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010全身全霊

 体に悪寒が走る。

 そこにいたのはタクミの知っているどの生物とも一切の特徴が一致しないモノだった。


 全長は四メートルほど、全身は錆色の獣毛に覆われている。

 その生物に胴体という概念はない。顔にあるはずの眼球もない。

 巨大な顔面から四本の太い腕を生やしそれが末端で三又に分かれる。その巨大三本の指で木々を掴み体を固定している。

 そして一際目を惹くのはその口。

 広げれば三メートルはあるだろう尋常ではないサイズだ。

 さらにその真っ赤な口内には数えきれない数の歯が並ぶ。


「バキッ、ベキベキ、ジュルル」


 その異形は巨大な口を開閉し頭部の無い灯熊の死骸を租借している。

 骨の砕ける音がタクミの頭に響く。


 タクミの体は恐怖に震えている。


『逃げよう……』

『そうしてぇが……鬼ごっこじゃタクミの体力が先に終わる……』


 その言葉にタクミの思考が極彩に染まる。

 逃げることはできない。


 骨の砕けるがタクミの頭に響く。

 その音が鳴りやんだ時。それがタイムリミット。


 またなのか、またなのか、


 世の理不尽に、お前はここまでだと突きつけられる。

 こうして前回みたいに……

 前回みたいに何もできず…………




 ……何も?




 タクミは自分を見る。

 灯熊との戦闘でかなり消耗している。


 だが、それだけだ。

 タクミの足は地を踏みしめ確かに立っている。

 タクミの手は血の滴る骨剣を確かに握りしめている。


 あの時に比べれば。

 ベッドに沈むだけで何もなかったあの時に比べれば。


〈天と地の差だろう?〉


 タクミは武器を構える。


『クロガネ、アイツを狩るよ』


 クロガネはそこに人の狂気を見た。

 この状況で生き残るのは不可能だ。まして戦いを挑むなど論外だ。

 だがクロガネは初めてタクミの記憶を覗いた時の興奮をもう一度思い出す。


『ギャハハハハハハハッ、いいゼ、タクミ!奴を食らう!!』


 タクミの意思とクロガネの意思がシンクロする。

 タクミは思い切り振りかぶって骨杭を投擲する。

 その動作を終えたと同時に木を伝い太い枝が幾重にも交差する上方へと駆け登る。


「GIZAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!」


 高速で投擲された骨杭は大口獣の歯の無い喉奥に突き刺さる。

 空気を振動される絶叫が響き渡る。

 大口獣は完全にタクミを敵と認識した。


 タクミは枝と枝を跳び伝いながら疾走する。

 握られた剣で切断できそうな枝を手当たり次第に切断する。


『奴は光が見えてねぇ。視てるのは振動ダ。手当たり次第音をたてろ』


 落下する枝たちが静かだった森を騒音で埋め尽くす。

 だが、大口獣は猿の様に木を伝いながら徐々に近づいている。

 タクミは三次元に動けるフィールドを生かしランダムに方向を変え逃げる。しかし追いつかれるのは時間の問題だ。


 大口獣の真上に来たタイミング、タクミは息を止め、空中へ身を投げる。

 眼下には木々を掴み上昇する大口獣の姿。

 大口獣の腕と腕の狭い隙間をタクミは通過する。骨剣を振り下ろしながら。


『GIZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZ!!!!』


 二度目の絶叫が森に響く。

 大口獣の腕の一本が完全に切断される。

 青い液体が飛び散る。

 大口獣は腕を一本切断されたことにより体勢を崩し木々に体を打ち付けながら落下する。


 大口獣は元々光の無い暗闇に包まれた場所に生息する生物だ。この個体は生息圏を離れこの森に迷い込んでいた。

 その生息環境故に視覚がない代わりに聴覚を異常発達させている。

 そしてその異常な聴覚で生物の心音、呼吸音を聞き取ることで対象を補足し、狩る。

 だがそれはこの世界に生息する大型の生物であればの話だ。

 この世界の生物に対し人間の体は一回り小さく、ましてタクミは子供の体である。

 よってタクミの心音は大口獣には聞き取れない。

 さらにタクミは呼吸を止め設置音が皆無な空中へ身を投げていた。

 幾つもの状況が重なり大口獣へ不可知の刃が襲ったのだ。


 タクミは大口獣へ一太刀浴びせた後、右手で木の枝を掴み鉄棒の要領で重力のベクトルを捻じ曲げる。

 大人の体ではできない、体重の軽い子供の体であるが故に可能な芸当だ。

 そしてまた枝の上を駆け出す。


 地面に落下した大口獣は少しの時間気を失っていたが、すぐに起き上がる。


 一度くらった攻撃がもう一度通用するほど大口獣は甘くない。

 タクミ達はそれを重々承知している。


 タクミの思考が加速する。

 何か、何か、何か、何でもいい、少しでも勝機になりえる何かを。


『クロガネ、アレ使えない?』

『いい案ダ!!』


 タクミはとある地点にある枝たちを片っ端から切りつけながら上へと登る。


 大口獣が地面を這い、上方にいるタクミ補足した。

 大口獣が木を伝いタクミの登る背中を追う。


 タクミは下から登りくる大口獣を視認すると一度大口獣が掴んだからであろう折れかかっている太い枝、その折れかかっている切り口へ上段から思い切り骨剣を振り下ろした。

 枝が完全に幹から離れる。

 そしてそれに乗っていたタクミも重力に従い落下を始める。


 大口獣は上方から響いた木が切断される音に”来る”と身構える。

 タクミを捉える為に大口獣はその三又に分かれる指を広げ手を翳す。

 しかし大口獣を襲ったのは人とは比べ物にならない質量と速度、丸太と称しても遜色ない太い枝だ。


 大口獣とタクミの最もたる差……それは知能だ。

 大口獣は予測できない。

 人間の機転をそこから生まれる異常な結果を。


 巨木の衝撃を受けた大口獣。

 木を掴んでいる二本の腕の内の片方を木から引き剥がされ、もう片方の木を掴んでいる腕を支点に振り子の要領で大口獣は木に叩き付けられた。

 それでも大口獣は手を放さず持ちこたえる。


「ざああっ!!」


 そこへ一瞬遅れて落下してきのは短剣の刃を幹に突き立て減速するタクミ。

 タクミは右手に握る骨剣を振り下ろし、枝を掴む大口獣の指を切断する。


『GIZAA!?』


 終に支えを無くした大口獣の体が宙に投げ出される。

 大口獣は落下する中で必死に枝を掴もうとする。

 だが、掴んだ枝の悉くが折れ、千切れる。

 それはタクミが予め刃を入れていたが故であった。


 大口獣が地面に打ち付けられる。

 高さ五メートルからの自由落下。

 だが、大口獣は息絶えない。

 大口獣は地に手を着き身を起こそうとする。


 瞬間、大量の杭が大口獣を貫いた。


『GI……ZI……?』


 大口獣を貫いたのはそこに群生していた槍竹だ。

 タクミ達はこの状況を作り上げる為に幾つもの布石を打ったのだ。


 青い液体が噴水の様に噴き出す。


 タクミは枝を伝い地面に降り立つ。

 タクミの体は満身創痍であった。

 限界を超え酷使し続けた手足が鈍痛を放っている。


 だが大口獣にまだ息はある。

 重い体を鞭打ち、止めを刺そうと近ずく。


 その一瞬。


『GIZZZAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』


 大口獣に動く力はないと思い油断していたタクミへ、大口獣の唯一竹槍に貫かれなかった腕が迫る。

 タクミは飛び退こうとする。

 だが間に合わない。

 大口獣の腕がタクミの左手首を掴む。

 ゴワゴワとした獣毛の感触が肌を伝う。


 思考が加速する。

 記憶の逆再生。

 二度目の走馬灯が駆け巡る。


『クロガネ、切って』


 瞬間、タクミの左肘が膨張し黒い泥が溢れ出す。

 タクミの左肘から先が完全に切断された。


 タクミは右手を振り上げる。

 持てる力の全身全霊を振り絞り、骨剣を振り下ろす。

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