ダンジョンに行く準備をするよ! 遊んでないよ!
「ふう……これでできあがりか。試作品を作ったものの、どうするかな」
「やっとできたニャー!」
「もう! 待ちくたびれたよ!」
「なんだお前たち!? どこから入ってきた!?」
カーネルの自宅のキッチン。
料理を作っていたカーネルが振り向くと、ミケランジェロとドングリがお行儀よく座っていたのだった。
「いい匂いがしたから、勝手に入ってきたんだよ!」
「お腹が空いたニャー!」
「そんなことしたらダメだろ。ここは人の家だぞ?」
「いいからいいから! 何作ったの?」
「店に出す新商品を試作してたんだが……」
「なるほど、全部わかったニャ。つまり、新商品を作ったものの、食べてくれるお客さんがいないってことニャ? ちょうどいいニャ。ニャーたちがいるニャー!」
「いや、まあ、そうなんだが……」
カーネルが手にした皿には、真っ赤な焼き鳥が載っていた。
「赤いねー!?」
「これな、辛さに挑戦してみた商品なんだ。かなり辛いぞ?」
「辛い焼き鳥? 面白そう! 食べてみたい! わたし、辛いの得意なんだよ!」
「そうか? 本当に辛いぞ?」
カーネルが焼き鳥を渡す。
「絶対平気だよ! いただきまーす! うーん、ん……んむー……」
焼き鳥を口にしたドングリがばたりと倒れる。
「だ、大丈夫ニャ!? ドングリが白目をむいて震えてるニャ!」
「だから言っただろ……。水を飲め」
ドングリがガクガクと震えながら水を飲む。
顔色も真っ白だ。
「うーん、そんなに辛いのかニャア。どれくらい辛いのかニャア。なんだか気になってきたニャア」
「いや、やめとけ。本当に辛いからな。そこに白目をむいてるやつがいるだろ」
「一口だけなら大丈夫だと思うんだけどニャー。気になるからニャーも食べてみるニャ。モグモグ……ニャ……ニャムャア……」
ミケランジェロがばたりと倒れた。
ドングリが水を飲ませる。
「だから言っただろう……。結果がわかってるのに、お前たちはなぜやってしまうんだ……」
「わたし思うんだけど!」
ドングリがピッと眉を上げる。
「面白半分の悪ふざけでこんなに辛くしちゃ、ダメじゃないかな!? 食べ物はオモチャじゃないんだよ!」
「そうニャそうニャ!」
「まあな……。面白半分で食べたお前たちにだけは言われたくないが、ちょっと行き過ぎてたよな……。やっぱりこれはダメだな……」
カーネルが肩を落とす。
「そうニャア。まだ舌がピリピリしてるニャー」
「ねー!」
「悪かったよ」
「でも一回食べたし、もう慣れたんじゃないかと思うニャ。ちょっと食べてたしかめたいニャ」
「わかる! 本当はそんなに辛くないんじゃないかって気がしてくるよね!」
「いやいや、どうしてそんなことを思うんだ……。お前たち、やめておけって……」
カーネルの制止を無視して、パクっと焼き鳥を口にしたミケランジェロとドングリは、揃って白目をむいて倒れるのだった。
「そりゃあ、そうなるだろ……。なぜわかってるのにやるんだ……なんなんだこいつらは……」
ドングリとミケランジェロの熱心な勧めでメニューに加わった激辛焼き鳥は、お客さんのチャレンジ精神をかきたて、のちに人気メニューとなるのだった。
***
「さて、遊んでないで、そろそろちゃんと準備をしないとね!」
「ニャーもそう思っていたのニャ! まずどこへ行くのニャ?」
「うーん、武器屋かな!」
「武器屋ニャ?」
「うん! 槍の代わりになる武器を探さないとね!」
一晩寝て、ドングリはクーンの話の一部を思い出していたのだった。
ミケランジェロの案内で、武器屋へと向かう。
「こんにちは! 武器はありますか?」
「いらっしゃい。おや、ニャンブルヘイムのドングリちゃんだね」
「うん!」
毎日焼き鳥を買いに市場をうろついているおかげで、ドングリはホルスの人たちに顔を覚えられていたのだった。
「ダンジョンで使える武器が欲しいの! 槍じゃなくて!」
「ダンジョンか。狭いから槍を振り回すのは難しいね。そうなると……ここら辺だね」
武器屋の主人が示したのは、剣の飾られている一画。
並んでいるのはナイフというには長いが、長剣というほどには長くないものばかり。
ドングリの肘から手の先ほどの長さの剣だ。
「これはダガーと呼ばれる種類の剣だよ」
「うーん、短いね?」
「狭い場所で振り回すなら、これくらいの長さになるニャ」
「長いと重たいからね。使いこなすのも難しくなるよ」
「なるほど」とドングリはうなずいた。
「そういえば、ドングリは剣を使えるのニャ?」
「どうだろ? わかんない」
武器屋の主人が苦笑いをする。
「そうなると、なおさら短めのやつがいいだろうね。これなんかどうだい?」
「うん! じゃあ、それにする!」
「武器屋さんのおすすめなら間違いないニャ!」
「これ持って、ガウスさんのところに行って、使い方を教えてもらおう!」
「そうするニャ!」
「それがいいだろうね」
「請求は、ニャンブルヘイムにお願いします!」
「はい、毎度あり」
手を振って武器屋を出ると、ドングリたちはギルドへ向かうのだった。
***
「お安い御用だぜえ」
ギルドについたドングリたちはガウスをつかまえた。
剣の使い方を教えて欲しいと頼むと、快く引き受けてくれたのだった。
やはりガウスは剣も使えるらしい。
「ちょっと仕事が行き詰まっていたから、気晴らしにちょうどいいぜえ。それにドングリの実力を一度たしかめておきたかったんだぜえ。もし剣が全然使えなかったら、ダンジョン行きは、なしだぜえ」
「うん! 頑張るよ!」
と訓練場に向かう。
練習用の木刀を渡されて、ドングリはしっかりと握った。
「いいか? 槍と剣では違いは多いぜえ。特に長さだ」
ドングリはうなずいた。
たしかに剣のほうが短い。
「長さが違うとどうなるか、間合いが変わる。間合いが変わると、立ち回りが変わるんだぜえ」
スッと木刀を振って、ガウスが間合いを示してみせる。
「体重を乗せて突いて、距離をとる。槍の間合いならそれでもいいんだぜえ。だが、剣の間合いはもっと近い。体重を乗せて、もし体勢が崩れたら、すぐに反撃されてしまうんだぜえ」
「……うん!」
剣を振ってたしかめながら、ドングリがうなずく。
「だから剣を使うときは、常に反撃されることを頭に入れて、次の動作ができるようにコンパクトに動くのが基本だぜえ」
「うん?」
「つまり、体重を乗せるよりも、移動することを意識する。剣を振る。そして、移動する」
ガウスがブンッと剣を振る。
すぐに移動して、構え直す。
「すぐに次の動作に移る。移れるようにする。そのためには、剣を振ったときに、体勢を崩さないことだぜえ。やってみるんだぜえ。移動して、振って、移動するんだぜえ」
「うん!」
ブンッとドングリが木刀を振った。
「背中が丸まっていると、身体が崩れるんだぜえ」
「ふうんっ!」
「腕の力で振るんじゃないんだぜえ。移動する力を伝えるんだぜえ」
「んー、むん!」
「コンパクトに振るんだぜえ。身体を開かないようにするんだぜえ」
「うん!」
こうしてガウスの修正を受けながら、ドングリは木刀を振り続ける。
「はい、剣を振って移動だぜえ」
「うん!」
「もう一度剣を振って移動」
「うん!」
「もう一度」
「うん!」
しばらくして、休憩となった。
ドングリが額の汗を拭う。
「どうかな? ちょっとわかってきた気がするけど」
「うーん」
とガウスは難しい顔をする。
「いくらなんでも飲み込みが良すぎるぜえ。お嬢ちゃんはかなり筋がいいぜえ」
「ニャハー! ドングリはすごいのニャー!」
「えへへ! まあね!」
近くでピョンピョン飛びはねながら前足を振っていたミケランジェロと喜び合う。
ガウスの仕事もあるので、この日はここまでとなったのだった。
***
市場の人ごみの中を、スタスタとドングリが歩いていく。
隣をミケランジェロがトコトコついていく。
「……ニャア? ドングリ、なんか雰囲気が違うのニャ」
「えへへ! わかる? ガウスさんに剣を教えてもらって、わたし、強くなった気がするんだよね! こういう気分だと、歩き方も変わるよね!」
「わかるニャー! ニャーも見学してたから、強くなってるんじゃないかと思うのニャー!」
「ふふふ、それはないかな」
立ち止まったドングリが、ピッと眉を上げる。
「カーネルさん、焼き鳥ちょうだい!」
「ニャーもニャー!」
「あいよ。50本ずつだね!」
「辛くないやつね!」
こうしてふたりはいつも通り、焼き鳥を買って帰るのだった。
「やっぱり辛いやつも5本ずつね!」
「あいよ!」
「強くなったから、辛いのも大丈夫なのニャー!」
「ねー! 余裕だよね!」
もちろん、ふたりは帰った後白目をむくことになるのだった。




