わたし、ダンジョンに行きたい! 気をつけるから行ってもいい? いいよね?
「ダンジョンだって! ねえねえ! ミケちゃんは行ったことある?」
ダンジョンが見つかって、調査は終了。
ドングリとミケランジェロはやることがなくなったので、家でミカンを食べていたのだった。
「ニャーも行ったことないニャア。やっぱりダンジョンは危ないからニャア」
「そうなんだ。そうだよね」
「魔物がいっぱいだからニャア」
と言いながら、ミケランジェロはミカンをむく。
「でも、ダンジョン専門の冒険者もいるのニャ。ダンジョンの中で珍しいものが拾えることもあるのニャ。お宝ニャ。危険な分、見返りも大きいのニャア。それを狙うのニャア」
「へー! ヒスイとかも落ちてるのかな!」
「そうニャ。きっと、ヒスイよりももっとすごいものも落ちてるのニャ」
「えー! ダンジョンいいねー!」
「危ないけどニャ」
しゃべりながら、ふたりは次々にミカンを口へ運ぶ。
ミカンの皮が、山になっていく。
「ダンジョンをつぶすっていうのは? 埋めるの?」
「埋めてもダメなのニャ。中から土を掘って魔物が出てきちゃうのニャ。だからダンジョンマスターを倒すのニャ。ダンジョンマスターを倒せば、ダンジョンから魔物は生まれなくなるのニャ」
「ダンジョンマスター?」
「そうニャ。ダンジョンの奥にいる、魔物の親玉ニャ」
「ふーん、じゃあ討伐隊って、ダンジョンマスターを倒しに行く人たちを集めるんだね」
「そうニャア」
ミカンの皮の山が崩れそうになった。
ドングリがギュッと押さえて小さくして、横にずらした。
そしてまた山を作り始める。
「ふーん、ダンジョンかあ」
ドングリがポイポイッと口の中にミカンを放り込む。
「ダンジョンニャア」
ミケランジェロもポイポイッとミカンを食べる。
「ダンジョンにはお宝が落ちてるんだねー」
「そうニャア。お宝ニャア」
示し合わせたように、ミカンを食べる手が止まる。
ふたりは顔を見合わせた。
そして、うなずきあうのだった。
***
「ダメだ」
「まだ何も言ってないのニャア」
「そうだよー!」
「言わなくてもわかる。ダメなものはダメだ」
ニャンブルヘイムのクーンの部屋。
ミカンを抱えて現れたドングリたちは、何も言わないうちから、クーンに「ダメだ」と言われてしまったのだった。
「どうせお前たちのことだ。自分たちだけでダンジョンに行ってみたいとか言いだすんだろう」
「そうだよ!」
ドングリがピッと眉を上げる。
「わたし、ゴブリンなら倒せるよ! だからダンジョンに行っても平気!」
「そうニャ! ドングリは、杖のゴブリンが二匹出ても簡単に倒していたのニャア!」
「だとしてもダメだ。ガウスがいま冒険者を集めている。それを待って、一緒に行けばいいだけのことだ。いま自分たちだけでダンジョンに行って、わざわざ危険を冒す必要はない」
「それはそうだけど……でもほかの人と一緒だと、お宝をとられちゃうんだよ! ひとりじめしたいんだよ!」
「そんなあるかどうかわからないもののために、危険を冒す必要はないと言っている」
「危険なのはわかっているニャ!」
ミケランジェロが言った。
バーン! という効果音が聞こえてきそうな顔。
ヒゲをピーンと伸ばして。
いつもと雰囲気が違う。
「ふむ……?」
「何だ? 続きを言ってみろ」というふうに、クーンがミケランジェロを見つめた。
「わかっていても、それでも、お金儲けのために、危険を承知で行動する。それが商売猫じゃないのかニャ? クーンさんも、ニャンブルヘイムの会長さんも、そうやってお金を儲けてきたんじゃないのかニャ? お金儲けのためなら、多少は危ない橋を渡るのも仕方ないのニャ」
「ふむう……」
思い当たることがあるのか、クーンが困った顔でヒゲを撫でる。
「安全な場所で、飼い猫みたいに暮らしているだけじゃあ、一生商売猫にはなれないのニャア。ニャーは立派な商売猫になりたいのニャ。だから危険なことにも挑戦するのニャ。ニャーが商売猫になるチャンスを奪わないでほしいのニャ」
「わたしも! 商売猫になりたいよ!」
ふたりの真剣な顔を見て、クーンがため息をつく。
「なるほどな……。だが……ふむ。わかった……たしかにな。お前たちの言うことももっともだ。だが……ガウスと相談してからだ。ガウスが無理だと判断したら、ダメだ。あいつのほうがダンジョンには詳しいからな」
「わかったニャ! それでいいニャ!」
「うん! クーンさん、ありがとね! 心配してくれて!」
「……まったく、じゃあ、ガウスのところへ行くぞ」
とドングリたちはガウスのところへ向かうのだった。
***
「なるほどな。悪くない話だぜえ」
話を聞いたガウスがうなずいた。
「いまのところ、北の森ではゴブリンしか見つかっていない。ダンジョンの中もおそらく同じ。ゴブリンの住処だと考えられるぜえ。だとすれば、お嬢ちゃんなら戦えるはずだぜえ」
ドングリとミケランジェロが嬉しそうに顔を見合わせる。
「ダンジョンをつぶすには、まず、ダンジョンマスターにたどり着くまでのルートを確保することが大事だぜえ」
「ルート?」
「そうだぜえ。ダンジョンの中には魔物が大量にいる。そいつらを先に倒しておいて、ダンジョンマスターのもとへたどり着くまでの消耗を抑えるんだぜえ。お嬢ちゃんたちがその役目をやってくれたら、ダンジョンマスターの討伐もかなり楽になるぜえ」
「ふむ……」
「やる! わたし、やるよ!」
「やるニャー!」
「正直に言うと、各地のギルドと連絡を取り合っているが、なかなか冒険者が集まってないんだぜえ。だからお嬢ちゃんたちの申し出はありがたいんだぜえ」
「うんうん! わたし、頑張るね!」
ピッと眉を上げて、ドングリはいまにも飛び出しそうだ。
「だが、お願いするのはダンジョンマスターの部屋にたどり着くルートの魔物の退治。そこまでだ。そこから先は、絶対にダメだぜえ」
「そこから先?」
「ああ、ダンジョンマスターと戦うのはダメだぜえ。ダンジョンマスターは、ひとりやふたりで戦うものじゃないんだぜえ。だから討伐隊を集めてるんだぜえ」
ガウスの口調に、ドングリの顔も引き締まる。
「ダンジョンマスターって……どんなの?」
「ダンジョンによって違うんだぜえ。だが、ダンジョンマスターは、ダンジョンの奥の部屋にいるんだぜえ。そこから出てこないから、部屋に入りさえしなければ、大丈夫なんだぜえ」
「わかった。ダンジョンマスターの部屋に入らなければいいんだね!」
「そうだぜえ。見ただけでわかるはずだぜえ。あきらかにほかとは違う、異様な雰囲気がダンジョンマスターの部屋の特徴だぜえ」
「『いよう』だね! わかった!」
ドングリはミケランジェロとうなずきあう。
そして、部屋を飛び出そうとしたところをクーンにつかまった。
首をつままれて、引き戻される。
「待て、まだだ。待て」
「なんでー? はやく行きたいよ!」
「ダンジョンがニャーたちを待っているのニャ!」
「だから待て。お前らこのまま行くつもりか? ちゃんと準備をするんだ。準備をしないでダンジョンに行くことは許さん。最低でも二日、準備に時間をかけること」
「準備?」とふたりは首をかしげる。
「そうだ。たとえば、ドングリ。お前は槍を使っているな?」
「うん! わたし、槍の使い方はなかなかうまいんだよ!」
「知ってるさ。だが、ダンジョンの中だぞ。狭い場所では槍を振り回せない」
「あ……」
「そう言われるとそうだ」という顔で、ドングリがコクリとうなずく。
「代わりの武器が必要だな。それから、ダンジョンの中は迷路のようになっている」
クーンが、今度はミケランジェロに向けて言う。
「あとから来る討伐隊のためにも、地図を作ったほうがいい。自分たちが迷わないためにもな。その地図を作るための道具も、必要だな」
「ニャ……」
「そう言われればそうだ」という顔で、ミケランジェロがコクリとうなずいた。
「ほかにもあるぞ」
クーンが次々に説明していく。
ドングリとミケランジェロは、首をつままれたまま、おとなしくその話を聞くのだった。
***
「長かったねー!」
「本当ニャア。クーンさんは話が長すぎるのニャ」
ようやく話が終わって、解散となったところだった。
「じゃあ、まずは準備をしないとね!」
「そうニャ。ちゃんと準備するのニャ」
「何を準備するんだっけ? ミケちゃん、覚えてる?」
「ニャア? それは……ニャーは覚えてるけどニャー。ドングリはどうなのかニャー?」
「わたし? わたしは……うん……」
ふたりは探るように互いの顔をのぞきこむ。
「えへへ……」
「ニャハハ……」
「焼き鳥、買って帰ろうか」
「それがいいニャ」
こうしてふたりはカーネルの店で焼き鳥を買って、お腹をいっぱいにして、ぐっすり眠るのだった。




