行商に行くよ! えっ、それって訛りだったの!?
「さて、ここに呼ばれた理由がわかるか?」
ニャンブルヘイムの5階。
クーンの部屋に、ドングリとミケランジェロは呼び出されていたのだった。
ふたりはそろって首をひねる。
「まったくわかりませんニャ」
「何かあったのかな? 全然心当たりがないよ?」
「よくそんな台詞が言えるな……平気な顔で……」
クーンがノートをぱらぱらとめくる。
「借金だ。お前たちの借金が、合計500万マアルになった」
「借金ニャー? そんなはずないのニャ。このあいだ報奨金をもらったばかりなのニャ」
「うん! 絶対、何かの間違いだよ!」
「何かの間違いだと俺も思いたいさ……。どうしてこんなペースで無駄遣いをできるのか……信じられん」
ふたりは「不思議だね」とうなずきあう。
部屋いっぱいになったお土産や、肉の在庫がなくなってしまったカーネルの店のことは、まったく頭に浮かばないのだった。
「そこでだ、お前たちには行商に行ってもらうことにする。どちらにしろ行ってもらうつもりだったからな。ちょうどいい」
「行商ニャ!? 行くニャ! 行きたいのニャ!」
「うんうん! 行ってきまーす!」
「まて! まずは話を聞け!」
こうして呼び止められたふたりは、クーンの長い説明を聞かされるのだった。
***
「行商かあ! いつもと違う場所に行くのって、ちょっとワクワクするよね!」
「わかるニャア。今回はこれまで行ってなかった町だから、ニャーも楽しみなのニャ」
「そうなんだね!」
行商の準備をしたドングリたちは、森へ来ていた。
クーンに指示された町へ行くには、ここを突っ切っていかなければならない。
「こっちの森は魔物がたくさん出て危ないから、いつもほかの町に行ってたのニャア。でも今日はドングリと一緒だから、大丈夫なのニャ」
「うん! まかせてね!」
ドングリが槍を握りしめた。
今回の行商で向かうのはニーラという町。
普段行き来がないから、情報が少ない。
そこで、商品の相場や町の様子を、しばらく滞在して調査することになっているのだった。
「新規開拓なのニャ! これは大仕事なのニャ……!」
「うん……! おいしい焼き鳥屋さんあるかな……!」
ウキウキした足取りで、ふたりは森を進んでいくのだった。
***
「うーん、全然魔物が出ないね?」
しばらく進んでもゴブリンの一匹も出てくる様子がない。
はじめは警戒していたドングリだったが、だんだん飽きてきていたのだった。
「こっちの森はいろいろいるはずなんニャけどニャ? ダンジョンがなくなって生態が変わったのかニャ?」
「ふーん。でもいつ出てくるかわかんないよね。絶対油断しないからね! ネズミ一匹見逃さないよ!」
「頼もしいニャア」
と会話するふたりの足元で、「ニャーン」という声が聞こえた。
「あ、猫だ!」
白い猫がシッポをぴんと立てて、ふたりを見つめているのだった。
「こんにちはですニャ」
「ニャーン」
「ニャーですか? ニャーたちはニーラに行くところですニャ。どちらまで行くんですかニャ?」
「ニャーン」
「そうなんですニャ。こんなところをひとりで歩いてると危なくないですニャ?」
「ニャーン」
「はい。それじゃあ失礼しますニャ」
猫はシッポをぴんと立てたまま、優雅に歩いていく。
ドングリはしばらくそれを見送って、首をかしげた。
「猫だね?」
「そうニャ。猫ニャ」
「ミケちゃん、猫としゃべってたね?」
「そりゃそうニャ。ニャーも猫ニャ」
「うん……ん? えっ、あの猫鳴いてたよ?」
「鳴いてたって何の話ニャ?」
ミケランジェロはしばらく考えて、「そういうことニャ」とうなずいた。
「鳴いてるんじゃなくて、あれは訛りニャ」
「訛り?」
「猫訛りニャ。けっこう訛ってたから、聞きなれてないひとには『ニャーニャー』鳴いているように聞こえるかもしれないニャ」
「そうなんだ……訛りなんだ……!」
「そうニャ。ニャーもちょっと訛ってるニャ」
「あっ、本当だ!」
「東のほうは訛りがきついらしいからニャ。さっきの猫さんも東から来たのかもしれないニャ」
「そうなんだ……全然知らなかった! そうだ! わたし、久しぶりに自分が記憶喪失だってこと、思い出したよ! だから知らなかったんだ!」
「そういえばそうだったのニャ。ニャーも忘れてたニャ」
としゃべりながら、ふたりは歩いていく。
森を抜けるにはもうしばらくかかりそうだった。
***
「うーん?」
少女がベッドから起き上がり、伸びをする。
寝ていたせいで、黒い髪が飛び跳ねている。
それを両手でギュッと押さえて、パチパチと瞬きをする。
「ようやく起きたんだぜえ。良かったぜえ」
ベッドの横に立つガウスの声に反応して、首をかしげる。
「お嬢ちゃんは魔力の使い過ぎで眠ってたんだぜえ。俺はガウス。名前はなんていうんだぜえ?」
「……アカネ?」
アカネはあいまいに答えて、周囲を見回す。
「ここは診療所だぜえ。記憶がはっきりしないんだぜえ?」
アカネは首をひねったまま、パチパチと瞬きを繰り返す。
「ドングリと一緒だぜえ。記憶喪失だぜえ」
ガウスが振り向いて、ローザとクーンに言う。
ローザがうなずく。
クーンはじっとアカネのことを観察していた。
「ゴブリンのことは覚えてるんだぜえ?」
「おおきなゴブリン?」
「そうだぜえ。アカネが倒してくれたおかげでみんな助かったんだぜえ。感謝してるぜえ」
「うん。おおきなゴブリン……と戦ってた女の子? 大丈夫?」
「ドングリだぜえ? 心配ないぜえ。大丈夫だぜえ」
「そう。ドングリ?」
「戦ってた女の子の名前だぜえ。知り合いだぜえ?」
アカネはパチパチと瞬きをして、首を横に振った。
「自分のことは思い出せるんだぜえ?」
今度もアカネは首を振った。
「そうか……。でも心配することはないぜえ。この診療所でゆっくりしていていいんだぜえ。アカネは俺たちの恩人だからな」
「そうね」とローザが進み出る。
「好きなだけこの診療所にいていいわよ。しばらくすれば記憶も戻るかもしれないし、安心してね」
ローザがアカネの頭をなでると、コクリとうなずく。
クーンはひげをこすりながらその様子を眺めているのだった。