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僕は椎茸が食べられない  作者: 灰色シオ
第2章 僕と彼女の成長
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26.就活

 僕は椎茸が食べられない。

 好き嫌いの問題ではなく、食べられないのだ。あのぐにゃとした歯ごたえでぐにゅっとした食感でぐじゅっとした後味のあの食材を。思い出しただけで吐き気がする。実際吐いてしまう。だから、僕は椎茸が食べられないのだ。


 このお話は、椎茸が食べられない僕君と何が何でも食べさせようとするお母さんの戦いの物語です。僕君を助けてくれる彼女ちゃん。なついてくる妹ちゃん。温かく見守ってくれる友人たち。そんな仲間とともに成長していく僕君。はたして僕君は椎茸を食べられるようになるのでしょうか。

「また来た……はぁ……」

 予感はしていたけど、(ふう)を開けて中を確認した私はため息をついた。


 親のコネとはいえ5社も内定通知がくるとは……。そろそろ一つに決めてそれ以外の会社には内定辞退の連絡をしなければならない。しかし、私は(なや)んでいた。

「どれもこれもいまいちなんだよなぁ……」

 どれも一部上場の優良企業だ。社会的ステータスとしては上々であろう。受験のときも娘たちの進路には無関心で好きにやらせてくれたあの親たちでも就職(しゅうしょく)に関しては口を出してきた。二人の専門を考慮(こうりょ)したうえで勝手に入社を頼んできたのだ。内定をくれた5社とも私は受けていない。それどころかエントリーシートすら提出していない。つまりは縁故(えんこ)100%の出来(でき)レースなのだ。


「悩むなんて姉さんらしくないじゃない」

 同じように内定の山を送り付けられているはずのE美が(ひや)やかしてくる。

「どこでもいいんだけどさ……」

 社会人になるならこの金髪ツインテールも()めなければならないだろう。年齢的にもそろそろイタくなっていることくらい私だってわかってる。でも……

「まあ、あきれるくらいテンプレな優良企業ばかり集めたものよね。つまらなすぎて笑っちゃうわ」

 E美の言う通りだ。これらの会社で社会人をやってる自分が想像できない。


     *


 私たちの両親はとある会社を経営していたのだが、そこで扱っていた製品が時流(じりゅう)に乗って(エコだとかSDGsだとかいって、よくわかんないけど)、特に海外でバカ売れしたのだ。10年前、私たちが中学に入るタイミングで海外に拠点(きょてん)を移した。私とE美は反対した。英語の成績が最低レベルだった私はもちろんだったけど、得意だったE美も嫌がった。むしろE美のほうが積極的に抵抗した。両親は説得したけど私たちの意思は固かった。顧客の強い要望もあり、既に契約を済ませていたため経営者としては取りやめることなどできない。しぶしぶ叔父(パパの弟だ。旧本社、現日本法人の社長をやっている。)を名目上の後見人として私たちは日本に残ることになった。その叔父も忙しいらしくどうしても必要なとき以外来ないけれど。


 家のことはお手伝いさんがやってくれた。その年配のお手伝いさんは優しい人で料理が上手だった。食いしん坊の私は台所に(もぐ)り込んでは料理を手伝っていた……。

 その頃の私は筋金入りのお嬢様で包丁(ほうちょう)すら(にぎ)ったことはなく、手伝うといっても邪魔(じゃま)にしかなっていなかったろう。でも、お手伝いさんは嫌な顔をすることもなく、優しく私の家事ごっこを許してくれた。

 彼女が包丁を握ると肉や魚や野菜たちがあっという間に解体(かいたい)されてあっという間に料理に変身した。まるで魔法だった。()きもせず目を輝かせて(なが)める私にお手伝いさんは「そんなに不思議だったら、D美お嬢様もやってみます? 魔法使いにしして差し上げますよ。ふふふっ」と料理に(さそ)ってくれた。もちろん私は(うなず)いた。


 そして3年の年月を経て私は免許皆伝となったのだ(別に調理師免許を取ったわけではない)。腰を痛めて退職したお手伝いさんの代わりを入れようという話は(ことわ)った。そんな知らない人の料理を食べるくらいなら自分で作る。魔女直伝(じきでん)の腕が鳴る。そして作ったものを誰かに食べてもらう。なんて素敵(すてき)なんだろう……

 だって自分で作れば好きなものしか食卓に出てこないんだよ!


 以来、週一回のハウスクリーニングを入れる以外(お掃除(そうじ)だってできるけど、料理ほどの情熱はもてない。)、私たちは二人っきりで生活することとなった。両親は数年に一度くらいしか帰ってこない。何かあったときはTV電話で報告はするけれど時差13時間の壁がある。TV電話だってメールで約束を取り付けてから、やっと(つな)がる。娘に興味がないというより夫婦仲が良すぎてそっちを優先したいようだ。いずれ弟か妹ができるかもしれない。


     *


「で……どうするの? 姉さんは」

「どれにすっかなぁ……」

 どれでもいいとからこそ迷う。

「へぇ~ その中から選ぶんだ?」

「えっ……」

 冷やかすようなE美の言葉に私は振り返った。

「まあ、そうよね~。姉さんは外見こそイっちゃってるけど、中身はいい子ちゃんだものね。パパママの言うことは聞かなくちゃね」

「うっさいな。E美はどうすんだよ?」

「私は公務員試験受けるから」

 E美はあっさり答えた。


「コネが嫌なわけじゃないのよ。どうせコネを使うのなら親のためじゃなく自分のために使わないと」

 E美は内定全部うっちゃって公務員試験を受けるそうだ。しかも国家とかではなく市役所だ。

「コネが使えて楽な仕事って言ったらやっぱ公務員でしょう。でも国家や都庁じゃダメ。コネが使えないし、転勤あるし、激務(げきむ)だし。やっぱ地方公務員よね。採用の8割は縁故だし、転勤ないし、サボっててもクビにならないし」

「まじめに働いている市役所の皆様に謝れ!」


     *


「コネ入社って結局親のためじゃない? 娘を人質に会社同士の連携(れんけい)を深めるための。昔の政略結婚みたいなものよ。それどころか5年もしたら政略結婚の話でも持ってきそうよね。バッカみたい……」

 E美は昔からそうだった。外見は完璧優等生のくせに親には逆らってばかりだった。中学は勧められた私立受験を「勉強したくない」の一言で()っぽって地元の公立にしたし、高校を決めるときも(すす)められた私立のお嬢様学校を「そんな遠くまで行きたくない」と言って最寄りの公立高にした。私も引きずられて同じところにしたのだけれど。

「あら、それは違うわ。パパたちの(すす)めたところじゃ姉さんは受からないでしょ。一人残されちゃかわいそうだから私が付き合ってあげたのよ」

 ぐぬぬ……勉強が苦手な私では反論できない。


「でも、姉さんはそれでいいのよ。勉強ができなくたって、お嬢様になれなくたって、そんなの向いてないし…… 子供のころからどんないたずらをしたってパパやママに怒られたことないでしょ。金髪にしたことだって喜ばれたくらいだし。私には無理……姉さんみたいに上手に(あま)えられないもの」

 好き勝手しているのはE美のような気がするけど……

「だから認めてもらえるように最低限の外面(がいめん)は整えているのよ」

 こうして完璧外面(そとづら)野郎が出来上がったのか……


「で、どうするの? 甘えん坊なD美ちゃんはパパの言う通りにするの? パパの(てのひら)の上で見せかけの自由を謳歌(おうか)するの?」

 今日のE美は意地悪だ。

「選ばれたところに入ればパパもママも喜ぶでしょう。姉さんも好き勝手させてもらえるかもしれない。そのうちさりげなくお勧めの御曹司(おんぞうし)を紹介されて結婚して家庭に入ってありふれた平凡な家庭を(きず)けばいいんじゃない。一般的にはそれを幸せって呼ぶのでしょうね。でもね、私は姉さんにそんな風になってほしくない」


「高校に入って姉さんが金髪にしたとき、学校側はさすがに問題視したわ。でも、すぐになあなあにされた。パパがもみ消したのよ。公立だというのにどうやったんだか。どうせ、国会議員や都議から何か言わせたのでしょうけど。何をしても許されるのはあの人たちの掌の上にいるから。子供のすることだから。いずれ大人になれば(なお)ると思って。馬鹿にしてくれるわ。でも、コントロールが()いているうちはあの人たちは何も言わない。無関心でいてくれる……」

 その通りだ。パパは私の思いより体面を気にしていた。だから、それを振り(ほど)きたくて髪を染めた。ママは私たちを思い通りにしたくてレール(お嬢様学校)を押し付けてきた。だから私は料理に固執(こしつ)した。料理部で(あば)れまわった。

「高校での姉さんは(かがや)いていたわ。料理部で好き勝手していたときなんてキラキラしていてまぶしいくらい。そこでの経験は姉さんだけのものよ。

 あれはパパに言われるままに嫌々やらされていたの? 違うでしょ! ママが(かま)ってくれないから自棄(やけ)になってやっていたの? そうじゃないでしょ! 

 あの頃の姉さんは本当に楽しそうだった。違った? その経験を一生の宝物として大事にするか、大人になったからといって捨てるかは姉さん次第(しだい)よ」


 そんなE美の言葉を聞いて私は決心した。

「決めた!」

「で……どうするの?」

「私も内定は(ことわ)る」

「で……?」

「私は好きなものしか食べたくない!」


     *


 私は学生時代からバイトをしていたフードチェーンに正社員として入ることにした。新興(しんこう)中堅(ちゅうけん)どころだけどちゃんとした会社だ。店長に相談したら前から(さそ)われていたこともあり、すぐに面接を組んでくれた。採用担当者の面接は主に仕事についての話だった。社長面接ではこれまでのアルバイトでの店舗(てんぽ)経験の話がほとんどだった。私の話を社長は大笑いしながら聞いてくれた。そして内定が出た。

 こんな金髪ツインテールのギャルJDによく内定出したな……


 入社してからの仕事は店舗管理などもあるだろうけど主な業務は店舗のメニュー管理だ。流行を取り入れた新メニューの開発。店舗から提案のあったメニューの精査(せいさ)などが仕事である。ただ美味しければいいというものではない。コストは? 食材は安定して仕入れられるのか? 店舗の設備で負荷(ふか)なく作れるのか? 将来性は? 決める前に検討しなければならないことは山のようにある。それだけにやりがいがある。それに金髪ツインテールでも構わないというのは大きな魅力だ。イタいだなんて言ってられない。言わせない!


     *


 夏が過ぎ、秋も深まりつつあるある日のこと。進路に関して親にTV電話で報告した。パパは残念そうな顔をしていたけど許してくれた。反対されると思ったから事後承諾(じごしょうだく)だったけど。報告を終えた私たちは二人でお祝いをすることにした。


「よかったじゃない」

 してやったりとした表情でE美が言った。

 後押(あとお)しをしてもらったとは思うけれどドヤ顔されるとイラっとする。仕返(しかえ)しに二人の内定の祝いには栗ご飯、サンマの塩焼き、ナスの煮びたし、茶わん蒸し、松茸の土瓶蒸(どびんむ)し、里芋のお味噌汁、デザートに大学芋と私の大好きな超健康ヘルシー料理を並べてやった。ジャンクフード大好きなE美は嫌そうな顔をしていたけど完食(かんしょく)した。

 ざまあみろ!


「というわけで……」



 私は好きなものしか食べたくない!

 第26話は彼女ちゃんの先輩のD美先輩の就職活動のお話でした。22歳になっても相変わらず金髪ツインテールのD美先輩でしたが、それには衝撃的な過去が隠されていたのでした。愛い奴め。外面完璧のE美ちゃんのほうが困ったちゃんです。


 本作は毎週水曜日に投稿する予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。感想・レビューなど頂けたらうれしいです。

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