本当に宝石!? やったね! はいはい気をつけます! えっ、魔法!?
「いくのニャ! ミカンキャッチチャレンジニャ! 準備はいいかニャ?」
「バッチリ! いつでもいいよ!」
ピッと眉を上げて、ドングリが構える。
ミケランジェロが、ミカンの小袋を放り投げた。
小袋がゆっくりと放物線を描き、ストンとドングリの口に――入った。
「やったね! ナイスコントロール! おいしーい!」
「ドングリがお上手だからなのニャー! ニャイスキャッチニャー!」
「おい、何をしてるんだ、お前たち。食べ物で遊ぶんじゃない」
部屋に入ってきたクーンが注意をする。
ここはニャンブルヘイム5階。
クーンの部屋だ。
「あ、来た! せっかくわたしたちが仕入れの報告に来たのに、クーンさんがなかなか戻って来ないから、ミカンを食べて待ってたんだよ。はい、どうぞ! ミカン!」
「ああ、もらおう」
クーンが肉球で器用にミカンをむいて、口に放り込む。
「うん、ミカンだな。普通のミカンだ」
「ニャーも食べるニャ」
「わたしも!」
「で、お前たちはこのミカンを仕入れてきたというわけか」
「そうニャ。まだまだあるニャ!」
ミケランジェロとドングリが協力して、リュックから次々とミカンを取り出す。
すぐにクーンの机の上が、ミカンでいっぱいになった。
「これはまた……たくさん採ってきたな」
「がんばりましたニャ」
「ねー! これだけ集めたら、どれくらいの値段になるのかな? 結構すごいんじゃないかな! ワクワクするね!」
「楽しみだニャー!」
「いや、量は多いがミカンだからな……。これ全部で150マアルくらいだな」
「ええ? ええ……? それだけ……?」
「ニャアン……」
ドングリの眉が八の字になり、ミケランジェロが耳をぺたりと伏せる。
「いや、初めて仕入れに行ったわけだからな。こんなものだ。落ち込むことはない。ちゃんと仕入れて戻ってきたということに意味があるわけで――」
「あっ、話が長くなりそう! そうだ! ミケちゃん、あれは? あの石!」
「そうニャ! クーンさんに見てほしいものがあるニャ!」
「何だ? ほかにもあるのか?」
ミケランジェロが、リュックから石を取り出す。
クーンは首をひねりながら受け取った。
「これ、きれいな石だったから持ってきたの! もしかして宝石じゃないかな!?」
クーンは返事をしない。
机の引き出しを静かに開ける。
メガネを取り出し、かける。
真剣な表情で、石を見つめる。
肉球の上で傾けて、じっくりと観察する。
瞳孔が縦に、細長くなる。
「ねえねえ! 宝石かなあ? ねえ! ねえ! ねえ!」
「……」
「宝石じゃないとしても、きれいな石なのニャ。置物とかに使えるんじゃないかニャ」
「それ、いいかも! きれいだし、すべすべしてて気持ちいいし! 家に置いてあったら、ずっと撫でていられるね!」
「すりすりして匂いをこすりつけたいニャー!」
「いや、待て」
クーンが顔を上げた。
そっと石を机に置く。
「これは宝石だ。ヒスイと呼ばれている宝石の原石だ」
「本当に宝石だったのニャ!?」
「やったね! すごい!」
「お手柄ニャー!」
ふたりが飛び上がって喜ぶ。
「たまに見つかると聞いたことはあるが、これほどのサイズを見つけてくるとはな。驚いた……。これは本当にすごいぞ。滅多に見つかるものじゃない」
「ニャハハ、おいくらになりますかニャ?」
「このサイズだからなあ……。30万マアルといったところだな」
「ニャッハー! 大儲けだニャ!」
「やったね、ミケちゃん!」
ふたりはもう一度飛び上がり、クーンも巻き込んで手を繋ぐと、輪になってぐるぐると回り、喜びを分かち合うのだった。
***
ひと儲けしたということに満足して、カーネルの店で豪遊したふたりは、次の日、クーンに呼び出されていた。
「来たか。昨日の石な、正式に鑑定したが、やはりヒスイだった」
「ニャハー! ニャーたち、すごいもの見つけたのニャー!」
「それでだ、見つけた経緯を詳しく聞いておきたい。今日こそはな……」
前日、30万マアルと聞いて有頂天になったふたりは、まったくクーンの話を聞こうとしないまま、カーネルの店へと向かったのだった。
「いいよ! 石がね、落ちてたの!」
「どこにだ? 順番に話してくれ」
とクーンが聞き取りを進める。
ひととおり話を聞くと、クーンはちょっと難しい顔をして、ひげをこすった。
「ふむ、まず確認だが、北の森に入ったんだな?」
「そうニャ」
「あの森には魔物が出るから、入らないほうがいいと言ったはずだがな?」
「あっ……でもでも、出たの、ゴブリンだったから。倒せたよ?」
「だが、ちょっと変わった種類のゴブリンだったようだな?」
「見たことのない種類のゴブリンだったニャ。でも、ドングリが倒したから大丈夫ニャ」
「ふむ。で、お前らは、また森に入るつもりだな?」
「えっと……うん!」
「またヒスイを見つけるのニャ!」
「ふう……。まあ入るなとは言わんが、あまり奥には行くなよ。ゴブリンよりも、もっと強い魔物が出るかもしれない。変わったゴブリンがいたというのも気になるからな」
「うん! わかった! 約束する!」
「何かあったらすぐ逃げるのニャ!」
「本当にわかっているか?」
「森の奥に行かないんでしょ! わかってるって!」
「絶対に森の奥には行かないのニャ!」
「ふむ、そうだ。それでいい。無理して命を落としても仕方ないからな。そんなことをしても誰も喜ばん」
「あ、それ、冒険者ギルドのおじさんも言ってた!」
「ニャーたちは無理はしないのニャア。ちゃんと引き際はわきまえてるのニャ」
「ふむ。わかった。次だ。今回はヒスイが見つかったが、それはたまたまだ。宝石の原石なんて、滅多に落ちているものじゃない。わかるか?」
「はい……はいはい」
「ニャアニャア」
「おい……お前ら、ちゃんと聞いているのか……?」
***
「よし! 今日も宝石、見つけるよ!」
クーンの長い話を聞き終えたふたりは、一度家に帰り、準備をして、すぐに森へやって来たのだった。
「宝石見つかるかニャ? 簡単には見つからないかもニャ。でも見つけたいニャ」
「ふふふ! わたしにいい考えがあるんだ!」
「何ニャ? 気になるニャ? 聞かせるのニャ!」
宝石を見つけようと、ギラギラと目を輝かせたふたりが相談を始める。
「いい? もし宝石が落ちていたとしても、森に入ってすぐのところに落ちていたら……どうなると思う?」
「ニャア……どうなるのかニャア? ニャーにはわからないのニャ……」
「すぐに見つかって、拾われちゃうんだよ!」
「たしかに……宝石が落ちてたら、すぐ拾うニャ。ドングリの言う通りニャ!」
「でも、考えてみて。宝石が落ちているのが森の奥だったら?」
「誰も拾わないから……そのままニャ!」
「正解! つまり森の奥に、宝石が落ちているんだよ!」
「すごいニャ! 完璧な理屈ニャ!」
「そういうわけで、森の奥に行くよ!」
「行くニャ! どんどん行くニャ!」
ふたりはどんどん森の奥へ向かう。
クーンの長い話はもう頭に残っていない。
「宝石、落ちてないねー?」
「ニャア……。暗くて見えづらくなってきたニャア」
ミケランジェロが地面を見つめながら歩いていると、ドンという音がした。
顔を上げると、目の前をドングリが飛んでいく。
そして、受け身もとらずに転がる。
近くには何もない。
誰かに殴られたわけではない。
目には見えない何かに、ドングリは突然吹き飛ばされたのだ。
驚いたミケランジェロが周囲を見回す。
杖を構えたゴブリンがいた。
ドングリは地面に落ちて、倒れたままだ。
「ドングリ、大丈夫ニャ!? 何も見えなかったのに……あのゴブリンニャ? いまのは魔法ニャ? 魔法が飛んできたのニャ! 大変なのニャ! ドングリ、死んじゃダメなのニャ!」
ミケランジェロがドングリに駆け寄る。
ゴブリンを振り返って、毛を逆立てる。
ゴブリンは杖を構えたまま、動かない。
魔法を連発することはできないようだった。
接近戦に自信がないのか、近づいてくることもない。
「ドングリ! 返事するニャ! 逃げるニャ! ニャーが連れて帰るニャ! ホルスまでがんばるニャ!」
倒れたままのドングリを引っ張ろうとする。
ミケランジェロの力では、ドングリは動かない。
それでもミケランジェロは、お腹の下に頭を潜り込ませて、なんとか持ち上げようとする。
「ニャニャ……ンニャッ!」
「うん……?」
「ドングリ! 起きたのニャ? 大丈夫なのニャ?」
「ん……大丈夫。突然吹き飛ばされて、びっくりしただけだから。衝撃がすごかったけど」
と髪を払って立ち上がる。
「さっき急に魔法が飛んできたのニャ。気をつけるのニャ」
「魔法? そうなの? あのゴブリンだね……!」
ドングリの視線の先には、杖を構えるゴブリンが立っているのだった。