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僕は椎茸が食べられない  作者: 灰色シオ
第2章 僕と彼女の成長
18/43

17.好き嫌い

 僕は椎茸が食べられない。

 好き嫌いの問題ではなく、食べられないのだ。あのぐにゃとした歯ごたえでぐにゅっとした食感でぐじゅっとした後味のあの食材を。思い出しただけで吐き気がする。実際吐いてしまう。だから、僕は椎茸が食べられないのだ。


 このお話は、椎茸が食べられない僕君と何が何でも食べさせようとするお母さんの戦いの物語です。僕君を助けてくれる彼女ちゃん。なついてくる妹ちゃん。温かく見守ってくれる友人たち。そんな仲間とともに成長していく僕君。はたして僕君は椎茸を食べられるようになるのでしょうか。

 僕と違って彼女ちゃんは好き嫌いがない。なんでも食べる(妹ほどは食べない)。

「彼女ちゃんは好き嫌いなく何でも食べて偉いわね」

 僕の椎茸嫌いに手を焼いているうちのお母さんは彼女ちゃんをよく褒める。僕に対する当てつけだと思うけど。そう言われていつも彼女ちゃんは恥ずかしそうに微笑んでいた。


 だからそのときの僕は彼女がどんな気持ちでいるのか何も考えずに言ってしまったのだ。

 デートで初めて行った人気ラーメン店で僕が頼んだ『野菜たっぷりタンメン』になぜか椎茸が入っていて恥ずかしながら僕は彼女ちゃんの頼んだ『美人の素イソフラボン入りもやしそば』と交換してもらった。そんなとき、つい言ってしまった。

「彼女ちゃんは好き嫌いがなくて(えら)いね」

 その言葉を聞いた彼女ちゃんは悲しそうな顔をした。

 そのときはそれだけだった。でも、それからも彼女ちゃんは浮かない顔をしていた。高校入学の準備ためのお買い物デートだったのに、買い物をしている間も浮かない顔をしていた。

「何か食べない? クレープがいい? それともアイス?」

 僕が何を聞いても彼女ちゃんは「うん」としか言わなかった。

 春の風が冷たかった。


 その日は彼女ちゃん家で夕飯をご馳走(ちそう)になり、彼女ちゃんの部屋でくつろいでいるとピンクのパジャマに着替えた風呂上がりの彼女ちゃんが戻ってきた。

 いつもの2倍増しに柔らかそうな彼女を抱きしめてほっぺをふにふにするのが僕は好きだった。でも、今日の彼女は許してくれなかった。

「ねえ僕君、好き嫌いないのってそんなに偉いのかな……」

 向かい合わせに座った彼女ちゃんが言った。

「どうしてそう思うの?」

「みんな言うじゃない。好き嫌いなくて偉いって」

「うちのお母さんのは、その後に『それに比べてあんたはいつも椎茸嫌いで』って続くんだけどね」

「でも、僕君だって言った」

 お昼のあれか。彼女ちゃんの落ち込んでいる理由がようやくわかった。

「僕のあれは……そう! 三河弁(みかわべん)(愛知県東部の方言、通称"じゃんだらりん")だから。『椎茸なんか食べてえらいじゃんね(標準語訳:椎茸なんか食べて大変だね)』って言ったんだから!」

「……」

 最近、流行のネット動画で覚えた三河弁を使った僕の渾身(こんしん)のギャグは不発(ふはつ)だった。

「何かあったの?」

「何もないよ。ただ、わたしってなにもないなって思って……」

 先週の中学の卒業式の後、僕から告白して彼女ちゃんとは恋人になった。生まれたときからの幼馴染(おさななじみ)でずっと一緒にいたけれど、恋人となった彼女ちゃんは特別でかわいくてしょうがない。僕は片時(かたとき)も離れたくなかったけど、彼女ちゃんはこうして落ち込むことが増えた。

 そんなとき僕は何の役にも立たない。元気づけてあげることもできない。悩みを晴らすような気の()いたことも言えない。ただ、そばにいるだけだ。子供のころからそうだった。


     *


 恋人になったというのにわたしは僕君を悩ませてばかりだ。好きだって言ってもらえてうれしかったはずなのに、今ではその気持ちがわからなくなっている。中学でも女子に人気のあった僕君なのになんでわたしなの。わたしじゃ釣り合わないよ。


 わたしは中2の秋を思い出した。

 中学に入ってからも僕君はサッカーを続けていた。小さい体で頑張る僕君をわたしは家庭科室の窓から見つめていた。わたしの入った家庭科部は運動が嫌いな女子の()()(でら)みたいな部活で真面目とは言えない部だった。わたしも窓から僕君の姿ばかり眺めていた3年間だった。

 だからよく知っている。体が小さいなりに負けまいとトレーニングに(はげ)んでいることを。うまくいかないときは先輩に相談していることを。誰かがミスしたときは真っ先に()()け励ましていることを。フォワードの僕君がまだ一度もゴールを決めたことがないことも。

 一度だけチャンスがあった。1年生のときの新人戦。いつものように僕君が敵の反則を誘いPKを取った。3年生が抜けたばかりで2年の先輩も自信がなかったのだろう。PKを取った僕君が()ることになった。新チームになって最初の得点のプレッシャーを押し付けられた。ゴールにならなかった。いいキックだったと思う。(いち)(ばち)かで()んだキーパーが僕君のシュートを(はじ)いた。それでも僕君はこぼれ球に詰めていた。だけど僕君がシュートを()つ前に笛が鳴った。2年生の先輩が反則を(おか)したのだ。

 以来、僕君はPKを蹴らせてもらえなくなった。『決められなかったのは僕のせいだから仕方ないよ』と僕君は言ったけどわたしは納得していない。僕君は本当に一生懸命練習していたんだから。みんなが帰った後も最後までPKの練習を()り返していた。わたしはそれをずっと見ていた。

 見ていたのはわたしだけじゃない。チームの仲間もみんな見ていた。だから、上級生が引退して僕君たちが最上級生になったとき、チームメイトは僕君をキャプテンに推薦(すいせん)した。だけど監督がそれを拒んだ。そのときの監督は体育の先生で体の大きな人だった。小柄な僕君を見下していた。

「二郎、お前がキャプテンだ」

 二郎君は嫌がった。僕君の親友で誰よりも僕君が頑張っていることを知っているから受けられるはずもない。でも監督の命令で決まってしまった。二郎君は部活に出てこなくなった。

 ()めるつもりだった二郎君を呼び戻したのも僕君だった。二郎君が部活で先生に(さか)らい内申点を下げられることを心配したのだ。

「大丈夫、お前ならやれる。僕も手伝うよ」

「そういうことじゃないんだけどな」

 二郎君はサッカー部に戻り、キャプテンとなった。でも、やっぱりチームはバラバラで1年間で1勝も上げることはできなかった。二郎君もこだわらなかった。


 二郎君を(うら)む気もない。でも、わたしは泣けてしまった。中総体(ちゅうそうたい)の最後の試合に負けた日の夜、涙を流す僕君を見てしまったから。

「悔しいよ。僕たちはもっとやれるはずだったんだ。……僕が頑張らなければよかったのかな……」

 そんなことない。そんなことあるはずがない。

 間違っているとしたら力強くチームを引っ張っていくキャプテン像を押し付けた先生だ。チームのみんなが推した僕君を勝手な思い込みで否定したせいでサッカー部はバラバラになってしまったのだ。

 あれ以来、中学(母校)のサッカー部は地区最弱の異名(いみょう)(ほこ)り、今年も1勝もあげられないままだった。監督も異動で別の学校に移るそうだ。


 私は思う。頑張っても結果が出ないことはあるだろう。でも、頑張ることが間違っているなどありえない。そんなこと絶対に認められない。

 今でも夢見てしまう。僕キャプテンが率いるチームが連戦連勝して県大会で優勝する。そんなあったかもしれない未来のことを

 でも、それは何もしなかったわたしが思っていいことじゃない。


     *


 僕君と比べてわたしは全然頑張っていない。椎茸が食べられるのも好きか嫌いかの1/2の確率の結果だ。だからそんなもの自信にならない。僕君のためになっていない。


「彼女ちゃんはそういうけど。僕は頑張っているのかな?」

 そんなわたしを見て僕君がつぶやいた。

「頑張ってるじゃない!」

「部活だって勉強だって……椎茸だって……」

「そうかな? 僕はちゃんと向き合っていないんじゃないかな? サッカーだって僕らの代は1勝もできなかった。受験だって普通にやって受かりそうなところしか考えなかった。椎茸だって食べられないってちゃんと言わずにこそこそ後で吐いているだけだよ。何も解決していない。僕が何とかやってこれたのは全部彼女ちゃんのおかげだ。いつも助けられてばかりだ」

 そんなことを考えていたなんて思いもしなかった。

 僕君はサッカー部でも1年のときから活躍して、女子にも人気があって、明るくて、優しくて。だからわたしなんて釣り合わないと思っていた。わたしなんかが近くにいたら僕君にお似合いの素敵な人が見つからないと思って。でも、離れることもできなくて僕君が困っているときにはママに頼んで手助けした。それだけ。きっと僕君はわたしの助けなんてなくてもちゃんとやったはず。

 確かに椎茸は食べられないままだけど


「僕は逃げているんじゃないかな」

 わたしが僕君とお付き合いを始めたのは中学校の卒業式の日からだ。あのときは僕君が『好き』と言ってくれた。それがうれしくて中学時代、僕君がどんな気持ちでいたのかわかっていなかった。

「僕君はそんなこと考えながらわたしに『好き』と言ったの?」

「……全部、僕のわがままだ。彼女ちゃんを他の誰かに取られるんじゃないかって……そう考えたら(こわ)くなって、やけになって告白したんだ。君の気持なんか考えていなかった。僕が彼女ちゃんと離れたくなかったから……」

「ありがとう」

「えっ……!?」

 僕君は驚いていた。当然だろう。懺悔(ざんげ)の言葉に感謝されたのだから。でも、それがわたしの気持ち。

「わがままにわたしのことを好きになってくれてありがとう」

「でも、僕は彼女ちゃんの気持ちも考えずに……」

「だって、好きになるって完全に自分だけの感情じゃない。それとも僕君は好かれたから好きになるの?」

「そんなことはないけど……」

 ちょっと意地悪だったかな? 僕君は中学のとき告白してくれた女子たちのことを思い出したのだろう。

「でしょう? だから、わたしは僕君が相手のことや雰囲気(ふんいき)に流されずに本心からわたしのことを好きでいてくれて嬉しい」


     *


「わたしって嫌いなものないじゃない」

 僕君は考え込んでしまった。沈黙が怖くなって頭の中がまとまらないままにわたしは話しを続けた。

「谷があるから山があるんだよ。心も同じ。嫌いがあるから好きもあるの。だから、わたしは本当に僕君のことが好きなのかわからないでいた。僕君が告白されたとうわさで聞けば心がざわついたし、僕君がお断りしたと聞けばほっとした。けど、それって本物なのかな? 僕君に反応してるだけなんじゃないかな? 好き嫌いがないって『嫌い』だけじゃない。『好き』だってないの。だから……そんなわたしが本物の『好き』を見つけられるのかな。わたしは『好き』がわからない。だから、わたしは好き嫌いのないわたしが嫌い」

 僕君はわたしの話を(だま)って聞いてくれた。


「子供の頃、彼女ちゃんはよく泣かされてたよね」

 僕君が話題を変えた。

「うん……」

「そう、よく泣く子だった……僕はそんな君が美しいと思っていた」

「覚えてないよ。そんな昔のこと」

「僕はよく覚えているよ。君は悲しかったんだ。自分の『好き』を否定されて悲しくなれるなんて素敵(すてき)なことだよ。僕だったらお前なんかに言われたくないとか、僕のほうが好きなんだとかプライドや意地みたいな邪念(じゃねん)が混ざって悲しめなかったと思う。たぶん僕なら怒る。純粋に『好き』でなければ、悲しくなんてならない。だから僕はこう思うんだ。君は本物を知っているんだ。だから、今の『好き』が違うと感じている。でも、僕はそんな君だからこそいつか本物の『好き』を手にすることができると思う」

 何でこの人はわたしのことをそんなに美化(びか)するんだろう。わたしはそんなんじゃないのに。

 目の奥が熱くなる。

「それって今のわたしの僕君への気持ちは偽物(にせもの)ってことじゃない!」

「偽物じゃないよ。本物じゃないだけ。今の僕たちは子供の頃のように純粋ではいられなかったから。でも、宝石だって(みが)かなければただの石だよ。僕たちはお互いを意識しすぎて中学の3年間はすれ違い続けた。『好き』を磨かなかったんだ。それでも恋人になれたんだ。これからはもっと一緒にいよう。たくさん話をしよう。喜びを分かち合おう。悲しみを分け合おう。そうして自分の『好き』を磨いていったら、いつか本物になると思わない?」

「うん……でも、椎茸はどうするの?」

「……」



 僕君は椎茸が食べられない。

 わたしは好き嫌いのないわたしが嫌い。

 でも、いつか本物の『好き』を知りたい。

 第17話はいつも僕君を助けてくれる彼女ちゃん悩みのお話でした。やっと恋人になれたのに考え込んでしまっています。それでもやっぱり僕君を助けてくれる彼女ちゃんです。


 本作は毎週水曜日に投稿する予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。感想・レビューなど頂けたらうれしいです。

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