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僕は椎茸が食べられない  作者: 灰色シオ
第2章 僕と彼女の成長
16/43

15.彼女ちゃん

 僕は椎茸が食べられない。

 好き嫌いの問題ではなく、食べられないのだ。あのぐにゃとした歯ごたえでぐにゅっとした食感でぐじゅっとした後味のあの食材を。思い出しただけで吐き気がする。実際吐いてしまう。だから、僕は椎茸が食べられないのだ。


 このお話は、椎茸が食べられない僕君と何が何でも食べさせようとするお母さんの戦いの物語です。僕君を助けてくれる彼女ちゃん。なついてくる妹ちゃん。温かく見守ってくれる友人たち。そんな仲間とともに成長していく僕君。はたして僕君は椎茸を食べられるようになるのでしょうか。

 僕には彼女がいる。恋人になったのは高校生のときからだけど、付き合いはもっと前から、生まれたときからといっていい。僕と彼女ちゃんはお隣同士だ。父親たちが同級生で親友だったため、家族ぐるみで付き合いがある。そしてひと月違いで生まれた僕たちは一緒に育った。幼稚園から小中高と同じ学校に通った。大学は別のところに進んだけど、僕たちの関係は変わらなかった。今も毎朝一緒に出勤して、時々ご飯をご馳走になる。誰よりも僕のことを理解してくれる彼女は大切な人であると同時に僕の一部みたいなものだ。


 彼女ちゃんはとてもやさしくて気が利くけれどその分繊細(せんさい)で少し人見知りだ。小学生の頃、同級生の男子に『おたふく』とからかわれたときは一晩中泣き明かした。からかいの言葉にも怒るのではなく、悲しくてただ涙を流すのだ。

 僕は泣いている彼女ちゃんと一緒にいた。普通なら(なぐさ)めなければいけないところなのだろうけど、そのときの僕は一緒にいることしかできなかった。ただ彼女ちゃんの泣き顔を(なが)めていた。彼女の涙には悲しいという気持ちしかなかった。彼女ちゃんは怒ったり(うら)んだりしない。純粋な涙を流す彼女を僕は美しいと思いながら見つめていた。

 気が付くと朝になっていた。いつの間にか眠っていたようだ。彼女のベッドに横たわる僕の腕の中には柔らかくて暖かい存在があった。僕はそれがたまらなくいとおしいと思った。


「僕君、ありがとう。昨日は一緒にいてくれて」

 一夜明け、元気を取り戻した彼女ちゃんはお礼を言った。

 結局、僕は何もしていない。ただ一緒にいただけだ。でも、余計なことを言わなくてよかったのかもしれない。上辺の言葉では純粋な彼女を汚してしまうように思えた。

 このときからだろう。彼女ちゃんを異性として意識し始めたのは。幼馴染とはいえ小5にもなって女の子を抱きしめて眠るというのは普通ではないだろう。当時の僕にだってわかっていた。でも、それは僕にとって大事なことだった。


「ほら、ちゃんと謝りなよ」

 翌朝、教室に入り、席に着いたところにクラス委員長のA子ちゃんが彼女ちゃんを泣かせた一平君を連れてきた。正義感の強いA子ちゃんはだいぶ一平君をやり込めたらしい。

「きのうはひどいことを言ってごめんなさい」

「…うん」

 頭を下げる一平君に彼女ちゃんは(うなず)いただけだった。

 一平君を許したくないわけじゃない。怒っているわけでもない。彼女ちゃんは傷つくのが怖いのだ。何を言ったらもう傷つかなくて済むのかわからないのだろう。だから、(おび)えている。代わりに僕が言った。僕の大事なものを守るためには必要なことだと思った。

「もういいよ。許してくれるって……でも、今度彼女ちゃんを泣かせたら僕が許さない」

「わかった」

 一平君は約束してくれた。

 バシッ

 A子ちゃんが僕の背中を強くたたいた。手を振ってそのまま席に戻っていった。

 何だったのだろう。痛いって


 それから、彼女ちゃんは伸ばしていた髪を切った。前髪を整えてかわいらしいピンクのヘアピンをつけるようになった。去年のお誕生日に僕がプレゼントしてあげたやつだ。これまでは恥ずかしがって学校には付けてこなかったけど、気持ちが変わったらしい。

 ショートボブにしてヘアピンを付けた彼女ちゃんはふわふわと柔らかそうでよく似合っていた。もう『おたふく』には見えなかった。


     *


 僕たちは中学生になった。小5だったあのとき以来、彼女と一緒に寝ることはなくなった。お互い意識して教室ではほとんど話すことはない。班登校ではなくなったけど、朝は一緒に登校するし、話くらいはする。それでもあの頃みたいにべったりではないし、それぞれ部活に入って帰りは別々になった。彼女の考えていることがわからないことも多くなった。


 僕は二郎に(さそ)われてサッカー部に入った。小学校の頃からサッカークラブに入っていたので自然に選んだ。うちの中学のサッカー部は僕ら1年生を入れても20人しかおらず厳しくないので体力のない僕でもついていけた。小柄で力のない僕に接触プレーの多いDFディフェンダーは務まらない。小っちゃくてちょこまか動き回るので僕はFWフォワードの控えになった。

 ある日の練習試合の後半に足を痛めた先輩の代わりに僕が試合に出ることになった。交代早々、キーパーが弾いたボールが僕の前に転がって来た。シュートを()とうとする僕に相手チームのDFが体を寄せてきた。身長180cmはありそうな大きな相手だった。(かわ)そうとしたところで身体がぶつかった。140cmの僕は吹っ飛ばされた。

 ピピーッ

 試合は1対0で勝った。僕が()ったPKを先輩が決めた。それが決勝点だった。それ以来、僕がペナルティを誘うのがうちの戦略となった。


「僕君、試合を見て好きになりました。付き合ってください」

 1年生ながら試合に出て(交代要員だけど)点を取る(決めるのは先輩だ。僕は吹っ飛ばされるだけだ。)僕は女子からモテるようになった。けど、活躍しているわけではないのであまりうれしくはない。僕が何と言われているのかは知っている。カワイイだ。ごめんなさいした。

「ぜいたくな悩みだな。俺にも分けてくれよ」

 カワイイと言われて喜ぶ男子はいないと思う。それでも二郎はうらやましがった。


 それからしばらく彼女は口をきいてくれなかった。完全に機嫌(きげん)を損ねていた。そのときの僕には断ったのになんで彼女ちゃんが怒っているのかわからなかった。


     *


 中学生になって部活をはじめてから彼女ちゃんと話す機会はめっきり減ってしまった。最近は秋の大会に向けて練習がきつくなっていた。僕は家に帰ってからも宿題をするのがやっとでテレビを見る余裕もなく寝てしまう。(ゆる)いといっても中学の部活は小学校時代とは違う。体力のない僕はついて行くのがやっとだった。


 その日もふらふらになって帰ってきた僕を彼女ちゃんが門の前で待っていた。

「どうしたの?」

「うちに来て……ママが僕君に夕飯食べに来なさいって」

 そのときの僕は面倒だとしか思わなかった。うちのお母さんの作った椎茸入りの夕食を食べてさっさと()いてすぐにでも眠りたかった。

「疲れているんだ。また今度、お邪魔するよ……」

 そのときの彼女ちゃんは(かたく)なだった。

「おばさん(お母さん)には話してある。いいから来て」

 彼女ちゃんに腕を引かれ僕はお隣に連れていかれた。


「僕君、いらっしゃい。久しぶりね」

「よく来た、僕君。うちでは椎茸は出ないからいっぱい食べていきなさい」

 おばさんが迎えてくれた。おじさんも歓迎してくれた。

 その日の夕飯はハンバーグだった。疲れ切っていて食欲がないと思っていたけど、目の前のハンバーグの臭いをかぐとお腹がぐーっと鳴いた。

「いただきますっ」

 いうが早いか僕はがつがつ食べた。お行儀(ぎょうぎ)悪かったと思う。でもそんな余裕はなかった。ご飯をお代わりもした。それでもおじさんもおばさんも喜んでくれた。

「またいつでも食べに来てね。娘ちゃんも喜ぶから……」

「ママっ!!」

「あらあら、はいはい」


 翌日の練習では全然疲れなかった。

「どうした僕。今日は調子いいじゃないか」

 二郎が驚いていた。

「この調子なら大会でもやれそうだな」

キャプテンの先輩にも()められた。

僕に足りなかったのは体力じゃなかった。カロリーだった。


 それから彼女ちゃんはときどき僕を夕飯に誘うようになった。「ママから」と言って差し入れもくれるようになった。


 わかっている。あの日、本当に僕を呼んだのはおばさんじゃないってことを。ハンバーグだって作ったのは彼女ちゃんだってことも。差し入れだって彼女ちゃんが作ったものだ。

 僕は彼女ちゃんに助けてもらってばかりだ。


     *


 僕たちは進級した。中3になり、受験も終わり、卒業式を残すのみとなった。その日は卒業式の練習のための登校日だった。教室の隅で三太が彼女ちゃんを呼び止めていた。

「話があるんだ。放課後、校舎裏まで来てくれないか」

 卒業を前にした駆け込み告白だ。うちのクラスでもそうして何組も即席カップルができていた。三太は彼女ちゃんと同じ高校に進学が決まっている。もちろん僕も同じ高校だ。特別ではない。最寄りの高校はうちの中学からは学年のおよそ1/3が進学する。

 彼女が僕をちらっと見た。僕は何も言わない。中学に入ってから僕と彼女は一緒に行動しなくなった。家族ぐるみでの付き合いはするけど、二人きりで会うことはなくなった。彼女の部屋にも行っていない。

 彼女は承諾したようだ。


「邪魔するなよ」

 通りすがりに三太が声をかけてきた。

「彼女を泣かせたりしなければ僕は何も言わないよ」

 僕の答えに満足したのか三太は何も言わずに行ってしまった。


 なぜか僕はA子からガン飛ばされている。

「いいのかなぁ、そんな余裕見せてて」

 B子が何か言ってきた。A子もB子も同じ高校に行くことになっている。

「何が?」

「彼女ちゃん、結構モテるんだよ。三太で3人目」

「だから何?」

「彼女ちゃんを泣かせてるのは誰かってこと。自分の胸の手を当ててよーく考えなよ」

 彼女ちゃんにはいい友達がいる。B子が正しい。今の僕ならわかる。うそつきは僕だ。


 翌日の卒業式の後、教室の外で僕は彼女ちゃんに声をかけた。

「一緒に帰らない?」

 彼女ちゃんは一瞬驚いた表情を見せた後、隣にいたABを見た。二人が頷くのを見てから僕を見た。

「うん」

 それはうれしそうに見えたのは気のせいだろうか

 バシッ

「遅ぇんだよ」

 だからA子、痛いって

「打ち上げは5時からよ。遅れないで」

 駅前のカラオケボックスでやるクラスの打ち上げをアピールしながらB子が手を振った。


 並んで歩く彼女ちゃんはやっぱり(うれ)しそうに見えた。久しぶりに見る横顔は変わらず柔らかそうで触ってみたくなる。

「触ってもいいよ」

 見透(みす)かされていたのだろうか。突然、彼女ちゃんが言った。

 プニプニッ

 遠慮なく触らせてもらう。その柔らかさと温かさを懐かしく感じて僕は安心した。やっぱり手放したくない。

「昨日、三太が彼女ちゃんに告白するって聞いて平気ではいられなかった……」

 彼女ちゃんは黙って僕の話を聞いてくれた。

「僕が告白されたとき、彼女ちゃんはこんな気持ちでいたのかなって思った」

「うん……」

「だから、ごめん……あのとき、ちゃんと君にも話せばよかった。ちゃんと断るべきだった」

「でも、断ったんでしょ?」

 彼女ちゃんは小首を傾げた。

「うん……でも、ちゃんと断ればよかったんだ。『僕は彼女ちゃんが好きだから付き合えない』って」

 彼女ちゃんは驚いたように目を見開いて僕を見ていた。僕も立ち止まって彼女ちゃんと向き合った。

「ずっと、好きだった。だから、僕と付き合ってください」

 彼女ちゃんの三太への返事は聞いていない。三太も何も言わなかった。だから、正直怖い。もし返事がOKで、彼女ちゃんが他の男子の恋人になっていたりしたら……

「三太君にはお断りしたよ」

 彼女ちゃんが言った。

 僕は情けない顔をしていたのだろう。そんな僕に彼女ちゃんは優しく微笑んでくれた。

「だから、よろしくお願いします。とっても嬉しい」

 彼女ちゃんは変わらず純粋で他人を羨んだりしない。気持ちを押し付けたりしない。自分の気持ちにだけ素直なのだ。



 僕はそんな彼女ちゃんが大好きだ。

 第15話は彼女ちゃんに助けてばかりいた僕君が彼女ちゃんとの関係を一歩進める覚悟を決めたお話でした。やっぱり胃袋をつかむのは効果的なようです。


 第15話でも椎茸君はお休みです。別に出てこなくてもいいのですが。


 本作は毎週水曜日に投稿する予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。感想・レビューなど頂けたらうれしいです。

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