焼き鳥おいしい! いろいろたべてはちきれそう! お礼をしたいね!
「さて、今日はずっと歩いてお腹が空いたニャ。だから腹ごしらえに行くのニャ! ついでにドングリの知り合いも探すのニャ!」
「いいね! 行こう行こう!」
「市場に行って腹ごしらえするのニャ」
ニャンブルヘイムを出たドングリは、ミケランジェロの案内で、市場へと向かうことになったのだった。
近づくにつれ、だんだんと、人通りが多くなっていく。
道の両わきには、露店がぎっしりと並ぶ。
ドングリがきょろきょろと周囲を見回すようになる。
「市場は人が多いからニャ。よそ見しながら歩くとぶつかっちゃうニャ。気をつけるのニャよ!」
「うん! ミケちゃんもね!」
ドングリは長いシッポが踏まれないか心配していたのだった。
「ニャハハ、ニャーは大丈夫なのニャ。これくらいの人混み、慣れっこなのニャ」
ミケランジェロはシッポをひらひらとなびかせ、すいすい歩いていく。
本人の言うとおり、人混みに慣れているようだった。
そういえば、とドングリは疑問を口にした。
「ミケちゃんは、どうして借金があるの? 100万マアル? だっけ?」
「それがわからないのニャ。無駄遣いはしてないはずなのに、不思議と借金が増えていくのニャ」
「ふーん、不思議だね」
「そうニャア。世の中には不思議なこともあるのニャ。まあ、わからないことを考えても仕方がないのニャ。だから考えないのニャ。あ、あれ見るニャ。あのお店がニャーのおすすめのお店ニャ」
一軒の屋台を肉球で指して、ドングリを引っ張っていく。
「こんにちニャ! ニャーがまたやって来たニャ。いつものやつ、よろしく頼むのニャ」
「ミケじゃないか、いらっしゃい。おや、そっちのお嬢ちゃんは見ない顔だな?」
白い髭の似合う恰幅のいいおじさんが、ドングリに向けてニコッと笑った。
「この子はドングリニャ。しばらくニャーが面倒を見るのニャ。こっちのおやじは焼き鳥屋のカーネルニャ」
「はじめまして……ドングリです!」
「おう、カーネルだ」
「カーネルはドングリと会ったことないニャ?」
「うん? ないぞ?」
「名前も聞いたことないニャ?」
「うーん、ないなあ」
「そうニャア。空振りニャ。それじゃあ、焼き鳥10本くださいニャ」
「あいよ! 焼きたてだよ!」
焼き鳥を受け取ったミケランジェロは、ドングリに一本を渡した。
「ニャーのおすすめニャ。熱いから気をつけるのニャ」
「うん!」
ミケランジェロとカーネルが、ドングリをじっと見つめた。
「見られてる……!」と思いながら、ドングリは焼き鳥を口に運んだ。
「わっ! おいしい!」
「そうニャ、そうニャ!」
「そうだろ、そうだろ!」
「お肉自体はさっぱりしてるけど、タレの味がしっかり染みこんでて、癖になる味! 食べごたえがあるのに、いくらでも入りそう!」
「わはは、嬉しいことを言ってくれる! いい食べっぷりだな! オマケだ! もう一本!」
「わー! ありがとう!」
「サービスだ!」
「ニャー! そんなにサービスしてたら赤字になっちゃうのニャ! 商売猫としては、カーネルの屋台の存続が心配だニャー!」
「なあに、サービスしたら、またうちの屋台に来たくなるだろ? 長く通ってもらうことで、赤字を取り戻すのさ」
「ニャハー! カーネルは商売がうまいのニャ! お勉強になりますニャ! 勉強代として追加でもう10本貰うのニャ」
「あいよ! できたてだよ!」
「お代はいつもどおりニャンブルヘイムに請求してほしいのニャ」
「おう! 毎度あり!」
「また来るニャー!」
「おいしいね!」と頷き合いながら、ドングリたちは次の屋台へ向かった。
同じようにあいさつをして、商品を買って、食べる。
代金はすべてニャンブルヘイムに請求してもらう。
ミケランジェロの案内する屋台の食べ物はどれも美味しくて、ドングリは夢中になって食べてしまった。
そうするうちに、ふたりは市場をぐるりと一周して戻ってきたのだった。
「ひととおり見てきたニャ。こんなところかニャ」
「ふう、食べたねー! お腹がはち切れそうだよ! ミケちゃんは大丈夫?」
「ニャハハ、こんなのニャーにとっては序の口ニャ。まだまだはいるのニャ」
「すごいね! わたしはもうはいらない! でも、どのお店も本当においしかったー!」
「ニャーのおすすめのお店だからニャ。おいしいお店を厳選してるのニャ」
「へえ! いろんなお店を知ってるんだね!」
「そうニャ。ここに来た目的は、食べることだけじゃないのニャ。市場調査をしているのニャ。商売猫にとっては大事なことなのニャ」
「ふんふん!」
「商売をするには、何が求められているのか、知っておかないといけないのニャ。消費者のニーズを把握するのニャ。毎日一生懸命市場調査しているうちに、ニャーは自然とおいしいお店にも詳しくなったのニャ」
「そんなことまで考えてるんだ! 偉いね!」
「ニャハハ、ニャーはただの猫じゃないからニャ。商売猫なのニャ!」
「そうだね!」
とドングリはうなずいた。
ドングリの膝くらいの大きさしかないが、商売の話をするミケランジェロは、とても立派に思えたのだった。
「でも、ドングリの知り合いは見つからなかったニャア……」
ミケランジェロがペタリと耳を寝かせる。
どの屋台でも、「ドングリ……? 変わった名前だけど、聞いたことがないね」と首を振られるだけ。
「そんなの、仕方ないよ」
ドングリはしゃがんで、ミケランジェロのおでこを撫でた。
「何のあてもなく知り合いを探しても、簡単には見つからないよ。でもミケちゃんが一生懸命探してくれて、嬉しかったよ!」
「そうニャア?」
「うん! 知り合いはのんびり探そう! 急がなくていいよ!」
「ドングリがそう言うならわかったニャ! そろそろ帰るニャ。今日からドングリはうちに泊まるのニャ。遠慮しなくていいのニャ」
「うん! ありがとね!」
「こっちニャ」
元気になったミケランジェロのあとを追う。
「こんなに心配して、親切にしてくれて、ミケちゃんはやさしいね!」とドングリは思うのだった。
たどり着いたのは、レンガでできた、年季のはいったマンション。
二階建てで、縦長の窓が壁に並び、アーチ状のひさしまでついている。
「わあ、オシャレなところだね! ミケちゃんはここに住んでるんだ!」
「そうニャア。ニャーも気に入ってるのニャ。ニャーが住めるペット可の物件で、これだけいいものはなかなかないのニャ」
「ペット可……うん、いや……うん、そうなるよね……?」
「ここがニャーの部屋ニャ」
案内されたのは、落ち着いた印象の部屋だった。
ソファー。
本棚。
デスク。
爪研ぎ。
家具は木製のものが多い。
木目が浮き出て、ツヤツヤと光を反射して。
上品で、ちょっと値段の高そうなものばかりだ。
「へえー! 素敵な部屋だね! なんか意外かも!」
「そうニャア? コーヒー淹れるから待っててニャ」
「うん!」
ミケランジェロが慣れた手つきでコーヒーの用意をする。
ドングリはソファーに座って、「本当にここに住んでるんだなあ」とその背中を眺めた。
猫一匹には十分すぎる広さ。
ドングリが一緒に住んでも、まだずいぶん余裕がありそうだ。
「はい、コーヒーニャア」
ドングリの前にカップを置いて、ミケランジェロが隣に座った。
「ありがと!」
ドングリが半分ほどコーヒーを飲んでも、ミケランジェロは自分のカップに手をつけないままだ。
「猫舌なのかな?」とドングリは首をかしげた。
「すぐに見つかると思ってたんニャけどニャア……」
ドングリの知り合いの話だと気づいて、ミケランジェロのおでこを撫でることにした。
人差し指で、鼻との境目を丁寧に撫でる。
ミケランジェロが、のどをゴロゴロ鳴らす。
「そんなに気にしなくていいのに」
「でもやっぱり気になるニャア。知り合いが誰も見つからないニャ。ドングリは不安で寂しくならないのニャ?」
「うーん? 記憶がないし、気にならないよ?」
「そうニャア……。でもニャーは全然力になれなかったのニャ」
「そんなことないよ。力になってくれたよ!」
「そうかニャア……。ニャーは何もしてないのニャ」
「そんなことないのに、もう!」
ドングリは少し考えて、うなずいた。
「じゃあ、不安になったとき……以外でも、ときどきミケちゃんを抱っこしてもいい?」
「もちろんなのニャ! そんなの、お安い御用なのニャ。いつでも抱っこするといいのニャ」
「えへへ! それではさっそく!」
ドングリはミケランジェロをぎゅっと抱きしめた。
そして、「何かお礼をしたいな。わたしには何ができるかな?」と考えるのだった。