「新しく来たPMプロジェクトマネージャーさん、どんな女性がタイプか知ってる?」

 最初は警戒されて嫌がらせを受けることもあったが、入社してから半年で社内恋愛に興味がないキャラを確立した私は様々な相談(情報収集)に頼られるようになっていた。

「イケメン君、まじめだから仕事中にアプローチするのはよしたほうがいいですよ。声かけるなら休憩時間とか帰りがけとか」

「TLさん、仕事がらみの会食が多いから、食事に誘うより身体にいいサプリとか差し入れてあげたらポイント高いと思いますよ」

「PMさん、あんまり派手な服装は好きじゃないようですよ。清楚な感じが好みじゃないかと」

 いろいろアドバイスという名の実験をして楽しんでいる。とはいっても職場でのことだ。他人のプライバシーを簡単には暴露しないし、仕事に差し支えるようなアプローチは止めさせている。そのせいか今のところ誰も成功していない。


「お疲れ様~」

 定時とともに女子社員たちが帰っていく。今日は12月24日。本命を落とせなかった人たちも今日だけは予定のない女とは思われたくないのか、皆一様にお洒落着(しゃれぎ)に着替えて去っていった。

「B子さんは、まだ帰らないの?」

 定時を過ぎてもまだ仕事をしている私に同じチームのイケメン君が話しかけてきた。クリスマスイブに何も感じないわけじゃない。けど、可愛くもきれいでもない私には関係ないことだ。友人たちも今日ばかりは予定が入っている。

「私は今日来たメールの処理を済ませておこうかと思って」

「あっち(アメリカ本店)は明日からクリスマス休暇に入っちゃうんだから、のんびりやればいいんじゃないの」

「あいだ開けると忘れちゃうから、できるところまでは片付けておきたくて」

 そんな私を見てイケメン君が切り込んできた。

「B子さん……彼氏いるって嘘でしょ」

 そうだった。周りの女子社員が疑ってきて五月蠅(うるさ)いので高校時代から付き合っている彼氏がいることにしていたのだ。嘘ではない。3次元でないだけだ。

「どうしてそう思うんですか?」

「だってクリスマスだというのに急ぎでもない仕事でわざわざ残って仕事しているから」

「彼氏も仕事中だとか 約束は明日(クリスマス当日)かもしれないとは思わないんですか? まあ、ないですけど」

「ほら、隠す気ゼロじゃん」

 はあ……

「女社会の(やみ)(かか)わることなのでほじくらないでくれますか」


「黙っていてあげるから、それ終わったら飲みに行かない?」

「馬鹿なんですか? クリスマスに二人で出かけたら付き合ってると思われるじゃないですか」

「居酒屋ならデートには間違えられないって。クリスマスに予定のない者同士、(なぐさ)めあうってことでさ」

 イケメン君は自分の価値を自覚したほうがいい。

 だけど、なんだか断るのも面倒くさくなってきた。

「はぁ……割り勘ならいいですよ」

どうせ今日は友人たち(彼女ちゃん、A子、C子)もデートだろう。私は、いつも通り帰って、買ってきた弁当食べて、ビール飲んで、お風呂入って寝るだけだ。だけど、たまには変わったことをしてみるのも悪くない。

 そう思った私もクリスマスに当てられていたのだろうか。


 居酒屋は混んでいた。独り身のクリスマスの()さを晴らそうと騒いでいる男どもが目立つが、意外なことにカップルも多い。

「生!」

 注文を取りに来た店員に生ビールをオーダーする。

「2つで!」

イケメン君も生ビールにしたようだ。つまみは焼き鳥盛り合わせ、もつ煮と唐揚げ。私が選んだ。

「B子は気取らないよな」

「おい、いきなり呼び捨てかよ」

 同僚とはいえ、酒に付き合ってやっただけで彼氏面(かれしづら)とかされたらかなわない。

「言っとくが俺は先輩だからな! お前こそタメ口聞いてんじゃねえ!」

 そうだった。外資系の風土で上下関係がフランクなのでつい忘れていた。とはいえプライベートまで仕事モードではやってられない。

「しょうがない。許す」

「お前こそ何様だよ……」


 やってきたジョッキを取り、とりあえず乾杯する。

「「ぷはーっ、うめーっ!」」

 (かぶ)った。

「本当にお前は(かざ)らないな」

 イケメン君が笑い出した。

「猫被っても、何もありませんから」

「猫は被っているだろう。会社では」

「あれは猫じゃありません。社会人としての最低限のマナー(大人の対応)です」

「まあ、そうだよな」

 イケメン君が納得してくれたようでよかった。

「B子は他の女子社員からの相談を受けているだろう」

「迷惑でしたか?」

「いや。助かっている」

 それは意外な反応だった。私は趣味で実験していただけだというのに。


 イケメン君は真面目な顔をして話をつづけた。

「俺たちは仕事に来ているんだ。ずっとこの会社にいるかはわからないが、これから先、これまでの人生より長い時間を仕事につぎ込むことになるだろう。それだけの時間をかけるのにやりがいがなければやってられない。やりがいってのはやらなければ得られないものだろ。それだけ俺たちは真剣に仕事をしている。会社を婚活パーティーと勘違いしたような連中に邪魔されたくないんだ。お前はそんな彼女たちが行き過ぎないように、俺たちの邪魔にならないようにうまくコントロールしてくれている。正直助かっている。社内恋愛をすべて否定する気はないけど彼女たちは少々やりすぎだ。たぶんTLやPMも同じ考えじゃないかな」

 何ということだ。アプローチしようと思った時点で彼女たちにはノーチャンスだったとは……。困った。これは彼女たちには言えない。


「イケメン君はどんな娘がタイプですか?」

 とりあえずフォローできるような情報を収集しよう。

「お前みたいなやつ」

「えっ……?」

「女を武器にせず人として付き合えるやつ。ちゃんと仕事をして仲間と思えるやつ。自立していて過度(かど)に依存しないやつ。虚飾(きょしょく)を好まず本音で話ができるやつ」

 随分(ずいぶん)と私は買いかぶられているようだ。本当の私は噂好きでオタクで酒好きでだらしないどうしようもないやつだ。もちろん社会人として最低限の節度(せつど)は守るし、自分の世界を押し付けようとも思わない。私は私をそのまま受け入れてくれる人たちとだけ過ごしてきた。これからもそうしていきたい。

 そんな私でもイケメン君は受け入れてくれたということなのだろうか……

「もしかして、口説(くど)かれています?」

「さっきからそう言っている」

 それは困った。こんなことがばれたら会社に居づらくなる。無下(むげ)にしてもやっぱり居づらくなるだろう。なんと言って断ろう。

「誤解もありますが、私のことを評価してくれたのは(うれ)しいです。イケメン君は顔もいいし、性格もいい。仕事もできるし、高収入だし……あれ? 優良物件じゃね?」

「なら……」

「だが、断る!」

 食いついてきた彼を一刀のもとに切り捨てた。

「何故……?」

「私にその気がないからです」

 ちょっとがっかりしたようだけど、イケメン君は受け入れてくれた。そんなスマートなところもイケメンだ。イケメン君にはもっといい人がいるはずだ。

「わかった。今はこれ以上言わない。また誘っていいか?」

「私に()み勝てたら考えてあげます」


     *


 翌日、私は女子更衣室で女子社員の先輩たちに昨夜のことを話した。

「昨日、イケメン君と飲みに行きました」

「「「えっ………」」」

「クリスマスイブの夜に予定のない人が二人しかいませんでしたので」

「「「そ、それでどうしたの?」」」

「3軒はしごして、べろべろになって、それぞれタクシーで帰りました」

「「「………」」」

 一人ぼっちのクリスマスがむなしいからって大事な日に本命以外を予定に入れるからこういうことになるのですよ、先輩方。

「というわけでイケメン君は二日酔いだと思いますから、胃薬でも差し入れたらポイント高いのでは?」

 先輩の一人が、胃薬を買いにコンビニに走っていった。



 私、B子はイケメンが食べられない。


 第8話は彼女ちゃんのお友達のB子ちゃんの主役回でした。いつも冷静で彼女ちゃんを助けてくれるB子ですが、彼女の周りでもいろいろ動きがありそうです。今回は椎茸臭くなくて書いていて楽しかったです。


 本作は毎週水曜日に投稿する予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。感想・レビューなど頂けたらうれしいです。

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