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012中毒少女

 少女を包むのは毛布の様なふわふわとした感触。

 その温もりはまるで自室のベッドのよう。

 もし本当に全て夢でここが自室のベッドならどれ程幸せなことだろうと少女は思う。

 だが鼻孔を刺激する”匂い”が鼓膜を震わせる”音”が無感情に突きつける。

 紛れもなく此処が日常では無いと。

 少女は今日も瞼を開く。


 少女は辺りを見る。

 辺りは気を失う前と何も変わらない。

 曲がりくねった歪な造形の木々が無秩序に聳え立ち一つの森を形成する。

 そして鳴り響く無数の音色。

 蛙や鈴虫、他に聞いたことも無い音による不統一のオーケストラが奏でられる。

 だが、少女は知っている。

 その虫達こそがこの場所を地獄へと塗り替える元凶なのだと。


 だが、そこにイレギュラーな存在が居る。

 それは男の子だった。

 つんつん跳ねた漆黒の髪に血色の良い肌。

 革のズボンを履いているが上半身には何も着ていない。

 手元では裁縫の様なことをしている。


 その男の子は目覚めた少女に気が付いたのか顔を近づけ少女の顔を覗き込む。

 少女は深い紺色の双眼に眼が離せない。






 ――数時間前


 少女が目を開いた途端気を失った。

 タクミはそれに驚き、唇を放す。

 少女の顔がとても赤くなっている。


『この子顔がとても赤くなってるよ!』

『あー、そりゃ正常な反応ダ。問題ねぇ』


 タクミは少女を担ぎ安全そうな所まで運んで荷物を広げる。

 少女を寝袋に寝かせる。

 拾っていた植物の綿にサボテンの様な植物を切り裂き染み出した水分を含ませる。

 それを少女の額に貼り付ける。


 それからは周辺で採取し、少女の服が必要だと気づいた為裁縫をしていた。


 タクミは気配で少女が目覚めたことに気付く。

 そして少女の顔を覗き込んだ。


 少女の体の年齢はタクミと変わらなさそうだ。

 髪は焦げ茶色のショートカットで毛先が外に跳ねている。

 眼も焦げ茶色で若干の垂れ眼。

 容姿は愛らしくおとなしそうな印象を与える。


「痛いところはない?」


 タクミは少女に問いかける。

 しかし少女は固まったままタクミの瞳を見つめるばかりで微動だにしない。

 そんな少女の様子にタクミは疑問符を浮かべていると少女の表情がだんだんと崩れていく。

 終には嗚咽を漏らし少女は泣き出してしまった。


「どこか痛いの?」


 慌てて聞くタクミの問に少女は首を横に振る。

 少女の嗚咽は止まない。


 タクミはどうして良いのかわからなくなる。

 タクミは家族や病院内部の人としか関わって来なかった。

 故に今の状況はタクミの対人処理能力を超えている。


『クロガネ!?どうしよう!?』

『人外に聞くことじゃねぇだろ……。”逆の立場に立つ”ってやつをやればいいんじゃねぇのか?』


 タクミはハッとする。

 それはタクミの母親が人とのコミュニケーションが上手く取れなかったタクミへ送った言葉であった。

 タクミは考える。

 経験に乏しい記憶から導かれる最適解。


 タクミは頬を濡らす少女の背へと手をまわし、抱きしめる。

 都合で上半身裸になっていたタクミと全裸の少女の肌が触れ合う。

 お互いの体温や心音、呼吸の起伏が直に伝わり合う。


 タクミの突然の行動に少女は目を丸くする。

 だが、少女もタクミの背へと縋る様に手を回した。


 少女の精神は決壊寸前だった。

 少女は転生から数十時間一睡もしていない。

 目覚めたこの森には特に虫が多く生息している。

 見るに堪えない数々の光景。

 捕食者から追われ森を駆け回り続けた時間。

 そして何より孤独が少女の精神を削る。


 そして壊れかけの少女の精神はタクミによって修復された。

 それがどのような形であれ。


 少女の嗚咽はさらに大きくなる。

 少女は鼻をすすり空気を吸い込む。

 それは密着しているタクミの匂いを直に吸い込むことになった。

 吸い込んだ空気は生半可な香りではない。

 タクミは転生後から今までの数日間一度も水浴びをしていない。

 さらに食した果実の香りや浴びた血肉の香りがそのまま染みついている。


 少女の鼻孔はタクミの香りに蹂躙される。

 少女の脳は混乱していた。

 死の恐怖から孤独から救ってくれた対象、その人に抱きしめられているのである。

 脳は大量の脳内麻薬を放出し、少女の脳内は”幸せ”で溢れている。

 それ故に少女の脳は誤った判断をしてしまった。

 嗅覚を蹂躙するこの香りこそが幸せであると。



 タクミは少女の背と頭をさすり続けた。

 どれぐらいの時間が経ったのかタクミにはわからない。

 気づけば少女の呼吸音のみが残っている。


「大丈夫?」

「……うん」


 タクミは少女から手を放す。

 少女も名残惜しそうに手を放した。


 タクミは改めて少女を見て少女がまだ全裸であったことを思い出す。

 畳んでいた物を少女の頭に被せ袖に手を通させる。

 それはタクミがずっと着ていたワンピースだ。

 数々の出来事でボロボロになっていた為ある程度修復し少女の衣服にした。

 タクミが今着ているのは新しく作ったズボンだ。

 上半身は衣服を身に着ける必要性を感じられなかった為何も着ていない。


「ここは何処なの?」


 少女がタクミへ問いかける。


「あー、実は僕も何日か前に此処に来たんだ。たぶん同じような出来事があって……」


 タクミがそう言うと少女の顔が青くなる。

 少女も死をきっかけにこの世界へと現れたのだ。

 少女は自身の死の記憶を再起した。


 その様子を見たタクミは再び少女を抱きしめる。

 タクミはそれしか知らない。

 だが効果は覿面で少女は数秒で落ち着きを取り戻す。


「僕の名前はタクミ、君の名前は?」


 タクミは少女の耳元で囁くように問いかける。

 少女は突然囁かれてびくっとする。

 それから少女はタクミをマネして耳元で答える。


「ミハです」

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