19.部活
僕は椎茸が食べられない。
好き嫌いの問題ではなく、食べられないのだ。あのぐにゃとした歯ごたえでぐにゅっとした食感でぐじゅっとした後味のあの食材を。思い出しただけで吐き気がする。実際吐いてしまう。だから、僕は椎茸が食べられないのだ。
このお話は、椎茸が食べられない僕君と何が何でも食べさせようとするお母さんの戦いの物語です。僕君を助けてくれる彼女ちゃん。なついてくる妹ちゃん。温かく見守ってくれる友人たち。そんな仲間とともに成長していく僕君。はたして僕君は椎茸を食べられるようになるのでしょうか。
「えっ?」
高校に入学早々、彼女ちゃんは面倒ごとに巻き込まれたらしい。
「ごめんね。休みの日に……」
「それはいいんだけど、料理部の部活って何やるの? 僕は何をしたらいいの?」
「ごめんね。それはわたしにもわかんない」
彼女ちゃんは謝ってばかりだ。どうやら入部早々面倒な先輩に目を付けられたらしい。これは僕がガツンと言ってやらなければならないようだ。
「君が彼氏君か? 彼女ちゃんの身柄は料理部が預かった。帰してほしくば君も料理部に入部したまえ!」
ガツンとかまされたのは僕のほうだった。こんな変態から彼女ちゃんを守らなければ。
「帰してほしくばって僕が入部すれば彼女は退部してもいいんですね?」
「それはダメーっ!」
何言ってるんだ? この金髪ギャル……
日曜日に彼女ちゃんに連れられ集合場所の駅前に行くと拡声器越しにいきなり呼びかけられた。彼女ちゃんの身柄は預かったって言っても今現実、僕の隣にいるし、「帰して」って意味が違うし。もう、このまま帰ろうか
「ごめんなさいね。アレのことは気にしないで」
回れ右をしたところで、目の前から落ち着いた声で謝られた。うちの高校の制服を着た女の人がいた。黒髪ストレートで眼鏡をかけている真面目そうな人だ。
あれ!?
後ろを振り返る。
「もう一度言うわ。アレのことは気にしないで。お願いだから……」
金髪ツインテールの自称誘拐犯と同じ顔をした優等生さんにお願いされてしまった。
「料理部の先輩?」
彼女ちゃんに双子の素性を尋ねる。
「ううん。E美先輩は生徒会の副会長さんだよ。朝礼とかで見たことない?」
ごめんなさい。記憶にございません。
「そして、私が料理部部長のD美だーっ! なぜ、D美かというとDカップだからだ!」
なるほど、そういう法則性か……
僕は彼女ちゃんの友人を思い浮かべて納得していた。
「そんなわけないでしょ。君、今、失礼なこと考えてたでしょ。私はEもないから」
「その通り。E美のEはEconomyのEだ! どうだ。この無駄のないすっきりボディは?」
「悪かったですね。どうせ私は姉さんみたいなメリハリはないですよ!」
「よかった。E美先輩もいらっしゃったんですね」
入部して1週間で彼女ちゃんはこの漫才みたいなやり取りに馴染んでしまったようだ。環境は選ばないといけないよ。
「彼女さん、貴女にとってはよかったことでしょうよ。アレと二人きりで休日を過ごすなど悪夢でしかないから」
朝っぱらからE美先輩はお疲れのようだった。
*
入部した料理部でわたしはあまり得意でないタイプの先輩に目を付けられてしまった。声が大きい人はあまり得意ではない。
出会いは部活説明会だった。
サッカー部に入部を決めている僕君は二郎君に連れられグラウンドに練習を見に行ってしまった。わたしはABちゃんと一緒に部活説明会の会場である体育館に向かっていた。入口に売り子のような格好をした女の子がドリンクを配っていた。
「おつかれさまでーす。サービスのドリンクどうぞ!」
「は、はい。ありがとうございます」
金髪ツインテールの可愛い女の子だった。
「へえっ、うちの学校、あんな金髪でもOKなんだ……あっ、うまっ」
A子ちゃんが感心しながら受け取ったドリンクを一口飲んだ。
「そこの君っ! 今飲んだね。しかも美味いといったね?」
金髪ツインテールちゃんはA子ちゃんのつぶやきを聞き逃さなかった。
「え、ええ……美味しかったです」
「なら、決まりだ。料理部に入り給え!」
「えっ…あっ…いや、そういうの興味ないんで……」
しっかり者だけど押しに弱いA子ちゃんがしどろもどろになりながら逃げようとする。
「いやいや、カップをよく見たまえ」
受け取った紙コップを見る。そこには
『私は料理部入部を希望します。その証として料理部特性ドリンクを飲みます。』
と書かれていた。
「つまり、君は料理部への入部を承諾したのだ。あきらめてこの入部届にサインしたま……ぐえっ」
「姉さん! 次、問題起こしたら即廃部だといいましたよね!」
救世主が現れた。黒髪ロングの先輩が金髪ツインテールちゃんの襟首をつかむと猫のように捕まえていた。その右袖に生徒会副会長の腕章がつけられていた。副会長先輩が悪魔の手に落ちそうだったA子ちゃんを助けてくれた……あれ? 姉さん!?
「でも、新入生が入らなくても廃部なんだろ?」
襟首をつかまれた金髪ツインテールちゃんは悪足搔きする。
「当然です。部員が5人集まらなければ廃部です。生徒会規則第67条附則部活要綱第3条に定められています」
黒髪ロング先輩は凛々しく告げた。
「だが、附則第3条には「本校生徒5名以上が集まり、申請して許可を得た場合、部活として認める。」と書かれているだけで、部に欠員が出た場合の存続については書かれていないじゃないか?」
「だから、温情で新入生勧誘の時期まで待ってあげているじゃないですか。なのに、こんな詐欺まがいの勧誘なんて認められません!」
「お前のおっぱい同様みみっちいなぁ」
「私の胸は関係ないでしょう!」
「あのう……」
姉妹(?)のエンドレスな言い合いにわたしは割り込んだ。
「金髪ツインテールちゃんは料理部の関係者なんですか? だったら、わたし料理部に入りたいんです」
黒髪ロング先輩は心の底から嫌そうな顔をした。
「あいにく料理部はたった今廃部になったところよ。悪いことは言わないから。コレとはかかわらないほうがあなたのためよ。料理同好会を新設するのなら便宜を図るわ。5人以上集められれば部に昇格することは可能だから。あくまでも新設の部としてね」
「何を言っている。廃部は部活動会議の承認事項だろ。それまでは廃部じゃないぞ。それ新入部員が加わり5人そろったからには廃部の理由などあるまい」
鬼の首を取ったかのような金髪ツインテールちゃんの暴言に黒髪ロング先輩が切り返す。
「いえ、部長のルール無視の悪行三昧、廃部の理由としては十分です。ですが、はぁ……入部希望者が出てしまったとすれば仕方ありません。姉さんの狼藉を止められなかったわたしたちにも非があります。説明の労は取りましょう。あなたたち、部活説明会が終わったら生徒会室までいらっしゃい。なぜ料理部は廃部にしなければならないのか。なぜこの変態を野放しにしてはならないのか。じっくり説明してあげます」
「また後でなーっ! 生徒会室で会おう!」
金髪ツインテールちゃん……先輩? は黒髪ロング先輩に引きずられていった。
「あなたたちってあたしもか!?」
「あら、私は入ってもいいわよ。彼女ちゃんを一人にするのもかわいそうだし。料理はできないし興味もないけど、部活には興味があるわ」
「ありがとう、B子ちゃん。A子ちゃんはどう?」
「あたしは……彼女ちゃんが入るなら……」
「ありがとう!!」
*
「というわけで料理部に入ったの」
「ちょっと待って! 全然わからない!」
サッカー部の練習見学から帰ってきた僕君に今日の話をしたのだけど、伝わらなかったみたい。入部希望者が1人ならともかく3人に増えてしまったことでE美先輩が折れたのだ。「忠告はしたわよ」と捨て台詞付きだったけど。
金髪ツインテールちゃんことD美先輩は料理部の部長で前の3年生が卒業してから4人になった料理部を維持しようと頑張っていたそうだ。頑張りすぎちゃったみたいだけど。生徒会副会長のE美先輩はD美先輩の双子の妹で主にD美姉さんの後始末を担当しているらしい。3年生になった今年はどうしてもD美先輩の暴走を止めたくて料理部の廃部を企んでいたが、わたしのせいでおじゃんになってしまった。
ごめんなさい……
わたしが料理部に入ろうと決めていたのはもちろん僕君のためだ。料理上手なおばさん(僕君のお母さん)に対抗するためにはわたしも料理スキルを上げなければいけない。それに彼氏に手料理を振舞うなんて恋人としての一大イベントじゃない。わたしだってあこがれている。部長はちょっとアレな人だったけど、特製ドリンクは確かに美味しかったし、言動はともかく料理部らしく料理で勧誘するのは好感が持てた。
こうしてわたしたちは料理部に入った。そして当然のように廃部の危機を救ったわたしはD美先輩に気に入られてしまった。
「彼女ちゃーん、彼氏いるんだって!? じゃあ、今度の日曜日、部活やるから駅前に10時集合ね。彼氏君もつれてくること。反論は認めませーん。それじゃ!」
というわけでわたしは僕君を連れて集合したのだけど、そこにいたのはD美先輩となぜか部員でもないE美先輩だけだった。
「だって他の3人は幽霊部員だから」
ちなみにA子ちゃんはD美先輩に恐怖を感じているみたいで「絶対行かない!」と断固拒否した。B子ちゃんは「変態(D美部長)の生態に興味はあるけど、今回は僕君に譲るわ」と言って不参加だった。
合流した後、大騒ぎをしながら連れてこられたのは
「ようこそわが家へ!」
大豪邸だった。ここにD美先輩とE美先輩が二人で暮らしているのだ。ご両親は仕事の関係で海外にいて、めったに帰ってこないらしい。
「ところで今日は何をするんですか?」
「なにって、君たちの歓迎会だよ。料理部らしくみんなで料理を作って楽しくランチするんだよ」
「なるほど。料理部らしいですね」
派手な金髪とピーキーな言動で誤解されやすいけどD美先輩は優しくて頼りがいがある先輩だった。料理の腕も確かだ。
「アレ(姉さん)を見て納得できるあなたも相当おかしいわよ」
E美先輩が何か言ってるけどよくわかんない。
「それで、なんで僕まで連れてこられたんですか?」
「君のために料理を作りたい彼女ちゃんの相談に乗るためだよ。そのためには対象の研究が欠かせないだろ」
いきなり何言いだすんです わたし、そんなこと言ってないです!
「おや? 違ったかい? 違わないよね……」
「あきらめなさい。姉さんの観察眼を甘く見ないことね。といっても手遅れだけど。警告はしたはずよ」
E美先輩に冷たく慰められました。
「ちなみに今日のメニューはキノコパスタだよ。で、僕君は椎茸が食べられないと聞いたけど、そこら辺から調べてみよう。食べられないのは椎茸だけ? それともキノコ全般かい? 松茸は? シメジはどうだい?」
諦めたようにため息をつくと僕君は答え始めた。嫌そうな顔をしていたけど、僕君とD美先輩の相性は悪くないと思う。なんだかんだで付き合いのいい僕君なのだ。
「食べられないのは椎茸だけです。松茸はうまいですね。なめこは好きです。シメジは食べられます。エノキは大丈夫。舞茸もまあ、大丈夫です。エリンギは好きじゃないけど、まあ、食べられます。トリュフ!? 使うんですか?」
「僕君がどこまで食べられるか楽しみだな」
「そんな……無理して食べなくても……」
「何を言う。ギリギリを攻めるから面白いんじゃないか」
D美先輩の料理の腕は確かだった。その日のランチはバラエティキノコパスタと野菜サラダトリュフドレッシング掛けに松茸スープだった。私も手伝ったけど、とてもおいしかった。
「すみません。お手洗いお借りできますか?」
食事の途中で僕君が突然立ち上がった。あれ!? 隠そうとしているけどあの表情は……
E美先輩に案内されて中座する僕君を見てD美先輩が言った。
「君の彼氏の舌は確かだ。このメーカーの松茸スープは松茸風香料を入れているだけで中身は椎茸だからね」
なぜか松茸スープだけは市販品を使っていると思ったら……D美先輩、あんまりです。
D美先輩はすっかりわたしの料理(恋愛?)の相談相手になってしまった。ほとんど2人きりの部活なのだ。部員でもないのに毎回参加しているE美先輩には甘々で胸やけがするといわれてしまったけど。あれ以降、D美先輩に相談して作った料理で僕君が残したものは一つもない。
恋愛もキノコもギリギリを攻めるから面白い?
第19話では高校に上がり彼女ちゃんが部活に入るお話でした。個性的な先輩たちに囲まれ彼女ちゃんはどのように変わっていくのでしょうか? 巻き込まれる僕君が大変そうです。
久しぶりに椎茸が出てきました。椎茸嫌いの皆さんも松茸風味のお吸い物には気を付けてください。
本作は毎週水曜日に投稿する予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。感想・レビューなど頂けたらうれしいです。




