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002刃蜥蜴と白狼

 全身を強い倦怠感が包む。

 体表に張り付くぬるぬるとした感触が不快感を煽る。

 朦朧だった意識がだんだんと覚醒する。

 引っ付いている瞼と瞼を引き剥がすように目を開いた。


「……ここは?」


ぼやけていた視界が徐々に鮮明になっていく。

 役割を思い出した網膜が光を脳に届けた時、タクミは息を飲んだ。


そこに広がるのは仄暗い森林。


 映像でしか見たことの無い……否、映像ですら見た事のない奇妙な造形の植物たちが無数に絡まり合い森林を構築している。

 鼓膜を震わす様々な音色。美しい虫の音、木々が風にざわめく音、川のせせらぎ、遠くから響くなにかの遠吠え。


 この森林が地球のものなら一帯は暗闇に覆われ何も見ることは出来なかっただろう。

 だがここは違う、数多にも散りばめられた光源が森林を包んでいる。

 その光源は色も形も様々だ。

 幹に張り付いたキノコの青白い光。飛び回る無数の小さな虫たちの黄色い輝き。どこからともなく流れてくるせせらぎが淡い光を灯している。


 それは地球の誰もが見てもが息を飲む景色。

 だが、タクミが受けた衝撃はそれ以上だ。

 なにしろタクミは病院の外に一度も出たことがないのだ。

 暫くの間、自然の織り成す芸術に呆然と見入っていた。



――ふと風が吹く。


「寒い……」


 視界を下に落とすと自分が全裸であることに気づく。

 果実の果肉の様な半透明の黄色い物が自分の体表や周りに散乱している。

 ……まるで童話の主人公の様に果実から生まれたような状況。


「生まれ変わった……? 死後の世界……?どうなっt「グギャアアアアアアアアアアアァァ……


 突如轟いた耳障りな叫びに咄嗟に耳を塞ぐ。

 叫びの発せられた方向から逃げるように森中の生き物たちが一斉に動き出す。

 色とりどりの生き物たちが一斉に飛び立つ様は幻想的だがタクミはそれどころではない。


 タクミは叫びの発生地に目を向ける。


「なんだアレは」


 そこに居るのは二体の姿形の異なる異形。

 片方は体長3m。全身が錆銅色の細長い刃の鱗に覆われた四速歩行の蜥蜴に似た爬虫類。

 もう片方は全長4m。大量の白毛に覆われ淡く発光している狼に酷似した肉食獣。

 その両者による凄惨な殺し合いの光景だった。







 刃蜥蜴が身をひねり鞭の要領で放たれた尾が白狼を狙う。

 両者の間には尾の長さ以上の距離があり着弾することがないのは自明。

 だが、白狼は横に跳ぶ。

 尋常ではない風切り音と共に一瞬前、白狼がいた地点に無数の鱗が突き刺さった。


 刃蜥蜴は鋼の様な鱗による防御とそれを投擲する事による中距離での戦闘に長けている。

 しかし白狼はそれを熟知していた。

 白狼にとって刃蜥蜴種との戦闘は一度や二度ではない。それ故に刃蜥蜴の明確な弱点も理解している。


 刃蜥蜴の乱舞による無数の投擲を俊敏な動きで木々を縫い、躱しながら刃蜥蜴に肉薄する。

 至近距離で刃蜥蜴が鱗を投擲した直後。

 刃蜥蜴の体が伸びきった状態を見切り、右前脚を軸に左前脚を下段からすくい上げるように打ち込み刃蜥蜴は仰向けに転倒させる。

 そのまま'鱗の無い'刃蜥蜴の腹に歯を立てようとした時、白狼の前足と胸部に激痛がはしり地面が赤黒く染まった。


 白狼が知っているように、刃蜥蜴も己の弱点と白狼の肉薄を読んでいた。

 刃蜥蜴は作為的に植物の背が高い場所に陣取る。

 そして白狼に鱗を投擲している最中に自身の足元の植物に紛れさせる様に鱗を突き刺しトラップを作っていたのだ。


 白狼はこれ以上上体を下げれば鱗が貫通してしまう。

 故に鱗を引き抜きながら退こうとするがその隙を刃蜥蜴は逃さない。

 地を削り身を捻りながら鋭利な鋼の尾が白狼の頭部を狙う。

 間に合わないと判断した白狼は左前足を鱗に引き裂かれながら刃蜥蜴の腹に叩き込んだ。


「グギュルルルルルルルルルルルルル」


 断末魔と共に刃蜥蜴が臓器を撒き散らしながら宙を舞う。

 だが、刃蜥蜴の尾は空中でも正確に振るわれた。

 投擲された鱗が体勢を崩した白狼の眼球を貫通する…………







 タクミは異形の殺し合いに見入っていた。

 人生で実感の薄かった'生'という概念を垣間見たような感覚に心が震えていた。

 命のやり取りが血飛沫でさえタクミの眼には美しく映ったのだ。


 決着の時。

 刃蜥蜴が宙を舞い、タクミのすぐ側に落下する。

 鱗と鱗が干渉しギャリギャリという音が響き渡る。

 腹から黒い液体を垂れ流し呼吸も定まらず今にも息絶えそうだ。


 突如、刃蜥蜴の頭部が蠢き出す。

 もりもりと膨れ上がる。

 眼球から黒い血液が溢れ出しそれと共に黒い泥の様なモノが這い出した。


「……え?」


 刃蜥蜴の最も至近にいたタクミ。

 目が無いはずのソレと'目が合う'。


 瞬間、衝撃と共に視界が黒に染まり意識が暗転する。

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