40. ナス嫌い克服ストーカー事件 解決編
僕は椎茸が食べられない。
好き嫌いの問題ではなく、食べられないのだ。あのぐにゃとした歯ごたえでぐにゅっとした食感でぐじゅっとした後味のあの食材を。思い出しただけで吐き気がする。実際吐いてしまう。だから、僕は椎茸が食べられないのだ。
このお話は、椎茸が食べられない僕君と何が何でも食べさせようとするお母さんの戦いの物語です。僕君を助けてくれる彼女ちゃん。なついてくる妹ちゃん。温かく見守ってくれる友人たち。そんな仲間とともに成長していく僕君。はたして僕君は椎茸を食べられるようになるのでしょうか。
「やめろ! その人から手を放せ!」
3人の酔漢にからまれたわたしを助けようとしてくれたのはストーカーさんだった。
よかった……間に合ったみたい。でも窮地に陥っているのはわたしだった。
「ああんっ!? うっせーな」
突き飛ばされただけでストーカーさんはひっくり返ってしまった。わたしは彼に駆け寄って声をかける。
「大丈夫ですか?」
「あ……ああ、大丈夫……あっ、あなたは……」
彼もわたしに気が付いたらしい。でも今はそれどころではない。
「変態じゃねえか……でしゃばんなよ!」
蹴りつける酔っ払いから必死でバッグを守っている。
収穫したばかりの野菜を詰めたであろうバッグを抱えてそれでもわたしを助けようとしてくれた。でも、見るからに頼りない。腰は引けてるし、声も震えている。おまけに恰好が……夏だというのにコートを着込んで帽子にサングラスにマスク……わたしと同じである。冷静になって見てみると変質者二人組だ。
「なに? 変態カップルですかぁ?」
「これから二人でそういうプレイするの?」
外見からするとそう見られても仕方がない。
「「ち、違います」」
二人の返答がハモった。これではますますカップルっぽい。
「なら、いいじゃん。カノジョ、俺たちといいことしようぜ」
「あんなモヤシ野郎ほっといて来いよ」
「まずはコート脱いでよ。下、裸なんでしょ?」
そんなわけない。でも、夏場にコートは暑いので薄着なのは確かだ。このままじゃまずい。力づくで路地裏に連れていかれそうになる。
「まずはコートの下見せてよ」
「そうだ脱げよ」
「「「脱―げ! 脱―げ! 脱―げ! 脱―げ!」」」
取り囲まれて逃げられない。騒ぎを聞きつけて人が集まってくる。野次馬たちもコールに乗ってはやし立てる。
やだ、怖い……やだ……助けて……助けて、僕君!
通りの角から飛び込んできた影が酔漢の一人に突き刺さった。
「ぐはっ……」
すごい音がして酔漢の一人が吹っ飛んだ。
頭突きを食らわせた影がわたしの前に立つ。
「僕の彼女に手を出すな」
わたしを救い出し、酔漢に啖呵を切っているのは僕君だった。
「うそ……なんでわかったの?」
わたしの言葉に僕君が頭を抱えてうずくまる。
「……二郎からメールをもらった。彼女ちゃんが変なことをしてるから何とかしろって……」
なんで二郎君までわかったの!?
「彼女お姉ちゃん、大丈夫!?」
「なんで!? 妹子ちゃんまで!?」
騒ぎを見咎めたのだろう。道場から妹子ちゃんに続いて空手家さんたちがぞろぞろと出てきた。圧倒的な力を誇示する筋肉の巨人たちに睨まれ酔漢たちは逃げ去っていった。
「わたしは大丈夫だから……それより彼を……」
わたしは庇おうとしてくれた彼を指さした。
「あら、友人君じゃない」
忘れられ未だ尻もちをついてへたり込んでいるコート姿の彼に向かって妹子ちゃんがあっさりと言った。やっぱり同級生だったようだ。
だが、空手家のお兄さんたちは怪しげな風体の友人君を見て警戒する。
「こいつ、妹子を付け回していたストーカーとやらじゃないか?」
「道場までつけてくるとはいい度胸だな」
筋肉の巨人に取り囲まれ友人君大ピンチ。ここは事情を知っているわたしが何とかしてあげないと……
でも、そんな心配はなかった。彼はけじめをつける覚悟をもってここに来たのだ。
「妹子ちゃん! 妹子ちゃんに話があります!」
圧倒的な力にも気圧されず、声も震えていなかった。
「なによ。友人君」
「これを見てください」
彼はバッグに手を入れ黒い何かを取り出した。
武器を取り出したのかと巨人さんたちが妹子ちゃんを庇うように前に出た。だが、彼が取り出したのは1本のナスだった。
「見ていてください」
彼はナスにかじりついた。
がぶっ しゃくしゃくしゃく ごくん
続いてパプリカを取り出す。
ぱりっ ぽりぽりぽり ごくん
続いてトマト
がぶっ じゅるじゅるじゅる しゃくしゃく ごくん
「………………なに?」
妹子ちゃんがドン引きだ。周りの巨人さんたちはポカーンとしている。
ストーカーさんそれではあまりに説明が足りないよ。
「妹子ちゃん、俺はナス嫌いを克服しました。これは俺が育てたナスとパプリカとトマトです。受け取ってください。そして……よければだけど、俺にまたご飯を作ってください。俺にもう一度チャンスをください!」
やったね!
わたしは妹子ちゃんの返事をかけらも心配していなかった。
*
まったくもう!
私は友人君に怒っていた。
なんでこんなところで言うのよ。道場の師範や先輩たちにお姉ちゃんにお兄ちゃんまでいるところで……まあ、私はお兄ちゃんなんて卒業したんだから関係ないんだけどね。
それにまあ、嫌じゃなかったけど……
「ナスにパプリカにトマトねぇ……」
いきなりもらっても……
「お姉ちゃん手伝ってくれる?」
私の頼みをお姉ちゃんは満面の笑みで頷いてくれた。
道場の裏はラーメン屋になっている。道場だけではやっていけないので道場主の師範は表通りでラーメン屋を経営しているのだ。その名もラーメン拳固。これ以上ないくらい空手家らしいネーミングである。武道家らしいパンチの利いた濃厚な味わいが売りで結構流行っている。道場の門下生の大半はここでアルバイトをしている。バイト代は月謝と遠征費に消える。つまり人件費ただで営業できるのだ。流行るわけだよ。
私は師範にお願いしてそこの厨房を借りることにした。時刻は9時前。夕飯時のピークを過ぎて落ち着いたころだ。邪魔にはならないだろう。
あとは何を作るかだけど……
「麻婆茄子にしようか」
さすがお姉ちゃん、頼りになる。
「豚ひき肉、ニンジン、ニンニクとショウガ、調味料は豆板醤と甜麺醤があるといいな。あと片栗粉。近くにスーパーあったかな?」
「ラーメン屋だから全部あるよ。材料費はバイト代から払うから大丈夫」
私にとってもリベンジだ。
*
ナスはタテ8~10等分に切ります。友人君の自家製ナスは大振りなので半分に切ってから縦切りにしましょう。ニンジンは短冊切りにし、ピーマンの代わりのパプリカはタテ6~8等分に切ります。
中華鍋に油を入れて熱し、ナスを中火で炒めます。ナスは油を吸っておいしくなるのでじっくりと炒めます。ナスに焼き色がついたら、ニンジン・パプリカを加えて弱火で炒めます。全体に火が通ったら、いったん取り出します。
中華鍋に油を足して中火でひき肉をほぐしながら炒めます。火が通ったら、紹興酒を少々振って香りづけ、甜麺醤を加えて炒めます。刻みニンニク、ショウガ、豆板醤を加えてさらに炒め、香りがたったら、鶏がらスープを加えてひと煮立ち。醤油と砂糖で味を調えます。
先程炒めたナス・ニンジン・パプリカを戻し入れ、炒めます。仕上げに水溶き片栗粉を回し入れてとろみをつけます。水溶き片栗粉はダマになりやすいので一旦火を止めてから加えるのがコツです。
これで麻婆茄子の完成です。今日は麻婆茄子丼にして食べてもらいましょう。
召し上がれ♡
*
妹子ちゃんが作った麻婆茄子丼は大好評だった。作りすぎたかなと思ったけど、お食事会には道場の巨人さんたちも参加して驚異的な食欲で完食してくれた。店に出すご飯が足りなくなって店主(師範)さんに怒られていた。そのくらい美味しかった。
わたしはレシピを教えて、野菜を切るのを手伝っただけだ。妹子ちゃんの料理の腕もあるけれど友人君が作った新鮮な野菜のおかげでもある。これは初めての共同作業と言ってもいいのでは? きゃあ♡
とにかく友人君もナス嫌いを克服したことを証明して見せた。妹子ちゃんも悪い気はしていなかったようだし。二人はつきあうのかな。めでたしめでたし
「めでたしめでたし、じゃないよ、彼女ちゃん」
妹子ちゃんは友人君に任せて二人きりでの帰り道、僕君は機嫌が悪かった。
「えっ、なんで? 妹子ちゃんに彼氏ができて取られちゃった気分?」
「そ、そうじゃなくて……」
「じゃあ何で?」
僕君は少しためらってからわたしに向き直って頭を下げた。
「僕は彼女ちゃんに謝らなければいけない。ごめん!」
なんのことだろうか? 前にしてたケンカのことかな? このところ妹子ちゃんにばかり構っていたので僕君のことをおろそかにしていた。ご飯どうしてたんだろう? わたしのほうこそ謝らなくてはいけないかも。
「結婚の準備とか色々任せきりにしてて……仕事で失敗しちゃったり僕もいろいろ余裕がなかったんだけど。でも、そんなのは言い訳だ。僕は彼女ちゃんともっと話さなければいけなかった。長い付き合いだけど意見が合わないことだってあって当然だし、これからもあると思う。でも、そんなことでケンカしてちゃいけないんだ。だから、聞かせてほしい。彼女ちゃんが何を思っているのかを。そして、僕が怒らせちゃったせいだと思うんだけど、それでも、もう二度とこんな危ない真似をしないでほしい」
僕君はおしゃべりなほうじゃない。むしろ自分の気持ちを伝えるのは下手だと思う。これまではわたしが察して融通していたけど、それじゃダメなんだ。たぶん結婚ってそういうものじゃない。だからわたしも変わらなきゃいけない。
僕君の言葉を聞いてそう思った。
「わたしこそ、ごめんなさい。僕君が聞いてくれないからって勝手なことしちゃだめだよね。わたしもちゃんと僕君に聞かなきゃいけなかった。話さなきゃいけなかった。だから、ごめんなさい」
「まったく、気が気じゃなかったよ。二郎からメールもらって駆け付けたら、酔っ払いにからまれてるんだもん」
そうだった。それは確かに反省しゃなきゃだけど……だめだ。顔がにやけてしまう。
「笑い事じゃないよ」
僕君が怒るのももっともだ。でもね……
「わたしはね。妹子ちゃんがうらやましかったの。だって妹子ちゃんは僕君にヒーローのように助けてもらったじゃない。僕君がかっこいいのは知ってるけど、でも、わたしだってヒロインみたいに助けてもらいたかった。そんな少女マンガみたいなことそうそうあるわけないとわかってるけど、うらやましかったの……だから、今日はとっても嬉しい」
わたしの素直な気持ちを伝えたのに僕君はあきれ顔だ。解せぬ。
「だからってあの格好はないでしょ。それだけはあの酔っ払いたちに同意するよ。二郎もあきれてたよ」
「えーっ ひどい! 二郎君は何て言ってきたの?」
二郎君たら何を言ったのやら
「彼女ちゃんが変質者みたいな格好してうろついているから、あの奇行をやめさせろって」
「張り込みの変装って言ったらあれでしょ!」
「彼女ちゃんはもう二度と変装しないこと。約束して!」
なぜか怒られてしまった。でも、今日はいい日だからいっか
元ストーカーさん、ナス嫌い克服おめでとう。
でも僕君は彼が嫌い。弟と間違われたからだって。
しょうがないんじゃない?
第40話ではいよいよストーカさんの正体が明かされます。ストーカーさんの一途な思いは妹子ちゃんに通じるのでしょうか。
今話もシータケ君不在です。麻婆茄子に椎茸を入れるのだけはやめてください。
本作は毎週水曜日に投稿する予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。感想・レビューなど頂けたらうれしいです。




