7.肉じゃが
僕は椎茸が食べられない。
好き嫌いの問題ではなく、食べられないのだ。あのぐにゃとした歯ごたえでぐにゅっとした食感でぐじゅっとした後味のあの食材を。思い出しただけで吐き気がする。実際吐いてしまう。だから、僕は椎茸が食べられないのだ。
このお話は、椎茸が食べられない僕君と何が何でも食べさせようとするお母さんの戦いの物語です。僕君を助けてくれる彼女ちゃん。なついてくる妹ちゃん。温かく見守ってくれる友人たち。そんな仲間とともに成長していく僕君。はたして僕君は椎茸を食べられるようになるのでしょうか。
わたしには結婚を意識している僕君という彼氏がいる。けど、言葉にしたことはない。高校に入る前、「付き合おう」と言ってくれたけれど、口に出してくれたのはその一度だけだ。付き合いが長すぎて今さら言えないのだ。
恋人になってからのことだけではない。わたしと彼は親の代からの幼馴染。生まれたときからの付き合いなのだ。生まれてから23年。あまりに長すぎて一緒にいることが当たり前になって、好きという感情もわからなくなっていた。
彼はきれいな顔をしている。黒子一つないきれいな顔をして、体格は小柄だけど貧相ではなくて、バランスがいいと言えばいいのだろうか。性格も優しくて子供の頃から女子に人気があった。
それに引き換え私は褒められるところは一つもない。黒く重たい髪質は井戸から出てきたホラー系ヒロインみたい。肌は白くてぽっちゃりしている。子供のころはおたふくとからかわれたこともあった。話すのもうまくなくて友達も少ない。私と普通に話してくれるのは家族と数少ない友達だけだ。彼は……特別だから、家族みたいなものだから……
「何、惚気てるのよ」
「麻呂みたいな僕君と日本人形みたいな彼女ちゃんはお似合いの和風カップルじゃない」
「僕君のこと、家族だなんて言ってるよ。きゃー!」
今日は就職してから初めて高校時代からの友達と週末に駅前のカフェに集まっていた。私の数少ないお友達のABCちゃんたちだ。全員で集まるのは久しぶりだ。学生時代は別々の大学になったけど頻繁に集まっていた。だけど就職してからはそういうわけにもいかなくて個別に会うことはあったけど、みんなで集まるのは就職してからは初めてだ。
A子ちゃんは小学校からの友達だ。170cmの長身に栗色のロングヘアが似合っている。姉御肌でからかわれる私をいつも庇ってくれた。でも中身は一番の乙女だ。大学時代の先輩と付き合っているけど、4年もたってまだ手も握っていないらしい。Aちゃんが一番心配。
B子ちゃんは中学のときからのお友達で、いつも冷静で誤解されやすいけど、本当は友達思いの優しい娘だ。噂好きで自分のことより人の恋愛話ばかり夢中になる。本人に浮いた話は一切なし。これはこれで心配。
C子ちゃんは、高校のときからのお友達。オラオラ系のお兄さんの影響で男嫌いだったせいで小柄で男臭くない彼に近づいてきた。なのに、いつの間にか私のほうが仲良くなってしまった。
「Bちゃんにはいい人いないの? 会社にイケメンがいっぱいいるって言ってたけど」
「だから、うちの女子社員はギラギラしちゃって、それが面白くて……」
「Bちゃんの話は?」
「私はいいの。見ているだけで。それより今日はあなたたちで萌え成分補充しに来たのだから。聞かせてもらうわよ」
「またそんなこと言って……」
Bちゃんは相変わらずだ。
「羨ましいな」
「C子の彼氏は高校生になったんだっけ?」
「うん、今年、うちの高校(母校)に入った。受験終わってから浮かれてて、ちょっとね」
男嫌いだったCちゃんは同学年や年上の男の人はダメなままで、結局、随分年下の彼氏を作った。お兄さんの彼女さんの末の弟だとか。
「C子がいくら可愛い系でも高校生にとって7つ差は大きいからな。気をつけろよ」
「小学生から育てたんだもん。性癖は押さえているから大丈夫」
Aちゃんの忠告にもCちゃんは胸を張って答えた。甘えさせるところと締めるところをきっちり押さえておけば男の子は大丈夫なのだそうだ。参考になる。
久しぶりに集まったけど、会えばブランクなんて忘れてしまう。あっという間に高校時代と同じ気持ちになっていた。やっぱり友達はありがたい。
「あんたも変わらないね」
Aちゃんは家も近いので今でもよく会う。
「Aちゃんだって変わらないじゃない。先輩彼氏とはキスくらいした?」
「ば、ばか……してないよ……」
そこは変わってもいいところだと思うけど。
「でも、先週スーパーで会ったとき、ご飯作ってあげるって……」
「ご飯作ってあげただけだから……」
スレンダー美女が頬を赤らめて反論するところは本当に可愛い。きりっとした美人なのにその辺は変わらず女の子だ。
「ほんとに~? そのままお泊りして朝チュンでもしちゃったんじゃない?」
「そ、そんなはしたないこと、結婚するまでするわけないだろっ……」
「で、そのときは何作ってあげたの?」
「に、肉じゃが……」
そういう家庭的なところ、男の人は好きだよ。たぶん。
「そこんとこ、もっと詳しく……」
「うるさいうるさーいっ!」
A子ちゃんがキレてしまった。
「あたしのことはどうだっていいんだよ……ぐすっ」
「何かあったの?」
べそをかくAちゃんに問いかける。いつものAちゃんだったら恥ずかしがってもキレて泣くことなどなかった。
「ぐすん……あざといって言われたんだ」
「彼氏に!? なにそれ最低っ!」
「彼じゃない……彼は「おいしい」って言ってくれたけどあまり喜んでないように思ったから。彼の友達に相談したんだ。そしたら、あたしが肉じゃが作るってあざといって……」
A子ちゃんの見た目はかわいいというよりキレイ系の女子だ。物言いもはっきりしてるから誤解されるけど中身はとってもかわいい女の子だ。
「お前みたいな女が肉じゃが作るとか狙い過ぎでしょって笑われた……」
「なにそれ。そいつ友達じゃないでしょ」
「そうだよ。縁切りな」
お友達はひどいと思うけど、わたしには気になることがあった。
「どんな肉じゃがを作ったの?」
「別に普通だよ。鰹だしで豚バラとじゃがいも、玉ねぎ、人参を煮込んで、味付けして……」
普通の肉じゃがの作り方だと思う。お家でもお料理するAちゃんがそれで失敗するとは思えない。男子受けする定番メニューの肉じゃがだけど、作るのはそんなに難しくない。だとすれば……
「彼氏さん、もしかして関西の出身じゃない?」
「うん、神戸だけど……」
やっぱりそうか。
「あのね、Aちゃん。関西では肉じゃがは牛肉で作るの」
「えっ!? なにそれ……」
「まじ……?」
生粋の関東人であるわたしたちは気がつかないけど食文化は地方によって変わる。
「例えば関西では肉まんのことを豚まんって言うでしょ。あっちでは肉と言えば牛なの。Aちゃんの肉じゃがが美味しくなかったわけじゃなくて。たぶん、彼氏さんの思っていたのとは違っただけだと思うの」
「えーっ! じゃあ、豚じゃが作るよって言えばよかったの?」
Cちゃん、それは違うと思うけど。
「じゃあ、関西では牛丼のこと肉丼っていうの?」
Bちゃん、それは聞いたことない。
「彼氏さん、肉じゃが好きなんじゃない?」
「うん、そう言ってた。だから、作ってあげたいと思ったんだ」
「今度、牛肉で作ってあげて。牛の脂にはラクトンっていう旨味成分が入っているから、だしは使わずに薄口しょうゆと砂糖だけで味付けすれば大丈夫。あとは普通の肉じゃがと同じ作り方だから」
「ありがとう。もう一回やってみる」
Aちゃんは満面の笑みで応えてくれた。
*
『ありがとう。教えてもらった通りに作ったらとても喜んでくれた』
「そう、よかったわね」
『あんたはあたしのキューピットだよ』
!
「何かあったの?」
『う、うん……チューしてくれた……』
「よかったわね」
遅咲きのAちゃんもようやく恋の一歩を踏み出せたようだ。
『そ、それでね。今日はあんたんちに泊まっていることにしてほしいんだけど……』
きゃーっ! 高校生みたい。
「もちろんいいわよ。おめでとう」
『うん……ありがと……』
*
「という訳で今日は帰って」
夜9時半、友達のA子と電話していた彼女ちゃんが僕に言った。
「話、聞こえてたでしょ」
「うん……」
「今日はAちゃんが泊まることになったから、僕君は帰って」
「フリでいいんじゃないの?」
「Aちゃんち、近所だから、ママがどこかでおばさんに会って話になるかもしれないもの。僕君がいたら嘘だってバレちゃうでしょ」
「おばさんと口裏合わせておけば?」
「そんなことしたら僕君と泊りの旅行に行ったときAちゃんちにいなかったのがばれちゃうじゃない。いいから帰って」
……僕にもかかわってくるのか
僕は彼女ちゃんの友達が苦手だ。
第7話は彼女ちゃんとお友達のお話でした。内気で引っ込み思案な彼女ちゃんですが親友たちと楽しい時間を過ごしていたようです。このお話にはところどころで料理に関する記述が含まれます。全部とは言いませんがほとんどの料理は作者の体験済みです。作者は豚肉で作る肉じゃがに馴染んでおりますが、牛肉で作る関西風もおいしいですよ。偏見はいけません。
椎茸に関する内容の90%は作者本人が体験した実話をもとに書いています。私怨が込められているのでお見苦しい部分があろうかと思います。特定の地方の方には不快な思いをさせてしまうかもしれません。お詫びを申し上げます。温かい心でお目こぼし頂ければと思います。
本作は毎週水曜日に投稿する予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。感想・レビューなど頂けたらうれしいです。