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僕は椎茸が食べられない  作者: 灰色シオ
第1章 僕と彼女の日常
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4.おたんこなす

 僕は椎茸が食べられない。

 好き嫌いの問題ではなく、食べられないのだ。あのぐにゃとした歯ごたえでぐにゅっとした食感でぐじゅっとした後味のあの食材を。思い出しただけで吐き気がする。実際吐いてしまう。だから、僕は椎茸が食べられないのだ。

 このお話は、椎茸が食べられない僕君と何が何でも食べさせようとするお母さんの戦いの物語です。僕君を助けてくれる彼女ちゃん。なついてくる妹ちゃん。温かく見守ってくれる友人たち。そんな仲間とともに成長していく僕君。はたして僕君は椎茸を食べられるようになるのでしょうか。

「だから、どうしてそうなるのよ!?」

 親友ちゃんからのダブルデートのお誘いに私は声高に反論する。

妹子(いもこ)ってば彼氏いないじゃない」

「うんうん、そうだね。私ってば年齢=彼氏いない歴の喪女(もじょ)だもんね」

「うん」

「……だからダブルデートできないでしょう!!」

 妹子というのは私のあだ名だ。親友ちゃんは私のことをブラコン呼ばわりして妹キャラとして認識しているらしい。

 私は別にブラコンではない。大学3年生にもなって「お兄ちゃん」でもないでしょう。平均よりちょっとだけ身長の高い私は自分より背の高い包容力のある男子と付き合いたいと思っている。あんなチビのお兄ちゃんなんてタイプじゃないんだから……そりゃあ、顔はちょっといいかなとは思う。それに優しいし、意外と男らしいところもある。高校時代サッカー部ではFWでシュートを決めたところは格好良くないこともないかもしれないと思わないでもなかったりする。

「お兄さんにも彼女がいるんでしょ? そろそろお兄ちゃんを卒業しなきゃ」


 話の始まりは親友ちゃんの彼氏君だ。彼氏君は去年免許を取ったのだけどお父さんが厳しい人でなかなか家の車を自由に運転させてもらえなかったのだそうだ。運転するときはお父さんが助手席で見守っているときに限られていた。

 「教習所みたい」とも思うけどそれに付き合ってくれるお父さんは優しいんだと思う。うちのお父さんだったら、タクシー代わりに居酒屋までお迎えをさせられそう。お兄ちゃんは実際させられていたし。

 免許を取って1年がたち、若葉マークが外れたことをもって彼氏君は晴れて家の車を使わせてもらえるようになったのだそうだ。それで親友ちゃんとドライブに行こうということになったんだけど、やっぱりみんなで行こうと親友ちゃんが言い出した。

「せっかくのデートを邪魔しちゃ悪いよ」

「ううん。いいの。あいつ二人っきりで車に乗ってるとすぐエッチなことしようとしてくるし……信じられないでしょ! だってお父さんの車だよ。家族も乗るんだし。シート汚したりしたら恥ずかしいじゃん!」

 そこまでか…… 乙女の私とは想像するエッチのレベルが違ったらしい。彼氏もいない私にはわからない話だけど。

「だから、助けると思って、お願い!」

「わかったから……でも、私が気まずいよ」

 恋人同士のドライブデートにお邪魔虫(じゃまむし)がついていくのだ。

「そこは大丈夫」

「大丈夫って何が?」

「彼に友人君を誘わせたから」

 どくん

 心臓が高鳴る。


 私はお兄ちゃんとは違ってモテないほうじゃない。少しばかり身長は大きいけど顔はまずまず可愛いほうだし、おっぱいだって大きい。体重は60kg近くあるけど(近くって近いってことだよね。だから61kgちょっとでも近くって言って間違いない……はず)それは上背のせいで太っているわけではない。事実、これまでに何回も告白されたことがある。ただ単に私がその気になるような男子じゃなかっただけだ。

 そんな私だけど気になっている人がいる。大学3年生になって遅すぎた春の訪れかもしれない。そう思いかけていた。

 友人君とは、私と親友ちゃんと同じサークルの友達だ(親友ちゃんの彼氏君も一緒だ)。私とは工学部食品化学科(略称は食化しょくばけだ。)で学科も一緒だったりする。サークルでの付き合いもあるので他の同級生よりは親しいと言っていいと思う。それだけの関係だけど

 サークルといっても大した活動をしているわけでもない。食道楽くいどうらくサークルといって月に何回か食べ歩きに行って感想を言い合ったりするだけのぬるいサークルだ。そこで親友ちゃんは彼氏君と意気投合し、付き合うことになった。激辛通の好みが合ったらしい。ちなみに親友ちゃんは激辛嬢王カプサイシンクイーンのハンドルネームでインスタをやっていたりする。激辛信者には評判で2000人くらいフォロワーがついていたりする。


 話を戻そう。友人君は食道楽サークルの常でぽっちゃり系が多い中、スリムな男子だ。ついでに私より身長が高い。学年が同じなのでサークルの中でも私たちと一緒に活動することが多い。彼氏君たちに激辛に連れていかれ涙をこぼすなど線の細いところはあるけどいいやつだ。顔も悪くない。好みのタイプと……いえなくもない。

「友人君、妹子のこと気になってるみたいだし。妹子だって悪くは思ってないでしょ?」

「まあそうだけど……」

 どうやら私は親友ちゃんにはめられたらしい。


     *


 そういうことで私たちは高原までドライブデートに行くことになった。デートなのは親友ちゃんたちだけで私と友人君はただの付き合いだ。それでもただで乗せてもらうのは申し訳ないので私はお弁当を持っていくことにした。


「というわけなので彼女姉ちゃん、お弁当作り手伝ってください」

 私はお隣のお姉ちゃん(お兄ちゃんの彼女さん)にお願いした。お姉ちゃんは栄養士の資格を持っていて会社の社食の献立(こんだて)を任されている。つまり料理のプロだ。ドライブは明日の日曜日だというのに献立すら決められていない私が頼れる唯一の人だ。

「手伝うのはいいけれど何を作りたいの?」

「そこが問題なのよね……」

 私たちのサークルは食い倒れサークルだ。評判の店に行っては採点したりする。ブログに載せたりもする。だからこそ半端(はんぱ)なものは持っていけない。

「お友達の手作りまで採点はしないんじゃないかな?」

「甘いよ、お姉ちゃん。やつら食に関しては遠慮ないから」

「やだなぁ、そんな友達……」

 彼女姉ちゃんがぼやいているけど気にしない。私だって逆の立場だったら遠慮はしない。


「定番ならおにぎりに唐揚げとか……」

「シンプルな料理ほど腕の差が出るから……それにちょっと凝ったもの作ってアッと言わせてやりたいし……」

「なるほど……」


     *


 朝5時、私は眠い目をこすりながら台所に立っている。指導役の彼女姉ちゃんと一緒だ。日曜日なのに早起きさせてごめんね。


 主食はサンドイッチにした。行き先が高原なので途中のうねうね道で酔っても口にできるよう軽めのものにした。具材はトマトとハム。トマトの酸味でさっぱりすると思う。

 やや硬めのトマトをスライスする。

「汁気が多いとパンがぐしゃっとしちゃうから種はとったほうがいいわよ」

 私はトマトの種周りの果汁が好きなんだけどサンドイッチがべしゃっとしてはしょうがない。泣く泣く果汁を捨てる。バターを塗ったパンにトマトを敷き詰め、刻んだパセリを散らす。パンを重ねて耳を落とす。食べやすい大きさに切りそろえてトマトサンドの出来上がり。同じようにハムサンドも作る。アクセントにピクルスとパプリカを添えた。

「パンの耳は揚げてあげる。砂糖をまぶしておやつに食べて」

 辛味チキンの準備をしていたお姉ちゃんが提案してくれる。

 貧乏くさいとか言ったらぶん殴る。私はお姉ちゃんの作るこの素朴なお菓子が大好きなのだ。おやつに持っていこう。

 辛味チキンは激辛中毒(ジャンキー)の親友ちゃんのリクエストだ。手羽先を油で揚げるのだが、普通と違っているところはパン粉の代わりに刻み唐辛子を使っているところだ。さらに激辛(デス)ソースに一晩漬けこんである。友人君は食べられないだろうけど激辛中毒者のデートに付き合うのだ。一品くらいは我慢してもらおう。


 メインのおかずはナス餃子。一応デート(親友ちゃんの)だからニンニクとニラは入れない。代わりに大葉を使う。薄切りにしたナスの上に大葉を敷き(あん)を巻く。餃子だけどさっぱりして食べやすいと思う。片栗粉をまぶしてフライパンで焼く。

「ナスが油を吸っちゃうから油は薄めにね。油引きで塗るくらいでいいよ。あまり油を吸わせすぎるとあったかいうちは良くても冷めると(あぶら)っこくなっちゃうから」

 本当にお姉ちゃんは頼りになる。


 うん。きれいに焼けた。取りやすいようにカラフルなピックを刺しておく。

 ついでにソーセージもも炒める。お姉ちゃんがカニさんやらタコさんやら可愛く仕上げてくれた。

 おやつにはイチゴ。へたを取って可愛くカットする。紙コップに詰めて練乳をかける。(ぬく)まないように保冷剤と一緒にクーラーボックスに。

 たかがお弁当といっても大人4人分ともなると結構な大荷物になっってしまった。パンパンのトートバッグと小ぶりなクーラーボックス。こんなものを(かつ)いでいったらデート前なのに汗かいちゃいそうでいやだなぁと思っていたところにお兄ちゃんが部屋(2階)から下りてきた。壁のフックからうちの車の鍵を取った。

「準備できたのか? 送って行ってやるよ」

 ありがたいけど、なんかお兄ちゃんに見られたくない。

「悪いよ……」

「もう起きちゃったんだ。かまわないよ。それに妹の初デートなんだから、最高のコンディションで送り出してやりたいだろ」

「デートじゃないし……」

 断ろうとしたけどお兄ちゃんはしつこい。ウザイ。キモイ。

「僕君、妹ちゃんは恥ずかしいんだよ。友達を家族に見られるのってイヤじゃない?」

「なんで? 僕なんて彼女ちゃんのこと家族にいつも家族に見られてるよ?」

「僕君……そういうところだよ」

 わかってくれるお姉ちゃんに比べてお兄ちゃんたら……

 とりあえずお尻に蹴りを入れておいた。

「妹ちゃん、何で!?」


 とはいえもう時間がない。しぶしぶお兄ちゃんに送られることになった。

「いい? 絶対にお友達の顔を見ようなんてしないですぐに帰ってくること!」

 彼女姉ちゃんに言い含められたお兄ちゃんは待ち合わせ場所から離れたところで私を降ろすとしぶしぶ帰っていった。

 お姉ちゃん、グッジョブ!


     *


 気心知れた友人とのドライブは楽しかった。山道も心配するほどのことはなく体調を崩す人もいなかった。そして高原の公園でお昼を食べることになった。


(ひか)えおろう。このお弁当が目に入らぬか!」

「「「ははーっ」」」

 お約束のやり取りを済ませレジャーシートの上でお弁当を広げた。

「うまそーっ!」

「さすが妹子! 大変だったでしょう?」

「わかってるなら手伝ってよ」

「だって……ほら、わたし食べるの専門じゃない?」

 盛り上がる私たちをよそに友人君のテンションが低い。

「どうしたの?」

「妹子ちゃん……おいしそうだね」

 そうは言うけどとてもおいしそうに思っている顔じゃない。

「これなに?」

「トマトサンドだけど? もしかしてトマト嫌いだった? ならこっち食べて。こっちはハムサンドだから」

「でも……」

「でも何……」

 せっかく作ってきたのに出鼻をくじかれて私は少しイラっとした。


 いかんいかん。誰にだって苦手なものはある。お兄ちゃんだって椎茸が食べられないのだ。

隙間(すきま)から見えている赤や黄色は?」

「パプリカだけど? ……もしかしてパプリカもダメっ!? 辛味チキンもダメだよね。なら、これは?」

 ナス餃子を詰めたタッパーを差し出した。

「……これナスだろ」

「そうだよ。ナスだよ……」

 なんということだ。考えに考えた献立が全滅してしまった。

「でも、これはおいしそう」

 友人君はタコさんウインナーをつまみ上げ、ぱくりと食べた。

「うん。おいしいよ」

「炒めただけだけどね」

「でも可愛くできてるじゃん。妹子ちゃん、家庭的なんだね」

「……そうね。家庭的なお姉ちゃんが切ってくれたからね」

 フォローしたつもりで友人君は墓穴を掘った。


「お前ってそんなに好き嫌いあったっけ? トマトもナスもパプリカもダメって……唐辛子もダメなんだろ!? 野菜全般ダメ?」

 あきれた彼氏君が聞くが雰囲気ぶち壊したやつは言い訳をかます。

「でもね。野菜嫌いってわけじゃないよ。食べられないのは、トマトとピーマンとナス……茄子(なす)科の野菜だけだから……」

 言い訳する友人君に私は叫んだ。

「だけじゃないでしょ! それだけ食べられなければ十分よ。このおたんこなす!!」


     *


「ただいま……」

 家まで送ってもらった私は力なくリビングの扉を開けた。

 なのにこんなときに限ってお兄ちゃんがいた。いつもなら自室か隣家(りんか)の彼女姉ちゃんのお部屋にいるのに……

「お帰り。楽しかった? コーヒー飲むか?」

 気遣(きづか)って……じゃないな。好奇心で色々聞きたいのだろう。でも、そんな能天気なお兄ちゃんを見て私のイライラは最高潮クライマックスだ。

「好き嫌い言う男なんてだいっきらいだーーーーーーっ!!!」

 押し殺していた思いをぶちまけ、私は部屋に駆け込んだ。



 友人君はいろいろ食べられない。でも、どうでもいい。

 うちのお兄ちゃんは椎茸が食べられない。(ごめんね。八つ当たりして……)

 ちなみに唐辛子もナス科です。


 第4話は妹ちゃん主役の回でした。お兄ちゃんべったりなのにツンデレな妹子ちゃんでした。食べることが大好きで好き嫌いのない妹子ちゃんはこの後どのように成長していくのでしょうか。

 このお話にはところどころで料理に関する記述が含まれます。全部とは言いませんがほとんどの料理は作者の体験済みです。妹子ちゃん作のナス餃子おいしいですよね。油を吸ったナスはなんであんなにおいしいのでしょうか。ナス餃子は好きですが、椎茸餃子(別名:椎茸のはさみ揚げ)は……もちろん幼いころのトラウマです。椎茸に関する内容の90%は作者本人が体験した実話をもとに書いています。私怨が込められているのでお見苦しい部分があろうかと思います。特定の地方の方には不快な思いをさせてしまうかもしれません。お詫びを申し上げます。温かい心でお目こぼし頂ければと思います。

 本作は毎週水曜日に投稿する予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。感想・レビューなど頂けたらうれしいです。

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