猫と思ったらわたしと思ったら猫と思ったらわたしでした!
「記憶喪失か」
クーンが腕を組んで言った。
「ホルスを案内する」と、ローザはアカネの手を引いて出て行ってしまった。
診療所に残っているのは、クーンとガウスだけだ。
「ああ。かわいそうだぜえ。俺たちが助けてやらないといけないぜえ」
「まあ、な」
クーンはあいまいに同意する。
「お嬢ちゃんも記憶喪失だったんだぜえ。魔法が使えて便利ってだけじゃないんだぜえ。魔法使いは体調の管理が大変だぜえ」
「まあな。魔法を全然使わなくても、使いすぎても倒れてしまうというのは大変だろうな」
と言いながら、クーンは落ち着かない様子でひげを撫でる。
「何だぜ? 何が気になるんだぜえ?」
「あの子、アカネがドングリのことを尋ねていただろう。記憶がないと言っていたのに」
「ゴブリンのことは覚えていたんだぜ? そのときに見たドングリがどうなったのか気になるのは、普通のことだぜえ?」
「まあな。そうかもしれん。俺の考えすぎかもしれん。だが、ドングリのことを探っているようで気になってな……。本当に記憶喪失なのか……?」
そう言って、クーンはひげをこすり続けるのだった。
***
「ニャアニャア、聞いてほしいのニャ」
ミケランジェロが、リュックに前足を入れる。
「これ、リュックに入れてたの、忘れてたのニャ。はいニャ」
取り出したのはカチューシャ。
毛皮の切れ端のようなものがふたつ付いている。
「なにこれ?」
「ダンジョンで拾ったのニャ」
「ダンジョン?」とドングリは首をかしげた。
剣を持ったゴブリンのことが頭に浮かぶ。
そのゴブリンがダンジョンマスターだったことも思い出した。
「そう! そういえば、わたしたち、ダンジョンに行ったんだったよね! ミケちゃんは何もしてなかったけどね!」
「それを言わないでほしいのニャ。ニャーも地図を持って案内してたのニャ。あのときこれを見つけて、こっそり拾ってたのニャ。ダンジョンのお宝なのニャ」
「へえ! カチューシャ! 耳みたいなのがついてるね」
ドングリが受け取る。
カチューシャについた毛皮の装飾は、動物の耳のようだった。
「ダンジョンにはこういうものも落ちてるんだね! 特別な効果とかあるのかな?」
とドングリがカチューシャを頭にはめる。
「あっ猫さんニャ。こんにちはですニャ」
「髪の毛巻き込んじゃった。ちょっと外すね」
カチューシャを頭から外したドングリが「えっ?」と周囲を見回す。
「猫さん? 誰かいたの? どこ?」
「あれ、ドングリにゃ?」
「え? うん、わたしだよ?」
と言いながらドングリがカチューシャを頭にはめる。
「あっ、猫さんニャ」
「え? どこだろ?」
「あれ、ドングリニャ?」
「うん? わたしがどうかしたの?」
「あっ、猫さんニャ。さっきから知らない猫とドングリが交互に現れたり消えたりしているのニャ」
「えー? どうしてだろ。どこにいるの? 恥ずかしがり屋の猫なのかな?」
と周囲を見回しながら歩いていくのだった。
***
「あの子の調子はどうだ?」
診療所にやってきたクーンがローザに尋ねる。
「あの子? アカネちゃん? 元気よ。今は町を散歩しているわ」
「記憶は?」
「戻ってないわね……そんなに気にすること? すぐに記憶が戻らないのは仕方ないわよ」
とローザが眉をひそめる
クーンが一緒にやってきたガウスを振り返った。
「……ギルドの情報網で、あの子を照会してもらったぜえ。身元を探してやらないといけないというのもあるしな。アカネという名前の魔法使いはいなかったぜえ。それなりの範囲で確認したが、どこにもいないんだぜえ。ちょっとおかしな話だぜえ」
「偽名か、かなり遠くの町から来たのか、どっちかだ」
「そうだとしても……何か事情があるんでしょう」
「事情があるならなぜ話さない? 話せない事情なのか?」
クーンが気にしているのはそこだった。
話せないのはドングリに危害を加えるつもりだからなのではないのか、と。
「そんなことはないと思うけど……。記憶がないんだから話せないっていうだけでしょ」
「なら、なぜドングリのことを探る? 町で聞きまわっているらしいぞ」
「普通に世間話をしていればドングリちゃんの話にもなるでしょう」
「そうか?」
クーンが首をかしげる。
「なあ、クーン。怪しいと思うのもわからなくはないぜえ。ギルドからの連絡を聞いて、俺もちょっとひっかかってるぜえ。だが、記憶喪失が嘘か本当か、どっちだとしても、しばらく様子を見るしかないぜえ。時間が経てば、記憶が戻るなり、事情を話すなりするかもしれないんだぜえ。魔法使い相手に無理矢理聞き出すなんてできないんだから、待つしかないぜえ」
「まあな」
ガウスの意見にクーンもうなずく。
「お嬢ちゃんをほかの町に向かわせていて良かったんぜえ。おかげで時間が稼げるんだぜえ」
「そうだな。もう少し様子を見るか」
どうにもはっきりとしない状況だ。
いら立って、爪を研ぎたくほどに。
だが、そんなことをしても何も変わらない。
ふうとため息をついて、クーンは気分を切り替えることにした。
思い浮かぶのはドングリたちのことだ。
「そろそろニーラに着いているころだろうか」と考えるのだった。
***
「よし、今日はここまで!」
「そうするニャ! ニャーたちは十分歩いたのニャ!」
「うん! もう暗くなってきたし、テントを張ろう!」
太陽は沈み始めたが、夜には程遠い。
だが、ドングリたちはテントを張り始めてしまったのだった。
毎日この調子だから予定よりも遅れている。
ニーラまでの道のりは、まだ半分を過ぎたところだった。
「このテント、いいよねー! 猫ちゃん!」
組み立てられたテントはアーチ状の骨組みで支えられ、上部には突起がふたつ付いている。
猫の顔の形になっているのだ。
「わかるニャー。手ごろな大きさなのもいいニャ」
とミケランジェロがテントに入っていく。
ドングリもそれに続く。
「こういう狭いところって、いいよねー! 猫はこういうところ好きだよねー!」
「そうニャそうニャ。ドングリも猫の気持ちがわかってきたのニャ」
ドングリはダンジョンで見つけたカチューシャを着けている。
このカチューシャの効果は身に着けている者の姿を猫に変えるというもの。
さんざん猫を探して、ようやくドングリはこの効果に気づいた。
探していた猫は自分だったのだ。
それからすっかり気に入ってしまって、ずっと猫の姿になっているのだった。
「えへへ、このまま本当に猫になっちゃおうかなー!」
「それもいいのニャ。歓迎するのニャ」
足を伸ばして寝転んだドングリに、ミケランジェロが寄りかかる。
テントが狭いから、自然とこうしてくっつくことになるのだ。
「あっ、ねえねえ! ミカン食べよう!」
「賛成ニャ! 食べるのニャ! 寝ころんだまま食べちゃうのニャ!」
「いいね! いつもはちゃんと起きて食べろってクーンさんがうるさいもんね!」
「そうニャ。この機会にニャーたちはやりたい放題やるのニャ!」
「そうしよう!」
こうして寝ころんだままミカンを食べ、皮を投げ散らかすドングリたちは、クーンが心配しているということなど想像もしないのだった。




