近衛騎士の焦り
アカネは森を走っていた。
騎士の正装である金属鎧はつけていない。
つけているのは、皮の胸当てだけ。
――この胸当ても、脱いでしまおうか。
前傾姿勢で地面を蹴りながら、そんなことを考える。
風の魔法で、アカネの走るスピードは常人よりもはるかに速くなっていた。
森の中を、このスピードで走る。
正気の沙汰ではない。
こんな無茶ができるのは、並外れた反射神経があってこそだ。
少しでも気を抜けば、木に激突してしまう。
それでも、まだ足りなかった。
――いまごろ、どうしているだろう。
行方のわからない、仕えるべき主。
「わたしなら、大丈夫だよ!」
思い浮かぶのは、ピッと眉を上げて、そう宣言する姿。
きっとそう言うのだ。
だが、知っている。
ひとりきりになれば。
眉を八の字にして。
薄い唇をギュッと噛み締めて。
――早く行かなければ。
もう3日。
走り続けて。
宿をとる暇も惜しんで。
進めるだけ進んで。
暗くなれば木の枝の上で休んで。
それでも、まだ見つからない。
ゴブリンの気配がした。
風の魔法で、強引に進行方向を変える。
後ろをとる。
風をまとった剣で、ゴブリンを切り落とす。
一撃だ。
ゴブリン程度に、足を止めることはない。
しばらく進んで、視界のひらけた場所で、アカネは立ち止まった。
さすがに食事をとらない訳にはいかない。
露店で買っておいた煮干しを口に含む。
木に背中をあずけた。
息を整える。
ちいさなバッグから、タリスマンを取り出し、掲げる。
黄昏のタリスマン。
アカネの大切なひとを指し示す魔道具だ。
いくつかの円が、あえてバランスを崩して、重なり合っていた。
静かに待っていると、自然と回転を始める。
だんだんと、ある一点を指し示すようになる。
それが、探している人物のいる方角だ。
反応を確認して、進む方向を修正した。
この魔道具さえあれば、見失うことはない。
だが、どれだけ離れているかはわからない。
いま何をしているのか。
どれだけ不安なのかも。
見知らぬ場所へと、突然吹き飛ばされて。
周りには誰もいなくて、ひとりきり。
急いで行かなければならない。
何かが起きて。
手遅れになってからでは遅いのだから。
自分はそれを防ぐためにいるのだから。
何も起きていないとしても、寂しい思いをさせたくはない。
いますぐに――会いたい。
アカネはさらにスピードを上げて、森を駆け抜けるのだった。