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僕は椎茸が食べられない  作者: 灰色シオ
第3章 僕と彼女の未来
37/43

36.覇権

 僕は椎茸が食べられない。

 好き嫌いの問題ではなく、食べられないのだ。あのぐにゃとした歯ごたえでぐにゅっとした食感でぐじゅっとした後味のあの食材を。思い出しただけで吐き気がする。実際吐いてしまう。だから、僕は椎茸が食べられないのだ。


 このお話は、椎茸が食べられない僕君と何が何でも食べさせようとするお母さんの戦いの物語です。僕君を助けてくれる彼女ちゃん。なついてくる妹ちゃん。温かく見守ってくれる友人たち。そんな仲間とともに成長していく僕君。はたして僕君は椎茸を食べられるようになるのでしょうか。

「約束通りお嫁さんになりに来たよ!」

 突然の闖入者は、はとこちゃんだった。お父さんの従弟の子供、だったかな。徳島に住んでいるらしい。昔、法事か何かで何回かあったことがある。でも、お嫁さんって何!?

 僕の混乱をよそにはとこちゃんはお母さんと喧嘩を始めた。混乱するから彼女ちゃん改め婚約者ちゃんはお隣の幼馴染ということにしておいた。嘘は言ってない。彼女ちゃんはにこにこ気持ち悪いくらいの笑顔だった。絶対怒ってる……


 ことの発端はお母さんの一言だった。

「いらっしゃい。よく来たわね。昨日、実家から干椎茸が届いたの。今夜は本場の椎茸でおもてなしするわね」

 これがはとこちゃんには気に入らなかったらしい。

「はぁっ? 14位のくせして」

 はとこちゃんが何言っているのかわからない。

「だ~か~ら~、生産量14位ごときの大分が椎茸の本場名乗るなってはなし!」

 大分が14位って……なに? 意味が分からない。

「じゃあ……1位は?」

「そんなの徳島に決まってるじゃない。バカなの?」

椎茸の生産量を知らなかったからってそこまで馬鹿にされることだろうか? しかも結婚したいという相手に向かって。だが、お母さんはダメージを受けていた。

「確かに生椎茸の生産量では少しばかり負けているわ」

「8倍よ。ぜんぜん少しじゃないけどね。これは毎年農水省統計に公表されているまぎれもない事実よ(令和元年特用林産基礎資料しいたけ都道府県別生産実績より)」

「くっ……」

 こんな悔しそうな顔をするお母さんは初めて見た。

「でもねっ! 乾しいたけ(統計では干椎茸をこのように記載している)なら圧倒的に大分が1位なんですからね(前述資料によると大分県の乾しいたけの生産実績は948.0トンで第1位。全国のおよそ40%を占める)」

「はいはい。乾しいたけも椎茸のうちよ。トータルで言えば徳島のほうが圧倒的に多いんだから」

 どうやらはとこちゃんの言い分に分がありそうだ。

「椎茸は干したほうがうまみが増えるんですからねっ! 生なんて……」

 悔しさのあまり口が滑ったのだろう。だが、椎茸LOVEのお母さんにしては珍しい失言だった。

「はぁっ!? 採れたてが美味しくないわけがないでしょ!」

 お母さんも気が付いたようだ。悔しそうに唇をかむ。

「そりゃあ、私は干椎茸も好きよ。でも生椎茸が美味しくないなんて思わないわ。ねぇ伯母様、あなた本当に椎茸好きなんですか?」

「それ以上は止めて!」

 勝ち誇り、調子に乗るはとこちゃんを彼女ちゃんが止めてくれた。

「なによ。あんた、僕兄ちゃんを取られたくないからって干椎茸の肩を持つの?」

 別に肩を持つ訳じゃないと思う

「おばさまとはとこちゃんで干椎茸と生椎茸、どっちが美味しいか、料理で決めましょう」

「勝ったら僕兄ちゃんとの結婚を認めてくれるの? わかったわ。受けて立とうじゃないの!」

 誰もそんなんこと言ってないんだけど……


 誤解を解こうとした僕を彼女ちゃんが止めた。なんで?


     *


 こうしてお母さんとはとこちゃんの椎茸料理対決が始まった。庭にテーブルを引っ張り出した彼女ちゃんの隣に僕は座らされた。

「さあ、僕君を賭けた世紀の椎茸料理対決が始まりました。実況はわたし、彼女が努めます。解説の僕君、どんな料理が出てくるか楽しみですね」

「気持ち悪い……」

 気味悪いほどの彼女ちゃんの笑顔を向けられて僕のテンションはダダ下がりだ。


 はとこちゃんの料理は椎茸の炭火焼きだった。わざわざ七輪を引っ張り出し、炭火を起こし、生椎茸を網焼きにする。肉厚で笠が丸まった立派な椎茸だ。干椎茸ほどではないが、臭いをかいでいるだけで気分が悪くなってきた。

 はとこちゃんは笠の内側を軽く炙ってから椎茸を網に乗せた。最初は網の真ん中に置き、強火で表面を焼き締めた後、外側に移して遠火でじっくりと焼き上げる。笠の内側に水滴が浮いてきた。

「このお露もおいしいんだよ。今朝採れたばかりのみずみずしい椎茸を食べさせてあげるからね、僕兄ちゃん」

 はとこちゃんは笠の内にお醤油を垂らす。醤油が焦げるいい香りが立ち上る。

「仕上げにスダチを絞って……」

「なんで!? そこはカボスでしょ!」

「黙れ! 大分!」

 大分人のお母さんの悲鳴をはとこちゃんは一蹴した。対戦相手の料理にケチをつけるのはマナー違反だよ、お母さん。

 スダチは徳島県原産のミカン科の果物である。食酢として使われる徳島の特産品である。 一方、スダチもカボス同様ミカン科の果物であり、大分県臼杵市原産とも言われる大分の特産である。それぞれに郷土愛を掻き立てるソウルフードなのだ。まあ、どちらも見た目青いミカンだし、一般的には区別がつかない人が多いんじゃないかな。


「できた!」

 はとこちゃんが料理の完成を告げた。

「遅かったわね。待ちくたびれたわ」

「しょうがないでしょ。火起こしからやってたんだから」

 同じ台所に立って手の内を明かすわけにはいかない。そう言ってはとこちゃんは僕の家の物置から七輪を引っ張り出し、備長炭で火を起こすところから始めたのだった。料理開始から3時間以上が経っていた。

 まあ、備長炭は火が付きにくいし、しょうがないよね。

 椎茸は、はとこちゃんが持参していた。若い女の子が普通、バッグに椎茸を入れて持ち歩くか? シータケ星人たちの思考回路が理解できない。


「あら、大口をたたいておきながら、それだけ? 貧相なディナーね」

「素材の魅力を引き出すにはこれが一番ですよ。シンプルイズベストよ」

 知らぬはとこちゃんはともかく、お母さんはなんで自信満々なのだろう?

「私の料理はこれよ!」

 お母さんが出してきたお膳には……

「椎茸の炊き込みご飯に、椎茸汁。お造りはヒラメの椎茸〆、メインは椎茸と大分地鶏の煮物、箸休めに椎茸の佃煮、デザートは椎茸ゼリーよ。カボスを絞って召し上がれ」

 やっぱり出てきた。椎茸満願全席


「僕兄ちゃん、食べて食べて!」

 ………………ぱくっ

 ゲロゲロゲロ


「さあ、召し上がれ」

 ………………ぱくっ

 ゲロゲロゲロ


     *


「なんで! どうしてよ……」

 はとこちゃん、ごめん

「どうしちゃったの?」

 お母さんこそどうしちゃったの?


「ひどい……喜んでもらいたくて一所懸命つくったのに……」

 はとこちゃんは涙ぐんでいた。

「ごめん、はとこちゃん。僕、やっぱり椎茸食べられないんだ」

「えっ……?」

 はとこちゃんはびっくりした顔をしていた。


 小さいころだったから覚えてなかったのかな。あの頃も椎茸食べさせられては吐いていたのだけど。

「そうだったんだ……私の作った椎茸料理美味しいって食べてくれて、そのときお嫁さんにしてくれるって約束してくれたのに……」

 思い出した。なんかで親戚が集まったとき、まだ小っちゃかったはとこちゃんが台所のお手伝いをして僕のところにもよちよち料理を運んでくれたことがあった。お手伝いしたらしいはとこちゃんは僕のそばに座って食べるのを嬉しそうに見つめていた。しょうがなく僕は椎茸の入っていない料理を食べて美味しいって言ったことがあった。たしか『いいお嫁さんになれるね』って言った。『お嫁さんにしてあげる』とまでは言ってはいないと思うけど勘違いさせてしまった責任を感じる。幼いころのはとこちゃんの聞き間違いだとは言えない。

「私の勘違いだったんだね」

 はとこちゃんはしょんぼりしていた。

 一所懸命料理を作ってくれたはとこちゃんの気持ちは嬉しいけど、やっぱり僕ははとこちゃんの期待には応えられない。

「やっぱり駄目だったか……」

 23年の付き合いだよ。それに僕はもう椎茸は食べないって言ったよね。お母さんは反省して


「そっか……」

 涙をぬぐったはとこちゃんはエプロンを脱いだ。

「ごめん、僕兄ちゃん。やっぱり私、椎茸食べられない人とは無理! この話、なかったことにして」

 吹っ切れたようにはとこちゃんは言った。

「私、徳島に帰るね。付き合わせちゃってごめんなさい」

「うん。今度は遊びに来て。お母さんは喜ぶから。彼女ちゃんも」

 お母さんは笑っていた。親戚の子供が遊びに来たのに付き合ったつもりだったのだろう。椎茸マウントの取り合いだって本気で怒っていたわけじゃないと思いたい。

「折角、作ったのだからみんなで食べましょう。はとこちゃん、今日は泊っていきなさいな」

 帰ってきたお父さんと妹も混ざってみんなで椎茸満願全席を楽しんでいた。はとこちゃんは『美味しい』って大喜びだった。よかったね。


 あぁ、カップラーメン美味ぇ……


     *


「帰っちゃったね」

 はとこちゃんは徳島に帰った。僕と彼女ちゃんは空港まではとこちゃんを送りに来ていた。ロビーからはとこちゃんが乗ったであろう飛行機を見送りながら、彼女ちゃんが言った。

「いろいろごめんね」

「ううん。楽しかったよ」

 彼女ちゃんは怒ってないようだった。

「それにね。はとこちゃん言ってた」

「なんて?」

「お似合いだから、さっさと結婚しちゃえって」


 それはそうだろう。大分だ、徳島だ。干椎茸だ生椎茸だと僕を置いて勝手に盛り上がる人たちより、ずっと僕を見てくれる、寄り添ってくれる彼女ちゃんが一番だ。はとこちゃんのその言葉を聞いていたら、ちゃんと彼女自慢してやったのに。

「ダメだよ、僕君。失恋したばかりの女の子にそんなひどいことしちゃ」

 あれ? だってあれは、はとこちゃんの勘違い……

「わかってないなぁ。そういうところだよ、僕君!」

 なんで……?

「あれは、はとこちゃんの強がり。思い込みだったのかもしれないけど、本気で僕君のこと好きだったと思うよ」

 でも、しょうがない。僕の一番のもう決まっているんだから。



 僕は椎茸が食べられない。

 第36話では乾椎茸日本ランク第一位大分代表お母さん対生椎茸日本ランク第一位徳島代表はとこちゃんの覇権を賭けた椎茸料理対決のお話でした。どーでもいいですけどね。


 久々の椎茸三昧です。このお話にはところどころで料理に関する記述が含まれます。全部とは言いませんがほとんどの料理は作者の体験済みです。私怨が込められているのでお見苦しい部分があろうかと思います。特定の地方の方には不快な思いをさせてしまうかもしれません。お詫びを申し上げます。温かい心でお目こぼし頂ければと思います。


 本作は毎週水曜日に投稿する予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。感想・レビューなど頂けたらうれしいです。

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