友と過ごした茶会
こちらはあらすじにある通り、魔王と女勇者の共同戦線の番外編です。
一七二八年の春。
フェニス王城の空中庭園で二人の男性が向かい合っていた。
片方は薄い金髪に和やかな碧眼を向けるセオドラ王。
もう一方は腰まで届く白髪に紅の瞳を向ける魔王レオ。
これは友と語り合う二人の王の茶会。
▽ ▽ ▽
「キミが人間界に来てもう二十八年になるか」
三十歳になるセオドラがそんな事を言い出した。
レオは紅茶に一口付け、
「そうか、もうそんなになるか」
魔族にとって二十八年という時間は非常に短く感じるが人間であるセオドラは違う。
人間にとって生涯の半分を終える時間だ。特に平均寿命が五十年余りの彼らにとっては。
寿命の差を改めて認識すると心が痛む。彼とはいずれ別れが来る。
そう柄にもない感情を抱いている、とセオドラは懐かしむ様に語り出した。
「キミがはじめて余の前に現れた時は、怯えもしたがね。同時にキミ達魔族を知りたいとも思ったのだよ」
それははじめて出会った頃の話だ。確かにセオドラは怯えていたが、それは無理も無いと思っていた。
逆に兵士を向け排除に乗り出すかと考えていた矢先に、彼は『キミ達の事を教えてくれ』なんて言い出した。それが今でも不思議で幾ら考えても答えが見つからない。
セオドラの当時の考えをレオは改めて聞くことにした。
「如何してまたそう思ったんだ?」
「キミ達は人間に非常に近い容姿をしているだろう? あぁ、ぬいぐるみ族とペンギン族はかなり遠いけどね」
「単純な知的好奇心だよ。キミ達が何処から来て何を目的に、如何して尋ねたのか。キミは当時は脅しのつもりで『俺達は永い時を生きる長寿だ。魔力も高いぞ』なんて言っていたけどね、余からすればそれこそ好奇心の前には問題にもならなかったんだ」
「知的好奇心か。余所者や違いを嫌う人間にしては珍しいな、お前は」
今までに見て触れて来た人間の中には、長寿である魔族を化け物と認識して排除しようと目論む輩も決して少なくは無かった。
それは理解できない物を前にした当たり前の自己防衛だ。
「社会基盤が整った人間界でセオドラは随分と変わり者だ」
改めて人間の友にそう評すると彼は意外そうな視線を向けていた。
何だ、と言いだけな視線で返すと。
「いや、キミから社会基盤という単語が出るとは思わなくてな」
「……バカにしてるのか?」
確かに魔族の社会とは人間界の社会とは大きく異なるし、劣ってる面も有る。
「冗談だよ。さっきの続きだけどね、キミの放った言葉が理解して欲しい。そう聞こえたから余は対話を選んだんだ。それに恐ろしい魔王なら直接挨拶に来ず真っ先に人間をこの世界から消滅させているだろう?」
「そんなバカな真似をする奴が居るのか?」
「居ないとは限らないだろ」
軽口を叩き合い、互いに紅茶に口を付けた。
「それで……キミの望みは叶いそうか?」
「……難しくは有るが、まだ準備が足りない」
「そうか。我々も協力したいところだけど、魔界には行かないからね」
「あの件は……知らなかったとは言え、本当にすまないと思っている」
フェニスの使者として人間が魔界の門を通った。それを許可したのは紛れもない自分で、同時に魔界の残酷な環境を改めて再認識した事件でも有る。
「いや、キミが気に止む必要は無い。あれは予測も推測もできないことだった。魔界の風が人間界の生物を即死に至らしめるとは誰が予想できようか」
「俺達は普通に過ごせるのにな」
これはもう生物が備える環境適応能力としか言いようがない。
それは元々あの環境以前から生きてきた魔界の生物だからこそ得られた適応能力だ。
「それは世界の恩恵と言えばキミには皮肉に聴こえるかもしれないね」
「そんな事はないさ」
「まあ、でもキミの願いが叶う日が来る事を余は願っているよ」
友として投げ掛けられた願いにレオは、むず痒くも顔を綻ばせた。
「ならば俺は魔族と人間の関係、お前の願いを尊重し願おう」
人間と魔族の共存がいつまでも続くこと。それがセオドラの願いだ。
「民も今の所は魔族に蟠りを抱きながらも受け入れてくれてる。だけど、あのテロリスト集団はいずれ掃除しなければね」
温厚なセオドラが珍しく、無表情で冷徹な眼差しを紅茶に映る波紋に向けていた。
彼は王だ。王として民を護るために研ぎ澄まされた牙を抜くことも有る。
「そういえば、近々バルディアス会議が開かれるな。国家間の戦争を望む連中の掃除には打って付けか」
戦争を望む連中にとって、バルディアス大陸の国家元首が集まる会議は正に狙うべき絶好の機会だ。
モグラの如く地下に身を潜める連中を一気に炙り出すには都合の良い機会とも言える。
「キミを頼りにさせて貰うけど?」
「あくまでも友を護るためだがな」
「相変わらず素直じゃないね、キミは」
「そんな事はないさ」
それが笑い合う二人の王の姿だった。