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僕は椎茸が食べられない  作者: 灰色シオ
第3章 僕と彼女の未来
38/43

37.すれ違い

 僕は椎茸が食べられない。

 好き嫌いの問題ではなく、食べられないのだ。あのぐにゃとした歯ごたえでぐにゅっとした食感でぐじゅっとした後味のあの食材を。思い出しただけで吐き気がする。実際吐いてしまう。だから、僕は椎茸が食べられないのだ。


 このお話は、椎茸が食べられない僕君と何が何でも食べさせようとするお母さんの戦いの物語です。僕君を助けてくれる彼女ちゃん。なついてくる妹ちゃん。温かく見守ってくれる友人たち。そんな仲間とともに成長していく僕君。はたして僕君は椎茸を食べられるようになるのでしょうか。

「だから引出物(ひきでもの)どうするの!?」

「だから彼女ちゃんが決めていいって」

「そうやっていっつもわたしに丸投げで……」


     *


 僕と彼女ちゃんは婚約した。

 したんだけど……なんか思ってたのと違う。ケンカが増えた。


「だからって俺を巻き込むなよ」

 仕事帰りの一杯に付き合ってもらった先輩にまで言われる始末(しまつ)だ。

「だいたい身が入っていないんじゃないか? 幸せボケもほどほどにな」

「幸せなんですかねぇ……」


 普通にみれば幸せなのだろう。長年(ながねん)付き合ってきた彼女と婚約して、互いの親とも仲が良く祝福(しゅくふく)されていて問題など何もない。なのになぜかうまくいかない。


 最初のケンカは家のことだった。僕としてはアパートを借りて二人っきりの新婚生活を楽しみたかった。両親と距離を置きたいわけじゃない。でも、夫婦となるなら二人で家庭を(きず)きたいと思ったのだ。

 でも彼女ちゃんは嫌がった。家に居続けることにこだわった。

「なんで彼女ちゃんはそんなにこだわるのさ。うちはそんなに広くないよ」

「いいじゃない。僕君の部屋で一緒に暮らせば。荷物なんて実家に置いとけばいいし。お隣なんだから」

「それじゃ今までと変わらないじゃん」

「変わらなくたっていいじゃない。それに二人ともまだ若くってお給料も多くないし……」

共働(ともばたら)きだから生活できないほどじゃないだろ? 家はあるんだし」

別家計(べつかけい)とはいえ成人した子供なんだから、ちゃんと家にお金も入れなきゃ」

「だったらアパート借りるのと同じじゃん。だったらもう少し通勤しやすいところのほうが……彼女ちゃん片道2時間かかるでしょ」

「わたしのことはいいの! とにかくダメったらダメ!!」


 こんな感じで話にならなかった。

 結婚式の日取りが決まってからはますますひどくなった。式場のこと、招待客のこと、新居のことなど、ことごとく意見が食い違った。

「もういい! 帰る」

 その日も彼女ちゃんは実家(まだ結婚していないのだから普通に家なのかもだけど)に帰ってしまった。

 そんないざこざでイライラした気分を引きずっていたのだろう。僕は仕事で大きなミスをしてしまったのだ。


     *


 僕君のバカ……


 最近のわたしたちはケンカしてばかりだ。わたしだってケンカなんてしたくない。念願(ねんがん)だった結婚が決まったのだ。大怪我(おおけが)をしてまでわたしを助けてくれた僕君は格好いい。お見舞いに来てくれた病院で僕君はわたしにプロポーズしてくれたのだ。(うなず)かないわけがない。そのときのことを話すと友人たちは冷やかさずに祝福してくれた。

 先に結婚を決めていたB子ちゃん(あのときは全員がびっくりした)からは「本当の(たたか)いはプロポーズされてからよ」とよくわからないアドバイスをされた。

 今なら少しわかる。たとえ恋人であっても、結婚するって全然違うんだ。


 わたしだってバラ色の新婚生活にあこがれていた。目が覚めたら目の前に好きな人がいて、キスしてそのまま起きられずにイチャイチャしてたり、ご飯を作って帰ってくるのを待ってたり、一緒にご飯を食べて「おいしいね」って笑ったり、旦那様の体温を感じながら幸せに眠りに落ちたり……そんなささやかな幸せをわたしだって夢見てたのだ。

 でもね……僕君には他にも大切な人がいるでしょ


 僕君はわかってくれない。妹子(いもこ)ちゃんから(うば)うなんてできない。したくない。妹子ちゃんはわたしにとっても大切な妹なんだから


 そうしてケンカばかりしているうちに僕君はどんどん元気がなくなっていった。そして仕事で大きなミスをしたそうなのだ。わたしには話してくれなかった。電話で謝っている僕君を見た妹子ちゃんから教えてもらった。こんなはずじゃなかったのに……

 わたしのバカ……


     *


 ある日の夜10時ごろ、洗い物を済ませたわたしは家に帰ろうとしていた。そんなときに妹子ちゃんが帰ってきた。大学4年生になった妹子ちゃんは就活(しゅうかつ)の真っ最中だ。そのせいで帰りが遅くなることもあるけれど、その日は違った。サークルの飲み会だったらしい。

「彼女お姉ちゃん、ただいまーっ」

 酒臭い息で抱きつかれた。そしておっぱいを()まれた。

 まったく酔っ払いめ。僕君もしないことをしちゃう妹子ちゃんがいとおしい。

「ストレス発散(はっさん)も必要だけど、セクハラはほどほどにね」

「はーい!」

 そうしてわたしは玄関を出た。隣の家に向かおうとしたそのとき


 !?

 何かを感じた。振り向いたけど誰もいない……

 でも、そんなはずない。向こうの角から誰かが見ていた。確かに誰かがいた。


 バッグを(かか)えて(あわ)てて家に入った。

 心臓がドキドキして、でも体の(しん)に冷たいものを感じた。どうしよう。

 僕君に電話しようかとも考えた。

 僕君はあれから帰りが遅い。失敗を取り返そうと頑張っているのだろう。でも、飲んで帰ることも増えた。わたしと会いたくないのかもしれない。まだ1週間くらいだけどもう1年も顔を見ていないように感じる。こんなんで本当に結婚できるの、わたしたち……


 2階の自分の部屋に入る。電気は点けずに窓際(まどぎわ)による。わたしの部屋は東南角部屋(とうなんかどべや)で向かいが僕君の部屋だ。真っ暗で静まり返っている部屋はわたしを拒絶(きょぜつ)しているようにも思えた。

 わたしは通りに視線を移す。

 どきっ

 誰かがいる。明かりをつけていない部屋の中だからわたしの姿は見えないはず。だけどわたしはカーテンの(かげ)に身を(かく)した。恐るおそるもう一度(のぞ)く。確かに人がいた。


 背が高く細身の男性のようだ。季節外れのコートを着込みマスクをしているせいで顔は見えない。明らかに怪しい……怪しいというより変質者(へんしつしゃ)だ。もしかしたらコートの下は(はだか)なのかしら?

 そしてその男はお隣の家を見上げていた。


     *


「気にしなくてもいいんじゃないかな?」

「なんで!? 家までつけられてたんだよ。ストーカーだよ。妹子ちゃんかわいいから目をつけられちゃったんだよ」

 ストーカー(わたしの中ではもう確定していた)につけられていたというのに平然としている妹子ちゃんにわたしは声を(あら)げた。

「うん……何度か気づいたことはあったんだけど」

「けど……?」

 ごくり

「てんで弱そうだから放っといてる」

「なんでーっ!」

「だって勝てるもん」

 まったくこの兄妹はいざというときに緊張感がない。そして言葉が通じない。

 (おそ)われちゃって、クスリなんか()がされちゃって(ねむ)らされて無防備(むぼうび)なところをあんなことやこんなことされちゃうかも……イヤーっ!


「おーい、お姉ちゃーん……かえってこいよーっ」

 妹子ちゃんがなんか言ってるけど気にならない。


 決心した。妹子ちゃんはわたしが守る!


     *


 わたしは行動に移った。

 妹子ちゃんから予定を聞き出したわたしは仕事が終わった後、夜の街を徘徊(はいかい)していた。作戦名『プロジェクト守護者(ガーディアン)』。わたしが妹子ちゃんを守るのだ。今日は会社説明会に出た後、妹子ちゃんは道場に来て汗を流してる。窓からちらっと見えたけど稽古(けいこ)(はげ)む妹子ちゃんは輝いてる。はつらつとしていて楽しそうでとてもセクハラするような娘には見えない。そんな妹子ちゃんをわたしは通りの向こうから見守る。

 小腹(こばら)がすいた。バッグから駅のキヨスクで買ったあんパンとパックの牛乳を取り出す。張り込みの必需品(ひつじゅひん)だ。今のわたしは(かげ)。どこにでもいるありふれた決して人目(ひとめ)を引かぬ存在。服装でばれないようにスプリングコートを羽織(はお)り、キャスケット(ぼう)目深(まぶか)にかぶり、マスクとサングラスで顔を隠した。これでわたしだとは気づかれないはず。道場の中の妹子ちゃんと目が合ったような気がするけどきっと気のせい……だって、今のわたしは影、我が名はシャドウ。陰に(ひそ)み影を狩る者……さあ出てこいストーカー!


     *


 道場で9時まで稽古をして、掃除してシャワーを浴びて家に帰ると10時近かった。お腹ペコペコでお姉ちゃんの作ったご飯が食べたかったけど、期待薄だ。しょうがない。お母さんの作った椎茸飯で我慢しよう。お兄ちゃんが椎茸を食べなくなってから、つまり家ではお母さんの作るご飯を食べなくなって(お姉ちゃんが作れば食べる)からお母さんは意地になったかのように椎茸料理しか作らない。椎茸が嫌いではない私でさえ食傷気味だ。


「ただいまーっ」

 居間(いま)に入ると兄がいた。

「めずらしい。お兄ちゃん、帰って……」

「妹ちゃん! 彼女ちゃん知らない?」

 言葉をかぶせるように兄が聞いてきた。

「知ってるよ。かわいくって料理がうまくっておっぱいの大きいお姉ちゃんでしょ」

「そういうことじゃなくって……彼女ちゃん、まだ帰っていないんだ……」

 ()けてたくせに一応(いちおう)は気になるんだ。

「お兄ちゃんが飲み歩いて帰ってこないからじゃない?」

「ぐっ……お前も少しは心配しろよ……」

「大丈夫だよ。今、帰ってきたから」

「妹ちゃんと一緒だったんだ……よかった」

 あれを一緒というのかどうかわからないけどまあ一緒に帰ってきたのは確かだ。でも、のんきな兄に腹が立ってくる。

「心配するくらいならお兄ちゃんこそちゃんとしなよ。会社でどんな失敗したんだか知らないけどさ。婚約者に()つ当たりしたり逃げ回ったり情けないったらありゃしない。まったくそのせいでお姉ちゃんが闇落(やみお)ちしちゃってこっちだっていい迷惑よ。ストーカーが二人に増えるなんて……」

「ストーカーだって!?」

 やばっ……口が(すべ)った。


 この人(お兄ちゃん)は自分のことだってままならないのに、私たちのことは放っておけないのだ。身内には甘々(あまあま)なんだから。

 だから私にストーカーがいるなんて放っておけるはずがない。でもね。お兄ちゃんが何とかしなければならないのは私よりお姉ちゃんでしょ!



 お兄ちゃんは迷走中。お姉ちゃんは暴走中。

 このお似合いカップルめ!

 第37話でははとこちゃん騒動が一段落して結婚の準備を始めた僕君と彼女ちゃんのお話でした。そんなときに妹子ちゃんにストーカー被害?が発覚しました。彼女ちゃんの中二病感満載の闇落ち具合が見所です。


 今話では椎茸はお休みです。それなのに何やら不穏な香りが漂っています。


 本作は毎週水曜日に投稿する予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。感想・レビューなど頂けたらうれしいです。

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