プロローグ 姫が吹き飛んでいった。記憶も吹き飛んだ。
姫が吹き飛んでいった。
空に白い軌跡を残して。
***
洗脳され、反旗を翻した自国の兵士たち数百人。
彼らに囲まれ、追い詰められた王族たちがたどり着いたのは魔法研究所の実験室。
そこには偶然にも、研究中の転移魔法の魔方陣があったのだった。
「ちょうどいいものがあったね」
「みんなで転移しよう」
「転移って初めてだね」
「そりゃあ、研究中だからね」
急いで魔方陣を発動させると、研究中のものだけあって暴走し、姫だけがひとり、勢いよく吹き飛んでいったのだった。
どこにいったのかはわからない。
残されたものたちはある程度驚いたが、「あの子なら大丈夫かな」とも思った。
唯一、その姫専属の近衛兵だけが泣き叫んだ。
「転移魔法ってこういうものだっけ?」と誰かが口にしたが、そういうものではなかった。
結局王族たちは秘密の通路を使って脱出したのだった。
吹き飛んだ姫はというと、物理的に吹き飛ぶと同時に記憶も吹き飛んでいた。
魔方陣の暴走ではそういうこともある。
ぐんぐんと吹き飛んで、森の中に落ちて意識を失った。
その後、通りかかった猫に拾われるのを待つことになる。
ここまでの経緯を、本人は知らない。
記憶をなくしたのだから当然だ。
だが、王家の血筋に受け継がれてきた巫女としての特別な才能を、姫も受け継いでいる。
身体を動かすのが好きだったから、さまざまな武術も習得している。
記憶はないが、これらの経験は消えてしまったわけではない。
深刻な事態ではあるが、なんとかなりそうでもあった。