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僕は椎茸が食べられない  作者: 灰色シオ
第1章 僕と彼女の日常
4/43

3.ピーマンの肉詰め

 僕は椎茸が食べられない。

 好き嫌いの問題ではなく、食べられないのだ。あのぐにゃとした歯ごたえでぐにゅっとした食感でぐじゅっとした後味のあの食材を。思い出しただけで吐き気がする。実際吐いてしまう。だから、僕は椎茸が食べられないのだ。

 このお話は、椎茸が食べられない僕君と何が何でも食べさせようとするお母さんの戦いの物語です。僕君を助けてくれる彼女ちゃん。なついてくる妹ちゃん。温かく見守ってくれる友人たち。そんな仲間とともに成長していく僕君。はたして僕君は椎茸を食べられるようになるのでしょうか。

 肉詰め料理と言ったら何を思い浮かべるだろうか。


 一般的にはピーマンの肉詰めだろう。ひき肉と玉ねぎなど香味野菜を混ぜた餡を半分に割り種を取りだしたピーマンに詰めて焼く、ハンバーグみたいな料理だ。かぶりつくと溢れだす肉汁の甘みがピーマンの苦みを中和してくれる。また、ピーマンの青臭さが肉の生臭さを消してくれる。味付けに掛けるケチャップの酸味は肉やピーマンの旨味を引き立ててくれる。ソースでもいい。でも、さらっとしたウスターより絡みやすい中濃ソースがいい。もちろん塩胡椒のシンプルな味付けでもいける。


 蓮根のはさみ揚げも捨てがたい。油で揚げるとタネから余分な脂が溶け出して、さっぱり食べられる。衣はつけないほうがいい。唐揚げのように軽く粉をまぶして揚げるくらいでいい。天ぷらのように衣をつけるところもあるけれど、少しべたつく気がして僕としては衣が薄いほうが好きだ。味付けはウスターソース。串揚げのように熱々の蓮根をさらっとしたソース潜らせ齧りつく。シャキシャキした蓮根の食感が飽きを感じさせない。噛むたびに染み出してくる肉汁の甘みが蓮根の泥臭さとあいまってワイルドな味わいとなる。口の中を火傷しないようにハフハフしながら味わうのが最高だ。ご飯よりビールのお供としたい。


 洋食ならロールキャベツ。餡には卵白を入れてふわっと仕上げるといい。少し緩めの餡をキャベツで包みブイヨンで仕立てる。キャベツは柔らかい春キャベツがいい。夏キャベツを湯通しして、しんなりさせてから巻くのでもいいけどかぶりついたときの解け方が違う。春キャベツならスプーンでサクッと切れるほどしなやかで味わいも繊細だ。挽き肉はブタでもいいけどコクのある合い挽き肉がお勧めだ。スープに浸っても香り負けしない。肉汁の甘みを掛けたケチャップの酸味が引き締めてくれるのがいい。僕はあえてケチャップを半分スープに溶かして食べるのが好きだ。洋食の肉詰め料理の傑作だろう。


 ソーセージも腸詰めというくらいだから肉詰め料理なのかもしれないが、あれはソーセージという食材という気がするので僕の独断と偏見で肉詰め料理から外しておく。


 肉詰め料理の範疇からはみ出しているかもしれないが、餃子を忘れてはいけない。中国発祥の料理だけどあちらでは水餃子が主だと聞く。日本で開発された焼き餃子は本場中国にも逆輸入され好評だという話だ。

 肉詰めとは言うものの、餡にはたっぷりの野菜を入れたほうがいい。野菜多めのほうが焼き上がりがふっくらする。入れる野菜は何でもいい。そんな懐の深さも餃子の魅力だ。甘みを出すためにキャベツはたっぷりと、白菜でもいい。長ネギを入れる人もいるけど玉ねぎのほうが甘みが出て僕の好みだ。他の野菜との兼ね合いもあるけどニラは入れてほしいものだ。ニンニクはお好みで。刻みでもいいけど僕ならすりおろしを使う。後はお好みで季節の野菜を。春なら筍がお勧め。シャキシャキした食感と香ばしさが春を感じさせてくれる。夏ならトマト。だまされたと思って試してほしい。イタリアンな雰囲気になる。パクチーを入れればタイ風になる。秋は迷うところだけど早秋なら牛蒡。コクが出る。晩秋には蓮根をお勧めしたい。冬なら餅。野菜じゃないって? いいじゃん。好きなんだから。

 最近は肉料理の範疇を飛び出して、海鮮やチーズ、納豆など様々な具材で餡を作ることもあるようだ。さすが餃子。懐が広い。世界にはラビオリなど餃子から派生したと言われる料理も数多く存在する。


 豚挽肉とたっぷり野菜を入れたら塩を振ってよくこねる。肉に粘りが出てくるまでよく混ぜる。粘りが出るまでこねたら、胡椒を振ってさらにこねる。浸けだれもあるので味付けは軽めに。醤油、味噌、オイスターソース、豆板醤、お酒、ナンプラーなど。タイムやローリエ、バジルなど入れる人もいるらしい。

 浸けだれは醤油ベースにラー油と酢を少々。餃子同士が焼き付いたときには酢を掛けまわすとはがれやすい。皮が破れて肉汁が零れるともったいないので是非試してほしい。


 とまあ、餃子に関して語ってしまったわけだが、実は僕は家では餃子を食べない。お母さんが「今夜は餃子にしましょう」と言い出したら全力で止める。なぜならお母さんは必ず椎茸餃子を作るから。肉も野菜も使わず細かく叩いた椎茸を餡にした椎茸餃子はやばすぎる。凶器と言って過言ではない。

 ぶつ切りや粗みじんにした椎茸を皮で包んだものなら対処しやすい。蒸し焼きにして半透明になった皮からゴキブリのような椎茸の黒い影が透けて見えるから。たとえ逃げ切れなかったとしても丸呑みにしてしまえばいい。子供が粉薬を飲むときにオブラートに包むようなものだ。

 やっかいなのは細みじん切りにした椎茸を餡に練り込まれた場合だ。これははっきり言って見た目では判断できない。想像できるだろうか。油断してかぶりついたとたん、みじん切りにして数十倍に増した表面積から放出されたレンチオニンが熱した油に乗って口いっぱいに広がるのだ。鼻先でVXガスを噴出されたに等しい殺傷能力だ。僕は家では餃子を食べない。食べないったら食べないのだ!


     *


 少々脱線が過ぎた気もするけど、左様に肉詰め料理にはおいしいものがたくさんある。だのになぜ、家で出てくる肉詰め料理は椎茸の肉詰めなのだろうか。

 見当がつくだろうから詳細には触れない。思い出したくもない。まあ、ピーマンがアレに変わったと思ってくれればいい。

「今日は肉詰めよ」

 仕事から帰ってきた僕に向かってお母さんは夕飯のメニューを告げた。

 僕はげんなりした。アレの肉詰めは僕の苦手とする料理の一つだ。僕ももう大人であるからして椎茸程度ではビビらない。丸呑みしてトイレに駆け込み吐き出すまで我慢できる。

 とは言え椎茸の肉詰めはハードルが高い。椎茸まるのままでも飲み込むのにギリギリだというのに、餡がたっぷり詰められていてはひと口でいくのは難しい。必然的に噛むことになる。場合によっては(うちでは頻繁に)餡にも椎茸が練りこまれているのだ。噛むとレンチオニンが放出される。レンチオニンは椎茸臭の原因物質でつまり吐き気の素だ。

 ただでさえぐにゃっとしてぐにゅっとしてぐじゅっとしたナメクジのような食感が耐えられないというのにレンチオニンまで放出されたら耐えられる気がしない。今日が僕の命日なのだろうか。

 死刑囚のほうが元気だろうという気分で僕は食卓に着いた。


 出てきた皿を見て拍子抜けした。

「……緑だね」

「……ミドリダネ」

 なぜか、お父さんが復唱した。

「わぁ、おいしそう! いただっきまーす!」

 迷うことなく妹は箸を取り、かぶりついた。

「うん……おいしいね。これ!」

「そうなの。この間、彼女ちゃんから教わってね。試してみたのだけどどうかしら?」

 出てきたのはピーマンの肉詰めであった。どうやら彼女ちゃんからのアシストだったようだ。彼女ちゃん、グッジョブ!

「おいしそう! いただきまーす」

「……イタダキマス」

「はい、召し上がれ」

 最初はシンプルに塩胡椒だけで頂く。肉汁がじゅわーっと染み出して旨味が口いっぱいに広がる。噛みしめるたびにピーマンのシャキシャキした感触がアクセントとなる。青臭さが口の中をさっぱりさせてくれる。うまい。これだけでご飯が3杯はいける。次にソースをかけて頂く。甘辛いソースの香りが肉汁と合って堪らない。

 3個あった肉詰めもあっという間に食べ終わってしまった。ご飯をお代わりまでした。ご飯が美味しいって幸せだ。

一息ついたところで、卵スープを一口飲む。

「うっ……」

 胃の底から熱いものが込み上げてくる。

やられた。ただの卵スープではなく、椎茸出汁の卵スープだった。具を入れないとこからしてお母さんは確信犯だ。僕は椎茸本体だけでなく椎茸出汁ですら食べられないというのに。

「ごちそうさま」

 食器を流しに下げ、水に浸ける。慌ててトイレに向かう。


     *


「危なかった……」

 トイレに駆け込み卵スープだけを吐き出した。僕くらいのベテランになると椎茸に汚染された料理だけを吐き出すことができる。伊達に23年もこの家で過ごしてはいない。

 椎茸をトイレに流すと僕は居間にもどった。口を漱ごうとキッチンに入ったところでお父さんと鉢合わせた。お父さんは家事を一切やらない人だ。普段なら食べた食器を自ら下げるなど絶対にしない。

 下げようとしている皿の上に緑色のものが見えた。どうやらピーマンを残して中身の肉だけを食べたらしい。そういえば家ではピーマンが出てくることはほとんどなかった。なるほどそういうからくりか……


「お父さん……」

 …………

 顔を合わせようとしない。

「お父さん」

「しょうがないだろ。誰にだって食べられないものはある」

 根負けしたようにお父さんは言い訳をした。

「取り除ければ食べられるなら、本当に食べられないんじゃないよ。本当に食べられない人は一緒に調理された時点で受け付けなくなるんだから。僕みたいにね……」

 お父さんがごくりと唾をのむ。

「そうだよ。お父さんのは食べられないんじゃなくて単なる好き嫌いなんだよ……」

 今まで「好き嫌いはダメだぞ」とか「作ってくれたお母さんの気持ちを考えなさい」など気軽に言っていたお父さんがとても面白い顔をしていた。楽しくなってきた。

「いい大人がピーマンダメですってどうなんだろうね。作ってくれたお母さんの気持ちを考えたことある?」

「ま、まて……僕君、今までのことはお父さんが悪かった。だから内緒にしてくれ」

「まあ、僕は台所にこっそり捨てたことはないけどね」

 トイレで吐くまでは我慢できる。

「わ、わかった。お小遣いをやろう」

 ダメ大人の見本がそこにいた。息子に対して買収を図るとは……

「お父さん、僕はもう社会人なんだよ。いらないよ」

 そうなのだ。僕は社会人なのだ。そして仕事を通じて交渉というものを覚えていた。

「それはそうと相談があるんだけど」

 居間のソファーから妹が憐れむような顔で男二人を見つめていたが気にしている場合ではない。これは生存戦略なのだ。


 僕とお父さんはピーマンと椎茸をトレードする協定を結んだ。僕の食卓は少しだけ平和になった。



 お父さんはピーマンが食べられない。




 このお話にはところどころで料理に関する記述が含まれます。全部とは言いませんがほとんどの料理は作者の体験済みです。僕君解説のピーマンの肉詰めもおいしいですが、餃子もいいですね。餃子は好みもあるので家で作ったほうが好きです。椎茸の肉詰めは……もちろん幼いころのトラウマです。椎茸に関する内容の90%は作者本人が体験した実話をもとに書いています。私怨が込められているのでお見苦しい部分があろうかと思います。特定の地方の方には不快な思いをさせてしまうかもしれません。お詫びを申し上げます。温かい心でお目こぼし頂ければと思います。

 本作は毎週水曜日に投稿する予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。感想・レビューなど頂けたらうれしいです。

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