29.芋煮会殺人未遂事件
僕は椎茸が食べられない。
好き嫌いの問題ではなく、食べられないのだ。あのぐにゃとした歯ごたえでぐにゅっとした食感でぐじゅっとした後味のあの食材を。思い出しただけで吐き気がする。実際吐いてしまう。だから、僕は椎茸が食べられないのだ。
このお話は、椎茸が食べられない僕君と何が何でも食べさせようとするお母さんの戦いの物語です。僕君を助けてくれる彼女ちゃん。なついてくる妹ちゃん。温かく見守ってくれる友人たち。そんな仲間とともに成長していく僕君。はたして僕君は椎茸を食べられるようになるのでしょうか。
東北の世に芋煮会という行楽がありにけり。河原で芋を煮て喰らい酒を飲む。雅のかけらもなく人の世のあわれを感じる。いとおかし。
*
僕たちはサークルの仲間たちと芋煮会にやってきた。芋煮会というイベントをご存知だろうか。秋の良き日に野外で鍋を囲み、酒を飲む。実に若者らしいイベントだ。東北地方で盛んな行事らしい。特に山形ではプールのような大鍋を用い油圧ショベルで掻き回す豪快なイベントが有名で毎年秋の風物詩としてテレビで中継される。
芋煮会というくらいだから芋を煮て食うのだが地域によって中身が変わる。ちなみに山形では芋は里芋で牛肉を入れ、その他野菜を一緒に煮込む。味付けは醤油仕立てだ。宮城では豚肉を使い仙台味噌で仕立てる。秋田ではきりたんぽを入れるらしい。呼び方も秋田ではなべっこ遠足、福島の一部ではキノコ山ともいい様々だ。芋は季節の里芋を使うのが基本だが、ジャガイモやサツマイモで代用することもある。
10月の天気の良い日曜日、僕たちフットサル同好会も芋煮会をしに郊外のキャンプ場に来ていた。すぐそばには清流が流れ、少し汗ばむ陽気を和らげている。
「ちゃらちゃちゃー、ちゃらちゃちゃちゃちゃー、ちゃららら、ららーらららーっ♪」
鼻歌を歌いながら彼女ちゃんが鍋を掻き回している。ご機嫌なようだ。
サークルのイベントだがオープン参加とのことだったので僕は彼女ちゃんを誘って参加した。男女比が10:1くらいのサークルだ。男だけで騒いでいてもむさくるしいだけなので、せめてもの賑わいにと彼女を連れてくるように部長に強く言われたからだ。ついでにA子も一緒だ。現地集合だったので僕たちは四也先輩の運転する車に乗せてもらってここまで来た。A子はちゃっかり助手席に座っていた。
邪魔はしないよ……だが、お前はちがうだろ。無駄にでかい二郎に文句を言う。
「おい二郎、狭いよ。もっと詰めろよ」
「いいじゃんか。お前は彼女ちゃんを膝に乗せればいいだろ? リア充爆発しろ!」
先日開いてやった合コンでもどうにもならなかった(どうにもならなかっただろうけど)二郎がふてくされている。その言葉に彼女ちゃんが頷いた。
「そうしなよ。僕君、こっちに来なよ」
彼女ちゃんが膝を叩く。
それ絶対逆だって……
山形出身の五樹部長が今回の発案者だ。具材は皆で持ち寄った。僕は業務用スーパーで豚小間を5kgばかり買ってきた。彼女ちゃんは野菜の下拵えをしてきた。A子は紙皿、紙コップに割り箸等什器類、二郎は缶ビールを1ケース買ってきた。
キャンプ場に着くと早速芋煮の準備だ。鍋とコンロは五樹部長が用意していた。山形県民は芋煮会用の大鍋が一家に一つは必ずあるのだそうだ。五樹先輩が入部して以来、我がフットサルサークルでは芋煮会が秋の行事としてすっかり定着していた。
参加者が20人もいるので鍋は二つ用意した。一つは山形風醤油仕立て、もう一つは仙台風味噌仕立て。山形風は五樹先輩が仕切っている。もう一つの仙台風芋煮は家政学部の彼女ちゃんが任された。
「二郎君、そんなに掻き回さないで。ジャガイモが煮崩れちゃう。一応、メークインにしておいたけど……」
ジャガイモにも種類があるんだ……
「メークインは煮崩れしにくいからカレーやシチューに使われるの。キタアカリやレッドアンデスは柔らかいからコロッケやマッシュポテトを作るのに向いているわ」
やっぱり彼女ちゃんを連れてきてよかった。
「あっちの山形風もいいわね。里芋と牛蒡がおいしそう」
向こうもいい感じに仕上がっているようだ。でも、鍋奉行を務める五樹先輩はビールを片手にすっかり酔っぱらっていた。五樹先輩のこの油断が後にあんな悲劇を引き起こそうとはこのときは誰も思ってもいなかった。
彼女ちゃんに叱られた二郎は不貞腐れて向こうで何人かでリフティングして遊び始めた。そこはフットサルサークル。ひとたび集まれば河原であろうとサッカーを始める。
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「それじゃ、皆の健康と我がサークルの益々の発展を祈念して……」
「「「カンパーイ!」」」
芋煮はおいしかった。仙台風味噌仕立てもいいけれど山形風も捨てがたい。牛蒡の味がおつゆに染み出して香ばしい。里芋もほくほくしておいしかった。
勇気を出して参加してよかった。人見知りのわたしだけど僕君のサークルには何度か応援に行ったことがあるので知り合いも増えた。親友のA子ちゃんが行きたがっていたのでわたしも頑張った甲斐があった。
芋煮を満喫していたわたしだったけど僕君は少し様子がおかしかった。青い顔をして気分が悪そうだ。飲みすぎたのかな?
そう思っているうちに僕君は川に向かってふらふらと歩いていく。
「大丈夫? 飲みすぎた?」
「いや、そうじゃない……そうじゃ……うおえぇぇぇっ!」
僕君はいきなり川に向かって嘔吐した。
「どうしたの? 大丈夫? 僕君、僕君っ!」
僕君一人じゃなかった。
「おえーっ……」
「うっ……きもちわる……」
周りで何人もの人が吐いていた。1、2、3……僕君も含めて5人もの人たちが嘔吐して苦しんでいた
*
「いったい何が起こったの……?」
Aちゃんが泣きそうな顔をしてつぶやく。四也先輩は難しそうな顔をして考え込んでいる。
せっかくの楽しい芋煮会が台無しだった。僕君はわたしの膝枕で休んでいる。よほど具合が悪いんだろう。普段なら人前でこんな弱った姿を見せる僕君じゃないのに。
「まさか食中毒?」
そんなあり得ない。食材に痛むものなどなかったはずだ。肉もクーラーボックスに入れて持ってきたし、十分に火を通したはずだ。
「毒だと……」
わたしのつぶやきを聞いた二郎君が勘違いした。
「毒じゃなくて食中毒……」
疑心暗鬼になった皆にわたしの言葉は届かない。
「俺たちは狙われているのか?」
「まさか黒の組織が……」
パニックが起こった。
「違う……そうじゃない……」
うろたえるわたしの手を僕君が掴んだ。
「よく見て。倒れている人を……僕と五樹先輩と……みんな山形鍋を食べた人たちだ」
僕君の言う通りだった。僕君以外は最初から山形鍋を囲んでいる人たちだった。わたしが山形鍋をもらいに行って僕君にも勧めたのだ。
「じゃあ、あっちの鍋に……」
「それなら彼女ちゃんもやられているはずだよ。大丈夫、謎は全て解けた。真実はいつも一つ!」
よろよろと僕君が立ち上がった。そしてある人物の前に立った。
「犯人はお前だ。六平太」
*
「知らなかったんだ。まさかあんなことになるなんて……」
それはサークルの後輩、1年生の六平太君だった。
「うち(故郷)のあたりでも芋煮会をやるんです。岩手じゃ普通に鍋に入れてるから……だから大丈夫だと思って……ごめんなさい。悪気はなかったんです!」
「ごめんで済めば警察いらないんだよ」
五樹先輩がブチ切れていた。
「なんで芋煮に椎茸入れるかなーっ!?」
犯人(六平太君)の供述によると岩手県は椎茸の生産量で全国第3位の一大産地なのだそうだ(令和元年特用林産基礎資料より)。解説の僕君によると第1位は徳島で第2位は北海道。大分の生産量は第14位だが、乾椎茸では第1位で全国の生産量のほぼ半分を占めるのだそうだ。
六平太君は地元名産の椎茸の良さを知ってもらいたくてつい、犯行に及んでしまったとのことだった。
岩手よ。お前もか……
あの忌まわしい事件の後、六平太君にはポンシュ(日本酒)というコードネームが与えられた。だって黒の組織だから
それにちなんで六平太君が成人してから本物の酒豪になったことはまた別のお話だ。
*
「大丈夫?」
帰りの車の中でまだ具合の悪そうな僕君を気遣う。
「ごめんね、彼女ちゃん。驚かせてしまって」
申し訳なさそうに僕君が謝ってくれた。
「そうだぞ。彼女ちゃん、お前のこと膝枕して介抱してくれてたんだから」
二郎君、それは言わないで。恥ずかしいから
膝枕がうらやましかったのか助手席からAちゃんが運転する四也先輩に探りを入れる。
「四也先輩は椎茸大丈夫なんですか?」
「椎茸は大丈夫だよ」
先輩の答えにがっかりするAちゃん
「でもセロリだったらやばかったかもね」
キラッ! 四也先輩のカミングアウトにAちゃんの目が光る。
ダメだよ~! セロリをお鍋に入れちゃあ……
やっぱり、僕君は椎茸が食べられない。
そして、公共の鍋に勝手に椎茸を入れるのは犯罪です。
第29話はサークルでのレクリエーションで僕君がひどい目に合うお話でした。芋煮会ってご存じでしたか? 作者も学生の頃経験しましたが、本来は楽しいイベントですよ。
このお話にはところどころで料理に関する記述が含まれます。今話のまとめで彼女ちゃんも言っていますが、念のためもう一度言います。公共の鍋に勝手に椎茸を入れるのは犯罪です!
椎茸に関する内容の90%は作者本人が体験した実話をもとに書いています。私怨が込められているのでお見苦しい部分があろうかと思います。特定の地方の方には不快な思いをさせてしまうかもしれません。お詫びを申し上げます。温かい心でお目こぼし頂ければと思います。
本作は毎週水曜日に投稿する予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。感想・レビューなど頂けたらうれしいです。




