ドングリを助けるニャ! 死んじゃダメなのニャ! 大丈夫でした!
「ドングリ、怪我はないのニャ? 立っても大丈夫ニャ?」
「大丈夫だよ! ほら!」
とドングリは両手を広げる。
視線をゴブリンに向けながら。
ゴブリンはさきほどからじっとドングリたちの様子をうかがっている。
近づくこともなく、杖を構えたまま。
攻撃してくるわけではないが、気を抜くことはできない。
「どこも怪我をしてないみたいニャけど……魔法が当たったのニャ。あんなに吹き飛ばされてたし、死んでもおかしくないくらいなのニャ。本当に大丈夫ニャ?」
「大丈夫だって! びっくりしただけだから。本当に心配ないよ」
「そうニャア? そうみたいニャけど……でも、これからどうするニャア……」
「逃げたいけど、あのゴブリンがいるからね……! またさっきの……魔法? あれが飛んでくるかもしれないよ……! 次はさすがに危ないかも……!」
ゴブリンが、いつ魔法を放ってきてもおかしくはない。
逃げ出そうとすれば、背中から魔法が飛んでくる。
かといって、踏み込めば、魔法で返り討ちにあう。
そう考えて、ドングリたちも動けないのだ。
「でも、こうなったら、一か八か、やるしかないよね……! もう魔法を撃てないから、ああして立っているだけなのかもしれないし」
ドングリが槍を構える。
「待つニャ」
ミケランジェロがリュックからボールを取り出した。
「ちょっとお高いけど、こういうときに使うものなのニャ。念のためにリュックに入れてて良かったのニャ。ドングリは目をつぶるのニャ」
「目をつぶるの? わかった!」
ドングリがギュッと目をつぶったのを確認して、ミケランジェロがボールをポイッと投げる。
すぐにミケランジェロも、前足で目を隠す。
ドングリのまぶたの向こうが、一瞬白くなった。
「何、いまの!? 目を開けてもいい?」
「もう大丈夫ニャ。光の魔法玉で、目潰しをしたのニャ。ゴブリンは目が見えてないはずニャ。いまのうちにやるのニャ」
「うん、わかった! ミケちゃん、ナイスだよ!」
ゴブリンは目を押さえている。
杖を振り回して、ミケランジェロの言ったとおり、周りが見えていない。
ドングリはぐるりと円を描くように近づいた。
ゴブリンが魔法を放つのを警戒しているのだ。
槍が届く距離に近づくと、すぐさま突き出す。
「えいっ!」
ストンと槍が刺さって、ゴブリンは何もできないまま、地面に倒れた。
「ふう……。また魔法を使ってきたらどうしようってヒヤヒヤしたけど、なんとかなったね」
「良かったニャア。怖かったニャー」
「うん! びっくりしたね!」
「もうここにいたくないのニャ。今日は帰るのニャ」
「そうだね。また同じようなのがいたら、大変だし。もう帰ろ」
ふたりはその場からそそくさと逃げだしたのだった。
するとすぐにドングリの様子が変わった。
槍を杖にして、それでもフラフラと、足元がおぼつかなくなる。
顔色も悪い。
「ドングリ、どうしたのニャ?」
「う……ん。なんか、ちょっと……気持ち悪いかも……」
「もうちょっとで森を出るニャ。歩けるニャ?」
「うん……」
しゃべる元気もなくなったドングリを、ミケランジェロが励ましながら歩く。
やがて森の外が見えてきたところで、ドングリがぱたりと倒れた。
「ドングリ! ドングリ! しっかりするニャ!」
ドングリは目をつぶったまま返事をしない。
顔色は真っ白だ。
「ドングリ……」
ミケランジェロが、前足を地面につける。
大きく息を吸って、身体をギュッと縮めて、それから飛び跳ねるように、駆け始める。
町に向かって。
「ランバス! ランバス! 大変なのニャー!」
ミケランジェロが、微かに見える人影へ叫ぶ。
「ドングリが大変なのニャ! 助けてほしいのニャ! 助けてなのニャ! お願いなのニャ!」
一生懸命、ミケランジェロは叫び続けたのだった。
***
「ほら、もう泣くな。大丈夫だ」
ミケランジェロのおでこに、クーンが手を乗せた。
肉球で、グリグリと撫でる。
ミケランジェロはされるがまま。
ろくに抵抗もしない。
「ニャアン……」
「ドングリに怪我はなかったろ。お医者さんも、命の心配はないって言ってたぞ」
「フニャン……」
ミケランジェロの叫び声でランバスが駆けつけた。
そして、意識のないドングリを背負って医者のもとへ運んできたのだった。
話を聞きつけたクーンが診療所へやって来たときから、ミケランジェロはずっとこの調子だ。
ペタリと耳を寝かせて、メソメソしている。
「ニャーが森の奥へ行くのを止めてれば良かったニャ……」
「それは本当にそうなんだが、そんなことをいつまでも言ったって仕方ないだろう……」
「自分もついていったほうが良かったか」とクーンはため息をつく。
「お前はちゃんと助けを呼んだんだ。ゴブリンと戦うときも、何もしなかったわけじゃないんだろ」
「ニャア……」
ミケランジェロから、ひととおりの経緯は聞かされていた。
森の奥へ行ったのは問題だが、それ以外はやれることをやっている。
「魔法を使えるゴブリンとは、ずいぶんとやっかいな魔物がいたものだがな。どうしてそんなものがいたのか……。一度調査をしてもらわんといかんな」
「そうニャ……魔法ニャ! あれはたぶん魔法ニャ! 魔法が当たって、ドングリが大怪我をしちゃったニャ! 大丈夫かニャ!?」
魔法を使える人間は珍しい。
魔物なら、なおさら珍しい。
冒険者をしていても、魔法を使う魔物など、ほとんど見る経験はない。
見たとしても、その後生きて帰れる可能性は低い。
魔法は強力なものだ。
目にする機会が少ないからこそ、いっそう強く、そのように信じられていた。
ミケランジェロが心配するのも当然のことだった。
「いや、大丈夫だと言ったろ。心配のしすぎだ」
「そんなはずないニャ。だってドングリは倒れたのニャ。まだ診察してるのニャ」
「それはそうだが……」
「何もなかったら、倒れないのニャ!」
返す言葉に迷って、クーンが前足をペロペロと舐める。
ミケランジェロが不安げにピクピクと耳を動かす。
「その……倒れた理由が、ちょっとやっかいでな」
「何ニャ? ドングリ……死んじゃうのニャ? そんなの……ダメなのニャ」
ミケランジェロが身体を縮めて、プルプルと震える。
「いや、違う。いまのは言い方が悪かったな。話が複雑でな。お前、魔法使いに魔法を使ったらどうなるかって話は聞いたことがあるか?」
数の少ない魔法使い同士が戦うことなど、ほとんどない。
だが、もし戦えばどうなるか、ミケランジェロは聞いたことがあった。
「魔法使いには、魔法が効かないって聞いたニャ」
「ああ、魔法を直接ぶつけられてもほとんど効かないそうだ。身体の中にある、魔法を使う力、魔力が反発するせいで、魔法が効きづらいという話だな。状況から考えて、ドングリは魔法使いだ。本人もそのことを覚えていなかったんだろうな」
たとえゴブリンが放ったものだとしても、魔法が当たったのなら無傷で済むはずがない。
だから、無傷のドングリは魔法使い。
そう考えるのは自然なことだった。
「で、ドングリは魔法の使い方を覚えていない。そうすると――」
バタン、と奥のドアが開いた。
ドングリが、スタスタと歩いてくる。
ミケランジェロが飛び上がった。
「ドングリ、ドングリニャー!」
「うん!」
ミケランジェロが飛びつき、前足をいっぱいに広げて、爪を立てないようにしがみつく。
おでこをこすりつけて、ゴロゴロとのどを鳴らす。
離れていても聞こえるくらいの、特大のゴロゴロだ。
「もう大丈夫なのニャ? 心配だったのニャ」
「うん! 大丈夫だよ! 心配してくれてありがとね!」
にっこり笑って、ドングリはミケランジェロの背中をやさしく撫でるのだった。