森の調査! みんなにお礼するんだからね! クーンさんは帰ってね!
「ところでお前ら、また森に行ってヒスイを拾ってこようと考えてないか?」
ふたりは黙って顔を見合わせた。
ドングリの眉がピッと上がる。
そして、コクリとうなずいた。
「うん! そうだよ!」
「いや、さすがにダメだろ……。それはわかるだろう……。倒れたばかりじゃないか」
「でもでも、魔法を使えるようになったから大丈夫だよ! 心配ないよ? わたし、強くなったから! ギルドの壁も壊せるし!」
「そうかもしれんが……ダメだ。しばらくは様子をみること。まだ完全に体調が戻ったか、はっきりしないからな」
「えー! ヒスイを拾わないと、借金を返せないよー!」
「借金はすぐに返さなくてもいい。まずは体調を整えることが大事だ。できればもう森には入ってほしくないがな」
ドングリとミケランジェロは「じゃあしょうがないね」とうなずきあう。
「それじゃ、帰るね」
また長い話を聞かされてはたまらない。
ドングリたちはそそくさと部屋をあとにする。
「ちょっと待て。お前ら、これからどこに行くつもりだ?」
「カーネルさんのお店に行って、体力をつけるよー!」
「病み上がりには、焼き鳥が一番だニャー!」
「またあそこか。どれだけ好きなんだ、まったく。借金の返済は急がなくてもいいが、増やしてもいいとは言ってないからな。無駄遣いをするんじゃないぞ。……おーい、聞いているのか?」
聞いていないのだった。
***
翌日から、ドングリは魔法をうまく使いこなすための練習を始めた。
槍を振り、身体の動きを確かめるように、同じ動作を繰り返す。
ミケランジェロも一緒に練習をした。
ピョンピョン飛び跳ねながら前足を振っていた。
しかし、いつまで経っても、ミケランジェロが魔法を使えるようにはならなかった。
ドングリはローザの診察も受けた。
ここでは何の異常も見つからなかった。
うまく余分な魔力を使うことができているようだった。
診察が終わると、ミケランジェロはローザに撫でまわされた。
ミケランジェロは毎回歯をむき出しにして、嫌そうな顔をした。
そしてふたりは、夕方になるとカーネルの店に向かい、焼き鳥をお腹いっぱい食べた。
そうやって、数日が過ぎたのだった。
***
「なんでニャーたち、ここに呼ばれたのかニャー?」
「なんでだろうね?」
「ふん……なんでだろうな」
ドングリとミケランジェロ、それにクーンは、冒険者ギルドに呼び出されたのだった。
「おお、来たか」
ガウスが歯を見せて笑う。
「ちょっと相談があるんだぜえ」
ギルドマスターの部屋へと通される。
クーンの部屋と似た雰囲気の場所だ。
ドングリはミカンが食べたくなった。
「うちの冒険者がふたり、大怪我をして診療所へ運び込まれた」
真剣な表情でガウスが話し始める。
「ふむ……。その話は知っている」
「えー! わたし知らない!」
「ニャーも知らないニャ。大変ニャア。どうして怪我をしたのニャア」
「ゴブリンだぜえ」
「ええっ?」
「ゴブリンニャア?」
ドングリとミケランジェロが揃って首をかしげる。
「新種のゴブリンが、北の森にまた出たんだぜえ。それで冒険者に調査してもらってたんだぜえ。だが、返り討ちにあって大怪我をした。うちのギルドで一番の実力者だったふたり組だぜえ。思ったりよりもやっかいな相手だったみたいだぜえ」
「それで……? なぜ呼び出した?」
クーンが少しイライラした様子で尋ねる。
「お嬢ちゃんに調査の続きをお願いしたいんだぜえ」
ガウスの言った言葉の意味がよくわからず、ドングリとミケランジェロは「?」という顔をした。
「断る」
クーンが代わりに答えた。
「ギルドで一番の実力者が大怪我をする調査だ。協力できるわけない。危険すぎる」
「一番の実力者『だった』ふたり組だぜえ」
また意味がわからず、ドングリたちは首をかしげる。
「お嬢ちゃんは、俺の魔法を使いこなせるようになったぜえ」
「うん! 練習したからね! かなりうまくなったよ!」
「さすがだぜえ。もともと魔法使いの才能があると、やっぱり違うんだぜえ。俺でもギルドの訓練室を壊すなんてことは、できないんだぜえ」
「そうなんだ!?」
「そうだぜえ。だからいまは、お嬢ちゃんが、このギルドで一番の実力者だぜえ」
「えっ!?」
思いがけない言葉にドングリが驚く。
クーンが渋い顔になった。
「お願いだ。北の森の調査に、協力してほしいんだぜえ。ほかに頼めるやつがいないんだぜえ」
ガウスが頭を下げる。
「えっと……」
「ドングリの力を利用しないと、約束したはずだが?」
いまにもうなり声をあげそうな顔で、クーンが言う。
「事情が変わったんだぜえ。北の森に何か異常が起きている。場合によっては、町が魔物に襲われるかもしれない。状況を把握しておかないと、手遅れになるかもしれないんだぜえ」
「ならお前が動けばいい」
「動けるんなら、そうしてるぜえ。ギルドも町の守りも、全部放り出せるなら、すぐにでもそうするぜえ」
「むむ……。それなら応援を呼べば済むことだ」
「呼んでるぜえ。だがホルスは田舎だから、すぐには来ないぜえ。お嬢ちゃんにお願いしたいのは、応援が来るまでの、予備調査だぜえ」
「うむむ……」
「ねえ、クーンさん」
ドングリがピッと眉を上げる。
「わたし、やってみたい!」
「しかしな……」
「わたし、この町に来て、いっぱい、いろんな人にお世話になったから! ミケちゃん、クーンさん、ランバスさん、カーネルさん、ローザさん、ガウスさん! だから、わたしも、お礼をしたい! お世話になってばかりじゃなくて!」
「ふむう……」
クーンの表情が柔らかくなる。
困ったなあというような。
仕方ないなというような。
「わたしで役に立てるなら、協力したい! 絶対に危ないことはしないって、約束するから!」
「クーン、心配しすぎだと思うぜえ。魔法の使えるお嬢ちゃんなら、距離をとって戦えば、めったなことじゃあ怪我をしない。魔法使いのゴブリンにも対抗できる。槍の威力だけなら、俺より強いんだぜえ。それにお願いするのは予備の調査だぜえ。無理はさせないぜえ」
「わかった。……わかった、いいだろう」
「やったー! わたし、がんばるよ!」
「ニャーもがんばるのニャ!」
飛び上がるふたりに、「絶対に無理をするなよ」とクーンは声をかけるのだった。
***
「しかし、本当にあいつらふたりで大丈夫か……?」
ドングリとミケランジェロを見送ったクーンは、ニャンブルヘイムに戻ってきていた。
「クーンさんもついてきたら、お礼にならないからね! クーンさんは仕事をしててね! はやく帰って! 帰ってもらうのは話が長いからじゃないからね!」と追い返されたのだ。
だが、部屋に戻って椅子に座ったとたん、ドングリたちが心配でたまらなくなる。
「子供ができたらこんな気分になるのか……? ふん、実際あいつらは子供だが……」
毛繕いをして、なんとか気分を落ち着かせようとする。
「ミケもついていってはいるが……」
そもそもミケランジェロは頼りになるのか? と首をひねる。
「ドングリひとりで行かせるよりは、ミケもいたほうがいい。だが、あいつだけではやはり不安が残るし……」
どうにも落ち着かない。
ドングリたちが気になって仕方がない。
座っていられない。
ふと足元を見下ろして、ぽっこりと膨らんだお腹が視界に入った。
「よし。こうなったら、いざとなったらいつでも動けるように、俺も鍛え直しておくか」
などと考えてみたりするのだった。