ゴブリンの襲撃! わたしやるよ!
ドングリとガウスの説明を聞いたクーンが、腕を組んだままうなり声をあげる。
「ふーむ、まとめると、ドングリたちはダンジョンマスターの部屋を見つけてきた。ダンジョンは予想以上に大きかったと」
「うん!」
「そうニャア!」
「で、同じタイミングで、ホルス周辺にゴブリンの群れが現れたと」
「そうだぜえ。いきなりゴブリンの群れが襲ってきたんだぜえ」
「ドングリたちが向かったのとは別の入り口からあふれてきたようだな。いま対処しているところだと」
「ああ、とりあえずなんとか抑えてはいるぜえ」
「ゴブリンくらい、わたしとガウスさんなら倒せるんだけど、あっちもこっちも出てきて大変だよ! 追いつかないかも!」
「ニャーも戦おうかニャー! ついにニャーの出番なのかもニャー!」
「ダメだ。お前は黙っておとなしくしてろ」
「ニャア……」
「あふれてくるゴブリンが多くて、放っておくと町に入ってきてしまうと」
すでに町の中に入ってきたゴブリンに襲われて、怪我をした住人も出ているという。
「そして、いくら倒しても止まらないと」
「そうだぜえ。もうだいぶん倒しているのに、どんどん沸いてきて、むしろ増えている気がするぜえ」
ガウスはドングリたちがダンジョンに行っているあいだ、ずっと戦っていたらしい。
「ふむ……ダンジョンマスターがいる限りは沸いてくるのかもな。ほかの町からの応援はどうなんだ? ダンジョンをつぶすための応援を呼んでいたんだろう。早めに来てもらうようにすればいい」
「すぐには来ないぜえ。近くの町には戦力になりそうな冒険者はいなかった。来られる分だけ来てもらうにしても、数日かかると言われたぜえ」
「あっ、はい! はーい!」
とドングリが手を挙げた。
「魔法使いは? 魔法使いのひとに来てもらえばいいんじゃないかな?」
「来るわけないぜえ」
「ふん、こんな田舎の町に貴族がわざわざ来るはずはない」
「そうなんだ」とドングリはくちびるを尖らせた。
「つまり、ダンジョンからあふれてきたゴブリンの群れを、いまこの町にいる人間だけでどうにかしなければならないということか。しかもいつまで沸き続けるかわからないままで」
「そうなるぜえ」
「何日持つ?」
ガウスが人差し指を立てる。
「1日だぜえ」
「?」とドングリが首をかしげる。
「そんなにもたないかな? わたしもいるよ?」
「お嬢ちゃんがきて少しは楽になったが、魔法を使うゴブリンもいるんだぜえ。それにこの数だ。普通の冒険者だけじゃあ抑えきれないぜえ」
「うん。だからわたしとガウスさんがいればいいんじゃない?」
「戦っていれば疲れるし、食事や睡眠なしでずっと戦うというのも無理な話だぜえ。俺とお嬢ちゃんが交代で休んだとしても、そんなに長く戦い続けることはできないぜえ」
「うーん、そうかも」
「ほかの町からの救援もあてにならないしな。じゃあ避難するしかないか」
「……そうなるぜえ」
「1日で町の全員が避難するのは……無理だろうな。ま、仕方ない。わかった。いいだろう。やるだけやってみよう」
クーンが鼻を鳴らして、ガウスの横に並ぶ。
ガウスが「悪いな」という顔で苦笑いを浮かべる。
ドングリが「?」という顔をする。
「ドングリには町の住人の避難の誘導をやってもらおう」
「ああ、避難するにも護衛が必要だぜえ」
「えっ、わたし? えっ? ゴブリンは? どういうこと?」
パチパチとまばたきをして、ドングリがピッと眉を上げた。
「クーンさんとガウスさんは避難しないの?」
「避難するには、誰かが残って時間稼ぎをしないといけないぜえ」
「だから? ガウスさんとクーンさんが残るの?」
「そうなるぜえ」
「一日しかもたないのに?」
「ふん」
「……じゃあ、わたしも残る!」
「ダメだ」
「ダメだぜえ」
「ダメじゃないのー!」
ドングリが地面を足でバンバンと踏み鳴らす。
「いいか? ガウスはギルドマスター。俺はニャンブルヘイムの本店の店長だ。残らなきゃいけない立場だから残るのは当然。お前が残る必要はない」
「それにギリギリまで残ってたら、逃げられなくなるぜえ。逃げるのにも体力はいるんだぜえ」
「じゃあクーンさんとガウスさんも残ってたら危ないじゃない!」
「俺たちはそういう仕事だぜえ」
「わたしも!」
「お前は違う」
「どうしてえー!」
ドングリがバンバンと地面を叩いてうつむく。
と、顔を上げた。
「そうだ、それならいまからダンジョンマスターを倒しに行けばいいんじゃない? 守っているより、攻めちゃえば早いよね!」
ゴブリンが沸くのを止めれば無理に避難することもない。
ガウスとクーンが体を張って時間を稼ぐ必要もない。
ダンジョンマスターを倒してダンジョンをつぶしてしまえばいい。
残ったゴブリンは地道に倒していけばいいだけだ。
ドングリはそう考えたのだった。
「ね、ダンジョンマスターを倒せばいいよね? そうだよね? そうなるね? わたし、いまから行くね?」
「ダメだ。それでうまくいくならいいが、倒せるという保証はない。危険すぎる」
「保証はないから、行ってみるの!」
「ダメだ」
「ダメじゃないのー!」
ドングリがあお向けになってジタバタする。
「だいたい、クーンさんとガウスさんがゴブリンを止められるって保証もないでしょ! 避難が間に合わないかもしれないんだよ!」
「……間に合うように止めるぜえ」
「それなら、ダンジョンマスターを倒しに行ってみてもいいでしょ! どっちにしろわたしは残るんだからね! 残るなら、可能性があることをやったほうがいいでしょー!」
「……しかしだな」
こうして長い時間をかけてドングリを説得しようとして、最後にはガウスとクーンのほうが折れて、ダンジョンマスターを倒しに行ってみてダメだったらドングリは避難の護衛をするということになったのだった。
***
「無理そうなら、すぐに引き返してくるんだぜえ。倒せなくても仕方ないんだぜえ。誰も文句は言わないんだぜえ」
「うん! パパッとやっつけてくるからね! わかってるよー!」
「本当にわかってるんだぜえ……?」
手を振って、ホルスを後にする。
ダンジョンへ向かうのはドングリとミケランジェロ、それにクーン。
ドングリだけに任せるわけにはいかないと、クーンもついてくることになったのだった。
「……なんでこんな無茶なことをする?」
「みんな無事に避難できるとは限らないんでしょ? ほとんどのひとは戦えないんだから、町の外でゴブリンに遭ったら危ないし。クーンさんとガウスさんだって、残ってたら危ないじゃない。ゴブリンの群れを止められるかわからないし。これが一番いいと思ったんだよ!」
「ふん」
「ダンジョンマスターを倒しに行くのが一番危ない」と言っても、ドングリが聞く耳を持たないことはクーンにもわかっていた。
さんざん言い聞かせようとしたのだ。
「それに……民を守るのはわたしの役目……ん?」
「どうした?」
「うんん! なんでもない!」
「わたし、何を言おうとしたんだろ」とドングリは自分の言葉に首をかしげるのだった。
ドングリはホルスの町を振り返った。
町の防衛はガウスと冒険者たち。
ギルドのお姉さんは住民に避難を呼び掛けている。
そのあいだにドングリたちがダンジョンへ行って、ダンジョンマスターを倒す。
これが一番いい解決法のはずだ。
「……まあお前の言うこともわかる。ここまで来てしまったんだしな」
「うん?」
「うまくいけば、たしかに一番犠牲が出なくてすむ方法だ」
「うん! そうだよね!」
「だから無理をしろとは……いや、少し無理をしてもらおうか。勝てないようなら引きずってでも帰るが、もし可能性がありそうなら……なんとかダンジョンマスターを倒してもらいたい」
「うん! もちろん! そのつもりだよ!」
自信満々のドングリとは対照的に、クーンは難しい顔をするのだった。
「まあ俺もいるからな。猫だからたいして戦えないと言っても、一発くらいなら耐えられる。なにかあったらすぐに逃げるんだぞ」
「うん? うん」
クーンの言うことがよくわからずに、ドングリは生返事をする。
「ニャーも! ニャーもいるニャア!」
「お前はおとなしくしてろ」
「ミケちゃんは絶対に後ろにいてね。絶対だよ!」
「ニャアン……」
こうして一行はダンジョンの入り口にたどり着くのだった。
***
「それにしても、あんなにたくさん、ゴブリンはどうしてダンジョンから出てくるんだろうね?」
「ふむ、ダンジョンが十分に大きくなると、魔物がこうしてダンジョンからあふれてくることが、たまにある」
地図を片手にしたミケランジェロの案内で、三人はダンジョンマスターの部屋へ向かっていた。
「ダンジョンは魔物の巣だという説を支持するやつらによると、新しい巣を作るためなんじゃないかという話だ」
「えー、じゃあ放っておいたらダンジョンが増えるんだね? あんまり増えすぎないほうがいいのかな?」
「そうだな。少なくとも町の近くに増えるのは困るな。新しい巣を作るためという話が本当なら、町のほうも心配になるが……」
「あっ、ここニャ! この気持ちの悪い壁の部屋ニャ」
見たことのある、黄色と黒のまだらの壁にたどり着いた。
ふうと息をはき、剣を抜いて構えてみる。
そして、ドングリはピッと眉を上げて、部屋の扉を開けるのだった。




