魔物ってどんなの? こんなのでした! ゴブリン!
「ねえねえ、魔物って、どんなの? 熊みたいなのが出るの?」
「熊みたいなのもいるし、いろんな魔物がいるニャ。この森に出るのはほとんどゴブリンだけどニャ。昨日はなんだかよくわからない肉の塊に追いかけられたニャ。シッポを引きちぎられそうになったニャ」
「なんだかよくわからない肉の塊……。そんなの出たら、どうしよう……」
「心配ないニャ。逃げたらなんとかなるニャ。一生懸命走ったら、だいたい逃げられるニャ。ニャーはいままで逃げられなかったことはないのニャ。ドングリも、逃げたら大丈夫なのニャ」
「うん……。肉が出たら、走るね……!」
そんな会話をしながら、ミケランジェロとドングリは、森を抜ける道を歩いていた。
猫であるミケランジェロは当然ドングリよりもちいさい。
だが、歩くのは速い。
ドングリが無理に合わせようとしなくても、ふたりは自然と並ぶことになった。
「やっぱり誰かと一緒なのはいいニャー」
「うん? 何の話?」
「このところずっとひとりで歩いてたから、喋る相手がいなかったのニャ。退屈だったニャ」
「そっか。わたし、役に立ってる?」
「立ってるニャ! なかなかの腕前ニャ! いい拾い物だったニャ!」
「ふふふ、良かった!」
ドングリが嬉しそうに笑う。
「でも、ドングリはなんでこんな森の中で倒れてたのかニャー? 近くに何もないニャ。どこかに行く途中だったのかニャ?」
「なんでだろうね。まだ何も思い出せないよ……! こんなところで起きて、ひとりきりだったら、どうしようもなかったかも。道もわからないし……!」
ドングリは槍をギュッと握った。
しばらく歩き続けていたが、景色はいつまでも森のままだ。
道があるとはいえ、きちんと整備されたものではない。
雑草に覆われ、道なのかわからなくなっている場所もある。
あてもなく歩いていては迷っていたかもしれない。
「ホルスまで、あとどれくらいかかるのかな?」
「ニャー、まだまだかかりそうなのニャー」
ミケランジェロが耳をピンと立てた。
「でも、ここらへんでショートカットすれば、夕方には着くニャア」
得意げな顔で道を外れようとする。
「えっ、こっちに行くの?」
「そうニャ。森の中をつっきるニャ。猫の本能で、どっちに行けばいいのかわかるニャ」
「大丈夫かな?」
「心配ないニャ。魔物さえ出なければ、何の問題もなく森を抜けられるニャ」
「それじゃあ、行こう! 魔物出ないといいね!」
「きっと出ないのニャ。今日は何もいない気がするのニャ。ニャーの勘はよく当たるのニャ」
「うん! 信じるよ!」
ミケランジェロに続いて、ドングリも森へと進む。
そして、歩いてきた道が見えなくなるまでしっかり森の中に入ってしまったところで、ふたりは立ち止まったのだった。
「魔物が出てしまいましたニャア。これは誰も予想してなかった展開ニャ」
「あそこにいるのが魔物?」
「そうニャ」
ふたりの視線の先では、二本足で立つ、緑色の生き物が動いていた。
身長はドングリよりもちいさい。
シルエットだけ見れば、背中を丸めた人間の子供。
だが、肌は緑色で、干した柿ように、しわくちゃだ。
「あれはゴブリンニャ」
「ふーん、ゴブリン。なんか、怖いね。怒ってるみたい。しわくちゃで」
「ゴブリンはもともとああいう顔なのニャ。でも怖いのは顔だけニャ。この森では一番弱い魔物ニャ。猫よりは強いけどニャ。気づいてないみたいだから、遠回りしていこうかニャ」
「待って」
ドングリが引き留める。
「わたし、なんか勝てそうな気がする! 槍で倒してみるね!」
「うーん、大丈夫かニャ?」
と言いながらも、ミケランジェロはドングリを止めようとはしない。
「無理ならすぐ逃げるニャ。ゴブリンから逃げるのは簡単ニャ。弱い魔物だから、逃げるだけならどうとでもなるニャ。一匹だけだしニャ。せっかくだから試してみるといいのニャ。倒すのは難しいかもしれないけどニャ」
「うん! 頑張るよ!」
眉をピッと上げてドングリがうなずく。
槍を構えて「やっ」と、かけ声をあげる。
走りだすと、槍ごとダンッとぶつかった。
ゴブリンが反応する暇もなかった。
バタリと倒れて動かなくなる。
しばらく様子を見て、ドングリが両手を上げて、パタパタと振る。
「わー! ミケちゃん! やったよ! ゴブリンを倒したよ!」
「すごいのニャー! あっという間だったニャ。一撃ニャ。もしかしたら、ドングリは槍を使ったことがあるのかもしれないニャ」
「うん! なんか、身体が覚えてる気がする!」
「ニャー、これは頼りになるニャー! お喋りもできるし、最高の護衛ですニャー!」
「ふふふ、そうでしょー。肉が出てきても、わたしが倒しちゃうよ!」
ふたりは笑いあって、また森を進み始めた。
安心したからか、ペースは速くなっている。
「槍を使ったことがあるなら、ドングリは冒険者だったのかもしれないニャー」
「冒険者?」
「そうニャ。魔物を倒したり、護衛をしたりする仕事の人間ニャ」
「そんな仕事もあるんだね。うーん、冒険者かあ」
「冒険者、冒険者」とつぶやいてみたが、ドングリにはピンとこなかった。
「冒険者は違うかも……」
「そうニャ? そういえば、こんなにちいさい女の子が冒険者をしてるのは、見たことないかニャア?」
「ふーん、冒険者は大人のひとばっかり?」
「だいたいそうニャ。でも男の子もいると思うニャ」
「あっ、じゃあ、猫の冒険者はいる?」
「いることはいるけど、ほとんどいないのニャ」
ミケランジェロは残念そうに首を振る。
「猫は冒険者には向いていないのニャ」
ミケランジェロの頭のてっぺんを見下ろして、「この大きさなら向いてないかも」とドングリはうなずいた。
その後は魔物が出ることもないまま、ふたりは森の外れにたどり着いた。
空を見上げると、明るい。
日が沈むには、まだまだ余裕がありそうだ。
「もう森を出ちゃったのニャ。思ったより早かったのニャ。ドングリのおかげなのニャ」
「えへへ! わたしのおかげ!」
ドングリが胸を張る。
そして、前方を指さした。
「あれがホルスの町?」
「そうニャ。もう見えてきたニャ」
「へえー! おっきいね!」
「そうかニャア? 住んでみるとそんなに大きくないのニャ」
森を抜けると緩やかな丘になっている。
その向こうに、町が見えていた。
正確には、壁だ。
町を囲う黄土色の壁がどこまでも続いていた。
ドングリがつま先立ちになって、首を伸ばし、その壁が途切れるところを探そうとする。
「ねえねえ、端っこが見えないよ? すごいね! どんな町?」
「すぐに着くから焦ることはないのニャ。行けばわかるのニャ」
ミケランジェロにたしなめられてしまった。
さらに歩いていくと、町へと向かう道に合流した。
その先には門。
門の脇には小屋が、中には人影が見えた。
「ね、見て! あそこの小屋の中! 何か生き物がいるよ!」
「あれは門番のひとニャ」
「熊かな? 魔物かな?」
「だから門番のひとニャ」
ふたりが喋りながら近づくと、人影が動いた。
小屋から出てきたその人物を見上げて、ドングリは「わー!」と声をあげてしまった。
熊みたいだったからだ。
人間の見た目をしているが、体格は熊。
肩幅は広いし、腕はドングリの腰回りよりも太いかもしれない。
「黒くてつぶらな瞳も、熊っぽい!」とドングリは思った。
「あっ、ランバスニャ。今日はランバスが警備の日ニャ?」
「おお、ニャンブルヘイムのミケじゃないか。今日は夜まで俺が警備だよ」
ニコニコしながらランバスが言う。
「怖いひとじゃなくて良かった!」とドングリは胸を撫で下ろした。
「おや、こっちのお嬢ちゃんは?」
「ドングリニャ!」
「はじめまして。ドングリ……です」
「ドングリ。変わった名前だね?」
「そうニャア。ドングリはニャーが森の中で見つけたのニャ。記憶喪失で倒れてたニャ」
「記憶喪失か……それは大変だな……」
「そうニャ。家もわからないニャ。お金もないのニャ」
「それじゃあ、住むところはどうするんだい?」
「わっ、どうしよう……!」
言われてみれば、ドングリには住むところのあてがなかった。
お金を持っていないから、宿に泊まることもできない。
記憶も戻っていない。
ドングリの眉が八の字になる。
ミケランジェロが、慌てて言う。
「ニャーがなんとかするニャ。店長に言っておくのニャ! ニャーがドングリの家族も探すのニャ! ドングリは、ニャーが拾ったのニャー!」
「わはは、そうか、ミケが面倒を見てくれるなら安心だな」
ランバスが言って、ドングリの頭を撫でる。
「俺にできることがあったら、何でも言ってくれ。協力する。まあきっと家族もすぐ見つかるさ。なにしろこんなに珍しい名前の女の子は、なかなかいないからな」
「はい! ありがとうございます! ミケちゃんも、ありがとうね!」
「ニャハハ、ドーンとまかせるのニャー!」
三人で笑いあって、わずかに生まれたドングリの不安も吹き飛んだのだった。