新しいゴブリン? それよりすごいものを見つけたよ! 宝石かな?
翌日、ふたりは朝早くから出かける準備をしていた。
「昨日はカーネルさんのお店の焼き鳥がおいしくて、つい食べすぎちゃったね! 100本はさすがに多すぎたよね! 今日こそは仕入れをしようね!」
「そうニャ! やるニャ! たくさん食べた分、むちゃくちゃ仕入れるのニャ! クーンさんをびっくりさせるのニャ!」
「うん! 頑張ろうね! 時間がかかってお昼を過ぎるかもしれないから……おやつの煮干しは持った?」
「もちろんニャ。カーネルのところの干し肉もリュックに入ってるニャ」
「お水は?」
「入ってるニャ」
「それなら準備は万端だね! 忘れ物もなし! よし、行こう!」
こうして家を出たふたりは、町のはずれまで行って慌てて戻ってきて、ドングリの槍をベッドの下から見つけて引きずり出して、あらためて出発したのだった。
「で、ここまで来たけど……」
ランバスに手を振って、ふたりは町を出たところで立ち止まった。
「こっち……だよね……?」
「そう、ニャア……? そのはず……ニャア?」
視線をさまよわせながら、ゆっくりと前進する。
どちらに行けばいいのか自信がないのだ。
「森に……行くのかな……?」
「そう……だったと思うニャア……」
懸命に、クーンの話を思いだそうとする。
だが、ふたりとも、昨日の出来事で頭に浮かぶのは、カーネルの焼き鳥がおいしかったということだけだ。
「何も、思い出せないのニャ……」
「わたしも……! どうしてだろう……? 不思議だね……。もしかして……記憶喪失かな……!」
「違うニャ……。ただ覚えてないだけなのニャ……。クーンさんの話が長すぎたせいニャ……焼き鳥の味はしっかり思い出せるのニャ……においまで覚えているのニャ」
「本当だ……!」
「まあ……思い出せないものは仕方ないニャ。行くしかないのニャ!」
「そうだね……! 確認しに戻って、もう一度クーンさんの長い話を聞くよりは、一か八か、森に入ってみたほうがましだよね!」
「そうニャ! だいたいあんなに長々と話をするほうがいけないのニャ! 覚えられるわけないのニャ! ニャーたちは悪くないのニャ! 森に行くのニャ!」
覚悟を決めて、ふたりは森に入った。
空気が変わる。
温度が下がり、冷たくなったように感じられる。
「魔物が飛び出してこないかな?」とドングリは不安になった。
「そもそもニャーたちは森を抜けてホルスにやってきたのニャ。森の中は経験済みなのニャ。だから、そんなに怖がる必要はないのニャ。魔物が出たら、いそいで逃げればいいだけのことなのニャ」
「そう言われれば、そうだよね! ゴブリンなら倒せるし!」
ミケランジェロの言葉で、少しドングリの気分が楽になった。
あたりを見回して、果物をひとつ、枝からもぎ取る。
「これは? 商品になるかな?」
「これはミカンニャ。どこにでもあるのニャ。売れるかもニャ。一応持っていくかニャ」
「食べられるの?」
「もちろんニャ。こうやって皮をむいて」
とミケランジェロが肉球で器用にミカンの皮をむいていく。
「これで食べられるのニャ。このまま食べてもいいし、皮をむいたら、さらに小袋に入っているから、その皮をむいて食べるひともいるのニャ。そういうチマチマした食べ方、ニャーは気持ち悪いと思うけどニャ。まあ、そこは好みで決めるといいのニャ」
「ふーん。えいっ!」
ドングリは小袋をひとつつまんで、そのまま口の中に放り込んだ。
「うん、おいしいね! 甘くて、ちょっと酸っぱい! ツブツブなんだね! 小袋に入ってるから、食べやすい!」
とさらにもうひとつ摘まむ。
ミケランジェロも、同じようにミカンを放り込んだ。
「普通のミカンだけど、おいしいニャア。ミカンって、食べ始めたら、やめるタイミングが見つからなくなるニャア」
「あ、わかるかも! こっちにもあるよ! 採ってあげるね!」
こうしてふたりはミカンを食べ続けた。
ときおり思い出したように、ミカンをミケランジェロのリュックに投げ入れる。
ふと、ドングリがミカンを口に運ぶのをやめた。
じっとリュックを見つめる。
「そのリュック、さっきからすごい量が入ってるよね?」
「ああ、これニャ? このリュックは魔道具ニャ。魔法がかかってるから、見た目よりもたくさん入るし、軽いのニャ」
「魔道具! そんなのあるんだ! 魔法もあるんだ!? 記憶がないと、こういうこと、全然わからないね!」
「魔法は珍しいからニャア。記憶喪失じゃなくても見たことなかったかもニャア。この魔道具も、なかなか手に入らない貴重なものなのニャ。でも商売をするならぜひ持っておきたい逸品ニャ。これがあれば、荷物をたくさん運べるのニャ」
「いいね! じゃあ、どんどん入れちゃおう!」
ポイポイとミカンを放り込みながら歩いていると、また、ドングリが立ち止まった。
「ねえ、ミケちゃん。あれ……あの石、ちょっと変じゃない?」
地面に落ちている石を指さす。
握りこぶしほどの大きさだ。
「白っぽくて、つやつやしてて、ちょっと光ってるみたい?」
「そう言われてみれば、そうかもニャア? たしかに普通の石とは違う気はするニャ」
「ねっ!」
ドングリがピッと眉を上げて、うなずく。
「もしかしたら、貴重なものかも! 宝石の原石かもしれないよ!」
「そんなの落ちてるかニャア? でも気になるニャア」
「持って帰ろう! 拾ってくるね!」
と駆け出したドングリの背中に、ミケランジェロが叫んだ。
「危ニャア!」
「えっ!? きゃあ!?」
とっさに立ち止まったドングリの鼻先を、太い木の棒がかすめる。
慌てて飛びのいた。
「あれは……ゴブリン!?」
あらわれたのは、前にドングリが倒したゴブリンよりも、ひと回り大きな、緑色の魔物。
木の棒をブンブンと振り回している。
「ゴブリンだけど……ちょっと違うニャ。あんなにやる気のあるゴブリンは見たことがないニャ。棒をむちゃくちゃ振り回してるニャ!」
「なんか強そう……! でも、まかせて!」
「大丈夫ニャ……?」
心配そうなミケランジェロを背中に隠して、ドングリは槍を構えた。
ゴブリンが振り下ろす棒を、落ち着いて槍の先ではじいていく。
棒は明後日の方向へ振り下ろされ、ドングリに届くことはない。
「うん、大丈夫……! 強くないよ! わたしでも動きが見える!」
ピッと眉を上げたドングリは、タイミングを見計らって、槍を突き出した。
吸い込まれるようにゴブリンに突き刺さる。
そのまま、ドスンとあお向けに倒れた。
「ふう……!」
動かなくなったことを確認して、ドングリは槍を下した。
「なんとか勝てたね! あっ、あの石!」
ドングリが石を拾って、ミケランジェロに渡す。
「ね? やっぱりすごくきれい。キラキラしてるし、宝石の原石じゃないかな?」
「ニャアン? 宝石がそう簡単に見つかるかニャア? 宝石って、洞窟の中から掘り出したりするものじゃないのかニャア?」
「わかんないけど、持って帰ろう! クーンさんに見てもらえばいいよ!」
「それもそうニャ。リュックに入れておくニャ。ドングリはまだ大丈夫ニャ? 疲れてないニャ?」
「うーん」
とゴブリンの死体を見て、ドングリが答える。
「ちょっとびっくりしたし、今日はこれくらいにしておこうか」
「それがいいニャ。無理は禁物ニャ。さっきのゴブリンが何匹も出てきたら困るしニャア。帰るニャ」
「うん、そうしよう! 十分仕入れたことだし! わたしたちはよくやったよね! 帰って焼き鳥食べようね!」
「もちろん食べるニャー!」
こうしてふたりは町に戻り、焼き鳥を食べ、ミカンを食べ、お腹がいっぱいになって、少し休憩をして、またミカンを食べて、「そういえば、クーンさんに報告したほうがいいのかな?」と思いついて、ミカンを食べながらニャンブルヘイムへと向かったのだった。