16.さよなら初恋
僕は椎茸が食べられない。
好き嫌いの問題ではなく、食べられないのだ。あのぐにゃとした歯ごたえでぐにゅっとした食感でぐじゅっとした後味のあの食材を。思い出しただけで吐き気がする。実際吐いてしまう。だから、僕は椎茸が食べられないのだ。
このお話は、椎茸が食べられない僕君と何が何でも食べさせようとするお母さんの戦いの物語です。僕君を助けてくれる彼女ちゃん。なついてくる妹ちゃん。温かく見守ってくれる友人たち。そんな仲間とともに成長していく僕君。はたして僕君は椎茸を食べられるようになるのでしょうか。
お兄ちゃんとお姉ちゃんがつきあうことになった。
まったく世話の焼ける……
赤ん坊のころから一緒にいたのだ。全部知っててそれでも惹かれ合っていた。これ以上の相手はいないだろう。
なのに中学に入ってからは意識しちゃってぎこちなかった。
いいんだよ。別に……
サッカー部で活躍してモテるようになって勘違いしちゃっても。妹から見てもちょーしに乗ってんなと思ったけど何も言わなかった。
だってお兄ちゃんがかっこいいのは私が一番知っている。
*
お兄ちゃんのいない小学校に通っていた2年間は空虚だった。毎日ぼーっと過ごして家に帰ってお兄ちゃんの帰りをひたすら待っていた。
そんな地獄のような2年間が終わり、私も中学生になった。これからはお兄ちゃんと一緒に通える。それだけが楽しみだった。だのにお兄ちゃんは腐っていた。お姉ちゃんに世話を焼いてもらっておきながら3年生になった今でも告白もせず、うじうじとあいまいな関係を続けていた。
私の後押しもあってお姉ちゃんはお兄ちゃんへの好意を隠さなくなった。夕飯に呼んだり、差し入れを持っていったり(お姉ちゃんママをだしに使っていたけど)お兄ちゃんに手料理をふるまっていた。お姉ちゃんはちゃくちゃくと『胃袋をつかめ作戦』を遂行している。
かわいくて気配りができて料理上手な女子なんてそうそう見つかるものじゃない。なのにお兄ちゃんは相変わらず煮え切らない。お姉ちゃんのことを嫌っているわけじゃないと思う。むしろ好きなんじゃないかな。でもそれを態度で示せない。
まったくもう!
お兄ちゃんはいざというとき以外はヘタレなんだから。
私だってお兄ちゃんとは12年のつきあいだ。お兄ちゃんがいつでもカッコいいわけじゃないことを理解している。むしろ普段はカッコ悪いとさえ思う。いつも落ち着いていて優しくて、でもそれは自分から動かないことの裏返しだ。
女子の言う優しいはほめ言葉じゃないからね!
そんなお兄ちゃんにいつもイライラさせられている私の心の中は真っ黒だ。
(自分からは動けないんだったら動かしてみようホトトギス)
例えばお姉ちゃんがガラの悪い連中に絡まれていたら、お兄ちゃんは助けに行くだろう。たぶんボコボコにされるけど迷いはしないはずだ。それくらいの信頼はある。
……さすがにそれはやりすぎだ。そんな少女漫画みたいな展開ありえない。ベタ過ぎて疑われる。それにそんな伝手あるわけがない。
……あった。
帰ろうとして校門に向かっていた私が裏庭で見つけたのは怖そうなお兄さんお姉さんたちだった。
ヤンキーではない。制服も崩さずちゃんと着ていて模範的ですらある。ただ、大きかった。真ん中の一番大きなお兄さんは身長170cmの私が見上げるほど背が高い。詰襟が内からあふれ出す力でぱつんぱつんになっている。太っているわけじゃない。贅肉皆無な筋肉の塊。一言でいうならザ・パワーって感じ。他の二人のお兄さんも似たような体格だ。
それに比べるとお姉さんは一見普通だ。背はお兄さんたちのように大きくはない。私より少し低いくらい。セーラー服を押し上げる胸のふくらみも私より控えめだ。だが……
ジロ……
見比べていたのに気づいたのか睨まれてしまった。
はっきり言って怖い。見た目普通のお姉さんは目力がハンパない。背は私よりちっちゃいのに並んでいる巨人族のお兄さんたちよりずっと怖かった。こう見えても私はビビリなのだ。
「おい、あんた……なにさっきからジロジロ見やがって……て、おいっ。おまえ妹子じゃねえか? わかんねえか? 小学校のとき試合で当たったことあっただろ」
なんと……同級生だった。
お姉さんじゃなかった。巨人先輩に対してタメ口をきいていたので同級生だとは思わなかったのだ。
そういえば小学校の頃、サッカーの試合でトイメンがあまりにもしつこく絡んでくるので逃げ回ったことがあった。逃げ回るついでにゴールを決めたりして。そんなことが何回かあった。
どうやらその相手だったらしい。私はよく覚えてないけど。
「あんた、サッカー部には入らないのか?」
同級生さん(この呼び方からして私がビビっている証拠だ。)が言った。
「は、はいっ、入りませんっ」
「どうしてだ? あんたはブラコンで兄の後ばっか追いかけているって聞いたんだがな」
お兄ちゃんの話をされて少し落ち着いた。お兄ちゃんの存在は私を落ち着かせてくれる。お兄ちゃんがいるなら私は怖くなんかない。
「うちには女子サッカー部ありませんし、たとえサッカー部に入っても3年生の兄はすぐ引退ですから」
中学の部活は初夏の中総体で引退だ。全国大会まで勝ち進めばもう少し延びるが、お兄ちゃんのいるサッカー部はよわよわでその可能性はない。地区リーグ止まりだろう。
「そうだよね。俺ら3年は夏までだから」
見かけとは違い優しそうな声で巨人先輩がうなずいてくれる。
「なら丁度いい。あんた、空手部に入れよ」
*
「うりゃーっ!」
「とりゃーっ!」
「せりゃーっ!」
……
いつの間にか私は街中の空手道場に連れてこられていた。部活じゃなかったの!?
道場で稽古しているお兄さんたちは……ヤンキーっていうの? ごつくってガラ悪くってイメージ通り。さっきから「うりゃー」とか「おりゃー」とかしか言ってない。話通じなそうで理想的だ。いつの間にか着替えた巨人先輩も混ざってしまえば違和感がない。これは期待できそう。
同級生さんの勧誘に対して私は条件を付けた。私の計画に協力してもらうことが条件だ。同級生さんと巨人先輩たちは怪訝そうな顔をしていたけど了解してくれた。
そして私はここ(道場)にいる。
「こっち(道場)のほうが気分出るだろ」
まあ、それはそうかもしれないけど。
「あたしたち空手部は学校じゃ人数足りなくって正式な部じゃないから。体育館の片隅で練習させてもらってるだけなんだ。あんたが入ってくれれば正式な部活に昇格できる」
なるほど。この取引はギブアンドテイクらしい。なら私も遠慮することはない。頑張ってお姉ちゃんを襲ってもらおう。
同級生さんに貸してもらった稽古着に着替え、私は道場に立った。といってもやらせてもらえたのは柔軟だ。準備運動が大切なのはわかってる。でも正直つまらない。これでもサッカーを4年間やってきたのだ。
「結構柔らかいじゃん」
180度開脚でぺたんと前屈して見せた私を同級生さんがほめてくれた。
「せっかく体験に来てくれたんだから型でもやってみようか」
道場で一番体の大きい人が声をかけてくれた。
「師範、甘やかさないでください」
「まあまあ、楽しんでもらえたら続けてくれるかもしれないだろ?」
師範の先生だったらしい。
「少し打ってみるかい?」
一通り型を習ったところでミットを手にした師範が声をかけてくれた。
「押忍!」
見よう見まねで返事をして師範に向かう。
渾身の右正拳突き!
ぺしっ
ミットがかわいい音を立てた。
「うまいうまい。それもういっちょ!」
「押忍!」
ぺしっ
「その調子!」
ぺしっ
どう見てもへろへろパンチなのだが師範におだてられ私は突きを繰り返す。
「そこからとどめのハイキック!」
かわいらしい中1少女を気分良くさせたいのだろう。師範が初めて蹴りを要求した。乗せられた私は勢いのままにミットに向かって右上段蹴りを見舞う。
ずばーーーーんっ!!!
思っていた以上にいい音がした。ちょっと気持ちよかった。
あれっ……あれだけうりゃおりゃうるさかった道場が静まり返っている。同級生さんがドヤ顔をしている。
「妹子ちゃん、もういっちょいってみようか」
ミットを放り投げた師範がぺしぺしとお腹をたたく。そこを蹴れっていうの? 冗談かと思ったけど師範の目は笑っていなかった。
「押忍!」
どうにでもなれって感じで私は渾身の蹴りを師範のお腹にぶち込んだ。
*
「おーおー、ねえちゃんかわいいなあ。ちょっと付き合ってくれよ。」
「いや、やめて。放して。誰かタスケテー。」
巨人先輩たちがお姉ちゃんを襲っている。お姉ちゃんは助けを求めている。ここで密かに呼び寄せたお兄ちゃんがかっこよく登場……
「やめろ、彼女ちゃんをハナセー。」
「なんだ。お前は。」
「正義の味方だー。」
「何を猪口才な。ウワー。」
台本通りなんだけどなんか違う。みんなセリフ棒読みだし。演技下手すぎ。途中でお姉ちゃん隠れているはずの私と目が合ったよね……
*
釈然としないまま家に帰るとなぜかお姉ちゃんがいた。
「妹子ちゃん、話があるの」
ヤバ……
「お……お兄ちゃんは?」
「部活(サッカー部)……とりあえずお部屋に行こうか」
にっこり微笑むお姉ちゃんに私は自分の部屋に連行された。
制服から着替える間も与えられず私は部屋の床に正座していた。
「……」
「……」
「……何か申し開きは?」
「ありません」
お姉ちゃんは大きくため息をついた。
「……なんでバレたの?」
「当たり前でしょ! クラスメイトだよ」
そういえば巨人先輩もうち(中学校)の3年生だった……あれ!? ということは先輩はお兄ちゃんたちの同級生? 見かけは親子くらい違うから気が付かなかった。
「まじめな巨人君にあんなことさせて……先生にばれて内申点下がったりしたらどうするつもりだったの!?」
巨人先輩は見かけと違って優等生なのだそうだ。学区一番の進学校に合格間違いなしと言われているのだとか。
「ごめんなさい!」
素直に私は土下座した。そんな私の頭を押さえつけ、お姉ちゃんが右手を振り上げた。
ぱしっ!!
「痛ーっ! ごめんなさいごめんなさい。痛い痛い! もうしませんから……痛ーっ!」
「本当に反省してるの!?」
「反省してますーっ!」
はあはあはあはあ……
怒ったお姉ちゃんは本当に容赦ない。中学生になってお尻ぺんぺんはマジ勘弁してほしい。パンツまで下しての生尻ぺんぺんはきつい。大事な何かを失った気分だ。変な性癖に目覚めたらどうしてくれるのか……
「妹子ちゃん、心配させたみたいだけど大丈夫だから……」
半べその私を抱きしめてお姉ちゃんが言った。
「巨人君に相談されてしょうがなくだったけど僕君と話せてよかった。演技だけど僕君に助けてもらえてうれしかった」
「うん」
「僕君、やっぱりかっこいいね」
「うん」
「わたし、やっぱり僕君が好きなんだと思う」
「……うん」
そうして私たちは抱き合って泣いた。
でもね、お姉ちゃん。そろそろパンツ上げさせてくれないかな
*
それからもうじうじしていたお兄ちゃんだったけど中3の終わりにようやっとお姉ちゃんに告白した。そうして付き合うことになったのだけれど、そのころには私も空手部に加えて道場にも通うようになり忙しくなっていて詳しいことはよく知らない。どうせこれからもいろいろあるんだろうけど
こうして私の初恋は終わった。
世の中、下手な小細工は通用しません。
お兄ちゃんの椎茸食べたふりも
第16話はお兄ちゃん大すきっ娘の妹ちゃんが僕君と彼女ちゃんの関係を後押しするために企むお話でした。どうやら妹ちゃんも自分の世界を見つけたようです。
第16話では椎茸君は僕君が吐くところだけの登場でした。
本作は毎週水曜日に投稿する予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。感想・レビューなど頂けたらうれしいです。




