悪魔は聖女に囁く。
よろしくお願いします
旅の途中でふらりと立ち寄った国で処刑される女性を見た。
女性と形容したが、まだ少女と言ってもいいかもしれない。
それこそちょうど今、処刑されるところのようだ。
罪状は「聖女を騙り、民衆を煽動した罪」だってさ。これが追放系ってやつか。
まぁ追放されるのはこの世からではあるが。
わしはこの国の細かい内情など知らないが、煽動しようとする者とそれに賛同する者がいる時点である程度この国にも問題があるのではないかとも思ったが、部外者であるわしが何を思おうともこの国には関係ないことなので口に出すことはしない。思うだけである。
全くやましくない国政なんて見たことがないし、出る杭が打たれる、というよくあることなのだろう。
なんかきらびやかな服を着たある程度の地位にいると思われる初老の男がひたすらに女性の罪を民衆に告げていく。
ひたすらに読み上げられていく罪状を背に民衆は少女を見上げているが、残酷なショーを前に加虐心をたぎらせる者、処刑される少女に思うところがあるのか、涙を滲ませ祈る者。
いずれにしろ、処刑場は異様な雰囲気に包まれていた。
主役である少女。今にもその命を散らされる少女は固く瞳を閉じて、なり行きのまま全てを受け入れているようだった。
処刑人に押さえつけられ、手錠、足枷。不自由の極みにあって少女は身じろぎひとつしない
なんか、内情を全く知らないわしの感想としては清廉潔白な聖女を国が管理出来なくなってしまい。適当な理由をつけて、処刑したがっている図のように感じた。
わしはそんな決して一枚岩ではない民衆模様を眺めている。
罪状の読み上げが終わったようで司祭らしき老人が一息ついた。
それを皮切りに始まる少女への罵倒やら投石やら、一部のものが声を荒げてそこから熱が辺り一面に飛び火していく。
誰かが処刑コールを始め、その流れがどんどんと大きくなっていく。
多数決が正誤を踏み倒し、安易な結末で事を納めようとする典型のようだった。
いくつも投石を食らい体の色々な箇所から出血していて、そうでない箇所も青アザが認められる。
声に武力が備わっていたとしたらもう少女は生きてはいまい。それほど民衆の怒号の波は凄まじい。
うわー、加熱された民衆こっわ。
「最後に言い残すことはあるか?」
司祭らしき老人が告げる最終通告。
当事者である少女はあくまでも無言を貫き天を仰いだ。
ーー神よ。私はあなたの声に導かれるまま生きてきました。
本来なにも為せないはずのこの手でたくさんの人が救えました。誠にありがとございました。
私はあなたの教えに殉じることが出来て本当に幸せでしたーー
ふと、無言を貫いているはずの少女の声が聞こえてきた。
言わば、これは少女の心の声である。なんでそんなものがわしには聞こえるのかと言えば、わしは耳がいいのだ。
読心術といっとも差し支えないくらいに。
まわりを見渡すと誰にもその声は届いていないようだ。わしだけに届く神への感謝の言葉。
いや、申し訳ないがそれわしじゃないし。神になんて届いてない。
神様とやらがいたとして、誰か一人に肩入れするとかしないし。
役者が予期せぬ動きをするから世界は面白いんだし。
少女は自分の心の中にいる自分の無意識を神様と崇めて行動を起こし。そしてその結果。幾人もの賛同者を得て、現状に至ったに過ぎない。
私には神様がついているから大丈夫。
私の行動は神の示す道の上にある。
まるで狂信者である。なにそれ怖い。
いよいよ少女の首に断罪の刃が降り下ろされる時がきた。
民衆のボルテージはもう最高潮で、まるで祭りの最中のようだ。
処刑。これがまるで興行のようにすらわしには映る。なんて歪んだ人間模様。思わずスタンディングオベーションしたくなる。
なんて人でなしのクソジジイだ。そんな自分が大好きです。
処刑人が巨大な刃を振り上げる。
あとはそれを降り下ろして、それで終わり。
歪んだ人間模様も堪能したしもういいか。ちょっと血が出るのは勘弁なので、もうこんな国から立ち去ろうときびすを返した。
ふと、怒号やら歓声がピタッと止まった。
何が起こったのかと振り返る。
「うそーん」
だいたい全てが止まっていた。
比喩ではなく、処刑を宣言した司祭も、刃を降り下ろしている処刑人とかも、色々な感情をあらわにした民衆も、ピタリと止まっていた。
例外は今にも処刑される少女と、いつの間にか少女の隣にいた誰かだけ。
その誰か、は明らかに人ではなかった。
格式高そうな黒を基調とした燕尾服に身を包んだ、ヤギ頭の悪魔だった。
悪魔は聖女と呼ばれた少女に囁く。
ーーー少女よ。貴女はこれでいいのか?
他人を信じた結果が裏切られた今だ。これでわかっただろう?
人は救うに値しない。どこまでも愚かで狡くてあざとい。もういいだろう?
今まであまたの民を救ってきた少女よ。救ってきた人々に貴女自身は入っていたのか?ーーー
いくつもいくつも少女の今までの善行?を拾い上げては、それが正しかったのかと問いかける。
それらの口上をひとしきり聞いた少女はようやく顔をあげて、目を見開いて悪魔を直視した。
そのヤギフェイスはビジュアル的にもきついというのに少女はまったく動じることもない。わしだったら目を開けてこんなヤギ顔がとなりにいたら叫ぶ自信がある。それくらいその悪魔はあらゆる場所、時をもってしても歪にしか映らない。
「あなたは神さまですか?」
少女はそんなことを聞いた。
見た目はどう見ても清らかなものに属しているはずもない醜いヤギにだ。ヒトを見た目で判断しないところも聖女と呼ばれる由縁なのだろう。
悪魔はそのつぶらな瞳を見開き、メェメェ鳴いた。どうやら笑っているようだ。そんな所作も清らかなものに属しているとは判断できないくらいおぞましい。
「神様ときたか。初めてだな、そう呼ばれたのは」
今まで、抑揚なく少女に語りかけるのみだった悪魔から初めて感情のようなものを感じることができた。
あくまで、仕事として人間を堕落させるのみだった悪魔もここで初めて少女に興味を持ったらしい。
「残念だが違うな、お前が求めているものではない」
先程まで虫けらでも見るように少女を見下す悪魔だったが、膝を折り、少女と同じ高さまで目線をおろし、しっかりと目を会わせている。
もう仕事の枠を越えて聖女と呼ばれている少女に興味ビンビンなのが見てとれた。
「では、あなたは神様の使いですか?」
まだ悪魔の正体に至らないズレた少女はそんな事を尋ねる。
本当に悪魔の正体に至っていないのか、この期に及んで神様とやらが自分をどうにかしてくれるとかそんな事を考えているのか真意はわからないが、ここまでくるとひたすらに察しが悪いとしか思えない。
そんな少女がさぞかし滑稽に映るのか悪魔は大笑いし始めた。
先程まではヤギのビジュアルに引っ張られてかメェメェ鳴いていたがもうそんなのは関係なく、地の底から響くような、おぞましく這い寄るウジ虫の行進を音に落とし込んだかのような、悪魔が悪魔と呼ばれる由縁とすら言えるかのような、恐ろしい笑い声だった。
今、静止している人々はこんな恐ろしい声を聞かなくてよかったのは救いでしかない。
もしも通常時のこの広場であんな声が響き渡ったら全員発狂してしまうだろう。
ただそれを一身に受ける少女は己の中にいる神様とやらの虚像を信仰しているからか、狂うこともなく真っ正面からそのおぞましい笑い声を受け止めている。
メンタルやべぇな。
「神に属しているものではない、むしろその対極にいるものだ」
悪魔は正直にそう告げた。
「そうですか」
それに対して少女は短くそう告げた。あくまでも無表情を装っているが落胆が見てとれる。
「それで、先ほどの問いに戻るが、少女よ、聖女と祭り上げられて尻尾切りにあった少女よ。
貴女はあまりにも不遇だ。国を人を思いその結果がこの結果ではあまりにも報いがなさすぎる。
神を期待するのならば無駄だと言っておこう。あいつらはヒトを観賞動物程度にしか思っていない。
だいたいあいつらは何もしない癖に、救われたくば祈りやら舞踊やら生け贄を捧げよなんて救う気などない癖に求めるばかりで・・・はぁ、すまない。脱線した」
悪魔にも事情があるのだろう、少しばかり神への不満を口にしたらあとはもう決壊したダムのように文句が止まらない。
なんかとても苦労しておられるようで大変ですな。
「それで、少女よ。これが一番重要なことだ。伝えたかった事だ。
少女よ、貴女のこれまでの功績を称え力を与えようかと思ってだな。
なに、少しばかり代償が必要だが、今までの人生でだいぶ代償に足るものを払ってきたから、常人に比べれば遥かに軽い代償でこれまで貴女をいいように使い潰してきた者や国に復讐ができる、勧めるわたしが言うのもなんだが、悪くない契約だと思うがどうだろう?」
悪魔は契約においては嘘をつかない。いや、つけないと言った方がいい。そういう難儀な生き物なのだ。
わしも悪くない契約だと思う。少女に後悔はないと思うが、このままではあまりにも救いがない。
力を得て、世界を見てみるべきだと思う。知らないものは景色、ヒト、思想、生物、それこそいくらでもあるし、知らないということを知るべきである。
まだ若い少女の視界はあまりにも狭く、他の選択肢には至れない。
だから悪魔は嘘をつけないまでも言葉巧みに少女を連れ出すべきである。
あぁ、しまった。いつの間にか、わしも少女の境遇を憐れに思ってしまっている。感情移入してしまっている。
もう追放からのざまぁをぶちかましたれって思っている。
だというのに、少女は頑なに言うのだ。
「悪魔であるのならば、ここから去りなさい。私はあなたの甘言に耳をかすことは決してありません」
くっっそ頑固なのだ。
きっと崇拝する神に従順だったからこそ、ここまで奇跡と呼ばれるような凶行も疑うこともなく通せたのだろう。
「しかし、貴女はーーー」
悪魔はそれでもまだ少女に語りかける。それこそ必死に、救いを差し伸べるように。
我が手を取ってくれと懇願にも近い形で、祈るように、血を吐くように何度も少女に告げる。
やばい、悪魔めっちゃけなげやん。泣きそう。
「去りなさいっ!」
それでもやはり悪魔の言葉は聖女と呼ばれる少女の心に届くこともなく。
「ーーーわかった。せめて、貴女の来世が幸溢れることを祈るとしよう」
ここまで拒絶されては悪魔も去るしかない。捨て台詞だか、或いは本当に少女の為に祈っているのか、目を瞑り、この場から消えていった。
途端に耳を隠したくなるほどの民衆の声がもどってきた。止まっていた時が再び動き出したのだ。
あとはもう特質すべきことはない。
実行者が処刑の刃を降り下ろして、ごろんとかつて聖女と呼ばれていた少女の首が転がって、民衆が叫んでもう見るべきものはない。
わしはこの国を去った。
追放はあったがざまぁはなく、なんとも消化不良で、だからこそざまぁに至った時のカタルシスや他の追随を許さないのかなぁとか思ったりも思わなかったり。
国をでてほんの少し歩いたとある四ツ辻、十字路の又のところに生えた樹木の株元に座る悪魔を見つけた。
「お疲れ~」
悪魔は項垂れているようだった。
わしの軽口に反応しようともしない。
「いや~、さっきの説得は惜しかったねぇ。あとちょっとで少女を堕落させることができたのに」
いくつか悪魔の心に引っ掛かりそうな言葉を紡いでは無視されていたが、少女への契約の是非だけは無視されなかった。
やはり、ここが悪魔の今のアキレス腱だったようだ。
「あの少女は救われるべきだった」
ぽつりと呟く。
「神などではなく、我ら悪魔にでもなく、同じヒトによって救われるべきだった」
なんか色々溜め込んでいたのだろう。堰を切ったかのようにまぁ出るわ出るわ。
「なぜ彼女だけが特別だと考える?
どうみても特別な能力などないただ盲信するだけの少女だと考えない?
いや、或いはあえて考えないようにしていたとしか思えない。都合の悪い事に目を塞いでいたとしか思えない。
本当に本当にヒトとは度し難い!」
ヤギフェイスの悪魔ではあるが、ヒトの在り方に本気で憤るその様はなんというかーーー。
「なんだよ、アンタ人間の事大好きじゃねーか」
これに尽きた。
例えそれが高い視点から人間を観賞するようなものであったとしても、ヒトの一挙一動に感情を動かされるのならこの悪魔という超越生命も同じイキモノなのだろう。
「ヒトほど状況や環境において、多様性をもつ生き物はいないだろう。だから人は尊く、いとおしく、面白いのだろう」
最後に面白いと持ってくる時点でやはりヒトと悪魔はいつまでたっても平行線であると思った。
いくらいとおしかろうが、悪魔がヒトに向ける目は哀願動物に向けるもの近いのではなかろうか。憤ったり、喜んだりしてもそれは、人が人に対して抱く愛憎とはどこかが決定的に違うのだろう。
いくら悪魔がヒトを甘言と契約をもって堕落させる隣人であっても、やはり永久に相容れない。
「だからあの少女もこれから如何様にも変容して、どんな生き方でもできた。ヒトとして当たり前の幸せだって掴めたのに!」
まだ少女に未練があるらしい。
つーか悪魔が思うヒトとしての当たり前の幸せってなんだよ?
「そんなになんとかしてあげたかったのならば、もっとさ、嘘とまではいかなくても、なんかこう、人が飛び付かざる得ないような都合のいい甘言とか、反論の余地がないくらいに早口で捲し立てるとか、最悪その魔眼で倫理観を弄くってだとか、いくらでも方法はあったんでない?」
悪魔とはヒトを堕落させるのが本懐の超越生命だ。
本気であったとしたら人間などあらゆる面で足元にも及ばない、敵わない。
「それは駄目だ。ルールに反する」
なのに、ヒトをどうとでもできる超越生命はあくまでも人間に誠実に接する。
「ヒトの世では契約とはそういうものなのかもしれないが、我ら悪魔にとって契約とは互いに納得するものでなくてはならない。
数多ある項目を全てを説明し理解させ、互いが利益を得るために議論をつくさねばならない、後出しで条項追加などはもっての他だ。
貴様にもわかるようにもう一度言ってやる!
契約とは、お互いに、平等でなくてはならない!」
人同士での契約は結構なぁなぁなとこもあるというのに、本っっっっ当に悪魔って難儀な生き物だわ。
「大変なんだね悪魔って、まぁこれからもがんばれ」
もうこれ以上議論を尽くす気もない。きっとずっと平行線。
なんとも空っぽな他人行儀なわしの応援はいっさい無視されて、悪魔は次の契約者を探して薄らいていくのだった。
残されたのは、わし一人。
次の面白いなにかを探してどこかへ歩き出すのだった。
読んでくれてありがとうございました。




