ダンジョン! わたしのダンジョン! やだあー!
翌日もふたりはギルドへ向かい、訓練場でガウスから剣を習うのだった。
「まずは昨日の復習からだぜえ」
ドングリが木刀を振る。
ひととおり見て、ガウスはうなずいた。
「もう基本的なことはできているんだぜえ。あとは防御だぜえ」
「防御?」
「ああ。防御と言っても、剣を相手の攻撃にぶつける。基本的にはそれだけだぜえ。形だけ覚えればいいぜえ。無理せず、自分の身を守ることを第一に動くんだぜえ」
剣を当てて、跳ね返す。
角度を変えて、受け流す。
反動で体勢を崩さないように足を引いて。
言われたことを、ひとつずつ、ドングリは繰り返す。
ガウスがため息をつく。
「やっぱりお嬢ちゃんは飲み込みがはやいぜえ。信じられないぜえ。才能があるにしても、異常だぜえ」
「もしかしたら、ドングリは記憶がなくなる前に剣を習ってたのかもしれないニャ」
ガウスが納得したように「そうか」とつぶやく。
「そうなんだろうな。だが、それにしても優秀だぜえ」
「えへへ!」
「それじゃあ、最後に俺と戦ってもらうぜえ」
「うん! 頑張るからね!」
ドングリが剣でゴブリン相手に戦えるか、ガウスに見てもらうのだ。
「緊張しなくてもいいぜえ。教えたことができるようになっていれば、ゴブリンには問題なく勝てるぜえ。今回は魔法はなしだぜえ」
「うん! わかった!」
「好きなタイミングで始めるんだぜえ。いつでもいいぜえ」
少し離れて向かい合う。
ドングリが木刀を構える。
スッと足を踏み出して、戦いが始まった。
木刀を振り下ろす。
ガウスに習ったとおり、無駄のない動きだ。
ガウスは落ち着いて、それを避ける。
前後の移動ではない。
片足を後ろに引いて、円を描く動き。
ギリギリの回避だ。
移動していないのだから、ふたりの距離は近いまま。
ドングリの目が大きく開かれる。
反撃。
ガウスの木刀が迫る。
だが、それは見えている。
ドングリが防ぐ。
もう一度。
ガウスが向きを変えて斬りかかる。
これには勢いを殺すよう、斜めに当てる。
後ろに下がりながら、ドングリは次の攻撃も回避する。
距離をとって、仕切り直しだ。
ドングリが攻撃する。
それは、すぐさまガウスの反撃に繋がる。
ギリギリで回避する分、ガウスに有利な間合いになる。
一回攻撃すれば、反撃が二回。
もちろん、反撃には丁寧に防御を。
ドングリも対応はできている。
だが、攻撃が、まるで届いていない。
あしらわれている。
攻めきれない。
ドングリに焦りが生まれる。
追い詰められたわけではない。
なのに、じりじりと、追い詰めらている気分になる。
何度目かの仕切り直しのあと、ドングリの動きが変わった。
腰を落として、勢いよく飛び込む。
ガウスが木刀を握り直して、待ち構える。
攻撃をする――直前。
力を抜いて方向転換。
ドングリはガウスの側面に回り込んだ。
ガウスは冷静に、身体の向きを変える。
ドングリを正面に迎える。
ドングリが木刀を振り下ろす。
これはやはり、ギリギリで避けられる。
身体の向きを変えたせいで、ガウスが窮屈な姿勢になる。
だが、決め手にはならない。
そして、反撃。
下から。
これを防御すると、もう一度下から。
ドングリは後ろに下がって回避を――しなかった。
その場に踏みとどまる。
ガウスの木刀がドングリをかすめる。
乱れた髪が、ほおにかかる。
平然と、ガウスを見つめる。
そして最小限の動きで、木刀を振り下ろす。
カンッ!
ガウスが木刀を弾いて、ふたりの距離は離れた。
「うーん、ダメだったね! 惜しかった!」
「ああ、危なかったぜえ。たいしたもんだぜえ。だが、いまの動きは、教えてないぜえ」
「うん! ガウスさんの動きを見て真似したんだよ! このままじゃあ届かないと思って、イチかバチか、ギリギリの回避をやってみたんだよ!」
「なるほど。イチかバチかだぜえ……?」
ガウスが木刀を静かに下ろす。
「じゃあダメだぜえ。不合格!」
ドングリのダンジョン行きは認められなかった。
***
「あー! あ゛ー! わたしのダンジョン!」
木刀を放り出したドングリは訓練所の床をゴロゴロ転がっていた。
手足をジタバタさせている。
「そんなことをしても、ダンジョン行きはなしだぜえ。勝手にダンジョンに行ったらダメだぜえ。許さないぜえ」
「やだあー! ダメじゃないのー!」
「ダメだぜえ。ダンジョンの戦闘では、命を懸けることになる。これまでと違って距離をとれない戦いだからな。そんな危険なところに、すぐイチかバチかで戦おうとするやつを送り込むわけにはいかないんだぜえ。……おい、聞いているんだぜえ?」
「あ゛ー! ダンジョン行きたいのー!」
ドングリはゴロゴロ転がり、壁に体当たりして、ゴロゴロと戻ってきた。
「子どもか……」
「ガウス、ドングリは子どもなのニャ」
「いや、そうだったぜえ……。強すぎるから忘れていたぜえ」
ガウスは途方に暮れて、駄々をこねるドングリを見つめた。
ドングリはあお向けになり、床をバンバン叩きながら移動していた。
ときおり強く叩きすぎて、ピョンと飛び跳ねている。
そうしながら、「ダンジョン! ダンジョン!」と叫び続けている。
「どうしたらいいんだ、こいつは……」
「ニャーに考えがあるのニャ」
「なんだ?」
ミケランジェロがパチリと目を大きく開く。
耳を立てて、真剣な顔で言う。
「ニャーがいるのニャ」
「うん?」
「ダンジョンに行くときはニャーが一緒なのニャ。ドングリが無理をしそうなら、ニャーが止めるのニャ」
「なるほど……な」
ドングリが、ガバッと立ち上がった。
「わたし、ミケちゃんの言うこと聞くよ! 絶対大丈夫だから! ねえ! ダンジョン、行ってもいいでしょ? ねえ! ねえ! ねえ! ねえ! ねえ!」
「ああ……もう、わかったぜえ!」
面倒くさくなったガウスがうなずく。
「無茶をしたらダメだぜえ」
「うん! わたし、絶対に無茶はしないよ!」
「ミケも、しっかり見てやるんだぜえ」
「もちろんニャ! ニャーに任せるのニャ!」
「じゃあ、ダンジョンに行ってもよし!」
「やったー!」
「やったのニャー!」
「ミケちゃんのおかげだよー!」
飛び上がり、大騒ぎをしながらギルドを出ていくふたりをガウスは見送る。
「あいつら……本当に大丈夫だぜえ……?」
首をひねり、ガウスはつぶやく。
「一応、クーンからもひとこと言っておいてもらったほうが良さそうだぜえ……」
***
「あとは、地図だね!」
「あっ、そうニャ。地図があったのニャ」
「まあ地図なんて、紙と書くものがあれば何とでもなるよね!」
「そうニャそうニャ。何とでもなるのニャ」
無事にダンジョンに行けることになって、ふたりは浮かれていた。
雑貨屋で紙とペンを選び、リュックにしまう。
代金の請求先は、もちろんニャンブルヘイムだ。
「そういえばさ、ミケちゃんは、地図の描き方とかわかるの?」
「ぜーんぜん、わからないニャ!」
「ふふふ、そうだよね!」
「そうニャそうニャ。でもなんとかなるのニャ!」
「うん! もういまからでもすぐにダンジョンに行きたいね!」
「わかるニャー! このまま行ってもいいかもしれないニャ!」
こうして買い物を済ませたふたりはクーンのもとへ向かい、浮かれた気分がなくなり、身体がギチギチになり、瞳に光がなくなるまでダンジョン探索の心構えを聞かされるのだった。




