いました! 魔法使い! わたし強くなっちゃった!
「喜べ! 見つけたぞ!」
クーンがミケランジェロの部屋にやってきたとき、ドングリとミケランジェロは、床にミカンの皮を並べているところだった。
「お前ら、何をしてるんだ……? 何かの儀式か?」
「うんん、ミカンをいっぱい食べたから、皮を並べて、おっきなゴブリンの絵を描いてるんだよ!」
「いいところだから、踏まないように気をつけてほしいのニャ!」
「そんなことやってる場合か! お前らは悩んだりしないのか……? 魔法使いが見つからなければ、またいつ魔力酔いで倒れるかわからないんだぞ」
「うん! いま忙しいから、ちょっとこれ終わってからにしてね!」
「ところで何をしに来たのニャ?」
「そうだ。見つかったんだ! 魔法使いだ!」
クーンの言葉に、ようやくふたりは顔を上げるのだった。
***
「で、なんで冒険者ギルドにやってきたのニャ?」
「ここにいるの? そっか! 魔法使いの冒険者がいるんだね!」
「いや、そうじゃない。冒険者の中にも、魔法使いはほとんどいない。ホルスには冒険者は少ないしな。見つけたのはギルドマスターのーー」
とクーンが肉球で指し示す。
「こいつだ」
スキンヘッドのおじさんが歯を見せて笑っていた。
「あ、このあいだの親切なおじさんだ! ドングリです! こんにちは! おじさん、ギルドマスターだったんだね!」
「久しぶりだぜえ。俺はギルドマスターのガウス。魔法使いだってのは、お嬢ちゃんか」
「そうだよ! よろしくね!」
「ああ、魔力酔いで大変だってな。俺で力になれるかはわからないが、協力するぜえ」
「力になれるかはわからないのニャ? 魔法を教えてくれるんじゃないのニャ?」
「俺が使えるのが魔法か、いまいちはっきりしないんだぜえ。貴族の魔法とは違うんだぜえ」
「どういうことなのニャア?」
「俺にはもともと魔法の才能はなかったはずなんだが、冒険者を続けるうちに、魔法のようなものを使えるようになったんだぜえ。そういう冒険者は、たまにいるぜえ」
「才能がなくても魔法が使えるのニャ!? じゃあニャーも使えるかニャ?」
「もしかしたら使えるかもしれないぜえ。俺は10年以上かかったぜえ」
「ニャハー! ニャーも魔法を使ってみたいのニャ! ニャーにも教えてほしいのニャー!」
「いいぜえ。あまり期待せずに、やるだけやってみるんだぜえ。訓練室に行くぜえ」
一行はギルドの訓練室に移動した。
かなり広い部屋で、木の人形がいくつか並んでいる。
「まずはどれくらい戦えるのか見ておきたいんだぜえ」
とドングリに木の棒を渡す。
「訓練用の槍だぜえ。これであの木の人形を突くんだぜえ。特殊な人形だから、壊れることはないぜえ。おもいっきりやっていいぜえ」
「うん! わかった!」
ドングリが木の棒を突き出すと、人形がわずかに揺れた。
「悪くないぜえ。ちゃんと体重が乗ってるぜえ。腕をもう少しこう伸ばして、踏み込むときにこっちの足に意識を向けて――」
ガウスに言われたとおりに身体を動かすと、今度は人形が大きく揺れた。
「そう! なかなか筋がいいぜえ」
「うん! ガウスさんも、教え方の筋がいいよ!」
「お前……。もうちょっとほかの言い方はないのか……」
クーンがあきれる。
ガウスは気にしていない様子で笑っていた。
「冒険者は口の聞き方を知らないやつらばかりだからな。お嬢ちゃんはまだマシなほうだぜえ。どれ、ちょっと貸してみな」
「はい!」
ガウスが訓練用の槍を受けとる。
「槍はこういう使い方もできるぜえ。突くだけじゃあないんだぜえ」
くるりと回転する。
身体の回転に加えて、さらに槍を振り抜く。
振ったのは一度だけ。
なのに、タタンッと数発、人形に当たる。
「すごいニャー! 速すぎて何回当たったか、見えなかったのニャ!」
「うーん、二回かな?」
「四回だぜえ」
「えー!」
目をまるくしているドングリたちに、ガウスがいう。
「そして魔法を使うと……こうだぜえ」
ガウスの姿が一瞬消える。
カンッ! と先ほどよりも高い音が一回、聞こえる。
「えっ……いまのは一回だよね?」
「四回だぜえ」
「うそ!」
「速さと力を、魔法で強化したんだぜえ」
「ニャー! すごいのニャ! ニャーもそれやりたいのニャ! 教えてほしいのニャー!」
「いいぜえ。まずはおへそに意識を集中するんだぜえ」
「おへそ!」
すっかりやる気になったふたりは、ガウスの話を真剣に聞くのだった。
***
ひととおり話を聞き終えたふたりは、それぞれ練習をしていた。
「ニャニャ! ニャニャニャッ!」
ミケランジェロはピョンピョンと飛び跳ねながら、前足を振り回している。
元気よく遊んでいるようにしか見えない。
「むむむ!」
ドングリは眉をピッと上げて、集中していた。
「おへそに意識を集めて……」
まっすぐ立ったまま、おへそに手を当てる。
「温かいものを感じたら、それを全身に広げて」
ふう、と息をはきながら、手をゆっくりとおへそから離す。
「身体の内側に、風船があるイメージ。しっかりとその風船を膨らませて……」
じわりと槍を構える。
「風船と身体を、同時に動かす……!」
トン! と槍を突き出す。
人形が揺れた。
「うーん、変わらない……?」
ドングリが首をかしげる。
「わはは、いくら魔法使いでも、そう簡単には覚えられないと思うぜえ」
「うん! でもなんか、もうちょっとでうまくいきそうな気がするよ!」
「そうか。しばらくここは貸し切りだぜえ。ゆっくり試してみるといいぜえ」
とガウスは離れていき、クーンと何かを話し始める。
難しい話をしている雰囲気だ。
ドングリはまた同じ動作を繰り返すことにした。
「もう少しな気がするんだけどなあ」
教えられたとおりに槍を突き出す。
何度も何度も。
ただ身体を動かすだけ。
次第に余計なことを考えなくなる。
すると、身体の中で、何かがカチリと噛み合った。
足を踏み出す。
背中を押されているように、勢いよく動きだす。
自分の身体なのに、うまく制御できない。
どんどん加速する。
ドングリは繰り返した動作を、自然と再現していた。
猛スピードのなか、槍を突き出す。
ドオン! と音がして、目の前にあったはずの人形はどこかへ消えていた。
正面の壁に、穴が開いていた。
「わあっ! 穴が開いたよ!?」
「……おいおい、こりゃあすごいぜえ」
「ニャー! ドングリ、魔法を使えるようになったのニャー?」
声をかけられ、槍を構えたまま固まっていたドングリが振り返る。
そして、ピッと眉を上げる。
「わたし、何かやっちゃいましたか?」
「やっただろう……。壁に穴が開いてるぞ。お前、なんてことしてくれてるんだ……。弁償だ……」
「えへへ!」
こうしてドングリは、ギルドマスターガウスの魔法を使えるようになったのだった。
***
「というわけでだ。魔力酔いの心配はなくなったとして……」
クーンが大きなノートを広げた。
ドングリたちはニャンブルヘイムに戻ってきたところだった。
壊れた建物のあと片付けを少し手伝って、役に立たないと追い出されてしまったのだ。
「使った分の魔法玉の代金」
さらっとクーンがペンを走らせる。
「ドングリの治療代。ギルドの建物の修理費」
書き上げて、クーンがちょっと難しい顔をする。
「もろもろ全部、これまでの借金とも合わせると、600……いや、500万マアルだな。結構な金額だぞ。ちゃんと払ってもらうからな」
「ニャハー! 記録更新ニャア!」
「ここまで借金ができる猫は、なかなかいないね!」
「ニャーは大物なのニャー!」
「お前たちはまったく……まあ今回は仕方ないが……」
ため息をつくクーンとは対照的に、ドングリたちは何も考えていない笑顔を浮かべるのだった。