大きい! 猫も建物も大きい! ミケちゃん借金があるんだね!
「ひとがいっぱい!」
町に入るとドングリはびっくりしてしまった。
大勢の人々が道を行き交っていたからだ。
「にぎやかだねー!」
キョロキョロしてしまうドングリとは対照的に、ミケランジェロは落ち着いた様子だった。
「珍しいのはわかるけど、しっかりニャーのあとについてくるのニャよ。よそ見をしていると迷っちゃうのニャ」
「うん。わかった!」
「そうこうしている間に、到着ニャ。ニャンブルヘイム本店ニャ」
「ここがニャンブルヘイム……!」
「そうニャ」
ドングリはニャンブルヘイム本店を見上げた。
看板、二階、三階――。
首を持ち上げすぎて、ひっくり返りそうになる。
「これは立派な建物だね……!」
ドングリがこの町で目にした、どの建物よりも大きかった。
「そうニャ。大きいのニャア。ニャンブルヘイム本店は、なんと五階建てなのニャ!」
「すごい!」
「立派な見た目だけど、誰でも安心して入れるお店なのニャ。気軽に入るのニャ。ニャーについてくるのニャ」
「うん! お邪魔します!」
「こっち行くのニャア」
トコトコとミケランジェロが店の中を歩く。
その後ろを、真剣な表情のドングリがついていく。
店の中にちらほらいた客たちは、なんだかニコニコした顔になって、ふたりを見送った。
「まずは一階! 日用品、雑貨のスペースニャ」
「うんうん!」
「小物が多いけど、ちょっと生活が楽しくなる、遊び心満載でおしゃれな商品がいっぱいなのニャ」
「うん! かわいいのがいっぱいだね!」
ミケランジェロが階段を上る。
「二階は実用品が多いのニャ。主にキッチンで使う調理器具があるニャ。頑固な職人もニッコリの最高品質のものを取り揃えていますのニャ」
「ほほおー!」
「ちなみに食材は別館のほうで売ってるのニャ」
「へー! 別館、行ってみたい!」
「別館は最高なのニャ! 食べ物でいっぱいなのニャ!」
「食べ物! いいね!」
「三階はキッチン以外で使う道具のコーナーニャ。手芸用品もここニャ。なかなか手に入らない、専門的な道具も売っているのニャよ?」
「見たことないものばっかりだねー!」
「そうニャ。そして、四階」
ミケランジェロの声がちいさくなる。
ドングリは首をかしげた。
ほかの階と雰囲気が違う。
客がいない。
商品も少なかった。
すべてガラスケースに入っている。
「ここでは宝石とアクセサリーを売っているのニャア。特別なお客さんだけが入れる場所ニャ。静かにするのがマナーニャ」
「うん。シィーだね」
静かに四階を通りすぎて、階段を上ると、いままでとは違う雰囲気の、扉の前に着いた。
「ここが五階。本店の店長さんの部屋ニャ」
「立派な扉だねー!」
「そうニャ。失礼しますニャ」
ミケランジェロのあとを追って、ドングリも部屋に入る。
部屋の奥、これまた立派なデスクの向こうに座っていたのは、クリーム色の猫だった。
「わー!」
ドングリが駆け寄った。
腋の下に手を差し込んで、持ち上げる。
「長ーい! おっきな猫!」
猫の胴の長さに、ドングリが目を丸くする。
ドングリの肩まで持ち上げても、だらんとぶら下がった足は、床に届いていた。
持ち上げられた猫が抵抗する様子はない。
目を細めて、されるがままだ。
「おとなしくて、抱き心地も……最高!」
ドングリはギュッと猫を抱きしめた。
それから頭を丁寧に撫でて、解放した。
「ニャニャ……。こちらはニャンブルヘイム本店店長、クーンさんなのニャ。ニャーの上司なのニャ」
「わっ、店長さんも猫なんだね。ごめんなさい。思わず触っちゃいました……」
「ふん。かまわん。撫でられるのは嫌いじゃないからな」
クーンは特に気にする様子もなく、椅子に座りなおした。
「ミケ、この子は?」
「この子はドングリニャ。森で倒れてたのを拾ってきたのニャ」
「ドングリです! はじめまして!」
「クーンだ」
「ドングリは記憶喪失なのニャ。お金も持ってなくて、行くところがないのニャ。ニャーが見つけたから、助けてあげたいのニャ!」
「記憶喪失か……ふん。お前が面倒をみるなら、かまわん」
「やったニャー!」
「ありがとうございます!」
ふたりは飛び上がる。
「記憶喪失と聞いて放り出すわけにもいかんからな。まあ、かなり変わった名前だ。すぐに家族や知り合いが見つかるだろう。心配ない。俺も協力する」
クーンが協力してくれると聞いて、ドングリは嬉しくなった。
記憶をなくしてから出会ったのは、親切な猫ばかりだ。
「それよりお前だ」
クーンは目を細めて、ミケランジェロを肉球で指す。
「どうしてこんなに時間がかかった? 予定通りならもうとっくに帰ってきているはずだが?」
「そうなのニャ。聞いてほしいのニャ。ニャーは帰り道を歩いて帰ってきたのニャ。これで馬車の料金が浮いたのニャ。すごい発想なのニャ。ニャーはこういうところで節約できる、商売に向いた猫だったのニャ!」
「なるほど。ちゃんと早く帰りついていれば、その時間で商売をして、もうひと儲けできたかもしれんな。儲け損ねたな」
「ニャハー! その発想はなかったのニャ。お勉強になりますニャ」
ミケランジェロが前足で顔を隠して反省する。
隣にいたドングリは、ミケランジェロの頭を撫でることにした。
「あっ、そうニャア。これが今回の売り上げニャ」
ミケランジェロが革袋をクーンに渡した。
クーンが中身をのぞく。
重さを確認して、首をかしげる。
「少ないな?」
「全部は売れなかったのニャ。ニャーの努力不足ですニャ……」
「ふむ、持っていった量が多かったからな。全部売れるとは最初から思ってない」
「そう言ってもらえるとひと安心ニャ」
「それで、売れ残りはどうした?」
ミケランジェロは自分のお腹をチラッと眺めて答えた。
「悪くなっちゃうから処分しましたのニャ」
「なるほど。ちなみに前回も売れ残りを処分してくれていたな」
「そうニャ」
「その前も処分してくれたな」
「そうニャ」
「行商に行くと言って、お前は毎回食品を持っていくな」
「そうニャ」
「毎回食品を処分してくれているな」
「そうニャ」
「ふん……。『自分が食べるために、食品を持って行商へ行ってるんだ』。お前のことをそう言っているやつもいる。『食べ物目当ての泥棒猫』だとな」
「ニャニャッ……」
ミケランジェロが後ずさりをする。
そして、耳をペタンと寝かせる。
「そんな風に言わないでほしいのニャ……。食品は足がはやいから、売れ残りそうな分をどうにかしようと思って持っていってるのニャ。ちゃんと売り切ろうとして、それでも残っちゃうから、もう悪くなって売り物にならないから、仕方なくニャーが処分してるだけなのニャ……」
「俺もお前が悪いことをする猫だとは思ってないさ。だが、そう考えるやつもいる」
「ニャア……」
「誤解されないように、売れる分だけ持っていく。食品以外も持っていく。そういう方法もあるな?」
「ニャー、そんなこと考えてなかったニャ。ニャーはまだまだなのニャ。お勉強になりますニャ」
「最初からなんでもわかるやつはいない。少しずつ覚えていけばいい」
とクーンは大きなノートを広げた。
「とりあえず、今回売れなかった分の代金は、お前の給料から引いておく。勉強代だ。予定通り帰って来れなくて儲け損ねた分もな」
「相変わらず容赦ないですニャ! さすが商売猫ニャ。尊敬するニャ」
「そういうわけで、もろもろ差し引きして、いま、お前の借金は100万マアルになった」
「ニャハー! ついに大台に乗ってしまいましたニャー! これは一大事ニャー!」
ピョンピョン飛びはねるミケランジェロを見て、喜んでいるのか悲しんでいるのかわからなくて、ドングリは困ってしまった。
「ふん、地道に返していくことだな。頑張れば返せない金額じゃない。ほかに用件はあるか?」
「もうありませんニャ。そろそろ失礼しますニャ」
頭を下げて部屋から出ると、ドングリは尋ねた。
「ねえ、ミケちゃん。借金あるの? 大変なの?」
「ニャハハ、あれくらい、ニャーが本気を出せばすぐに返せるのニャ。たいしたことないのニャ」
「そうなんだ! 良かった!」
元気に答えるミケランジェロを見て、ドングリは胸を撫で下ろすのだった。