旅人とリュート
あるところに、王様がいました。
白亜のお城も金銀財宝も、
たくさんの家来や兵隊たちも、
みんなみんな王様のもの。
絶世の美女も黄金のバラも、
望むものはなんでも持っていました。
ある日、王様は風のうわさを聞きました。
「この世のものとは思えないほど美しいリュートを奏でる旅人がいるらしい」
王様はさっそく旅人をお城に招きました。
やってきたのは、
ボロボロの服をまとったみすぼらしい青年でした。
持っているものといえばリュートひとつ。
王様も家臣や兵隊たちもうさんくさく思いました。
「とりあえず、何か一曲弾いてみなさい」
ところが、
いざ演奏が始まるとどうでしょう。
旅人の奏でる音色ひとつで、
城中のひとが聞き惚れてしまいます。
森の小鳥やリスまでがやってきて、
旅人はあっという間に囲まれてしまいました。
王様は、旅人の演奏にとても満足しました。
「この城にとどまれば、望むものはなんでも与えよう」
いいえ、と旅人は答えました。
私の望むものは王様には与えられません、と。
王様はとても腹を立てました。
この世のもので、
王様が手に入らないものは何もなかったからです。
「なんでもいいから、申してみよ」
旅人は望みました。
気ままに旅する時間の自由を。
森の動物たちと戯れる心のぬくもりを。
世界をどこまでも歩いていける健康な体を。
「‥‥大切なものは、このリュートひとつ。あとは何もいりません」
王様はだんだんうらやましくなってきました。
「この金銀財宝と引き換えに、おまえの若さを売ってくれ」
いいえ、と旅人は答えました。
「私の若さはあげられません」
「たくさんの家来や兵隊たちと引き換えに、動物たちと通いあう心を売ってくれ」
いいえ、と旅人は答えました。
「私の心はあげられません」
「絶世の美女や黄金のバラと引き換えに、おまえの健康な体を売ってくれ」
いいえ、と旅人は答えました。
「私の体はあげられません」
何も手に入らないことがわかると、
王様はがっかりして疲れたように言いました。
「それなら、最後にもう一度リュートを弾いておくれ」
旅人はこころよくうなずきました。
それはとても見事な演奏で、
王様も、家来や兵隊たちの心も、
みんなみんな奪われてしまいました。
☆☆
今日もどこかで、
旅人はリュートを奏でます。
王様や兵隊や家来たち、
たくさんのひとの心を乗せて。
何者にもとらわれることなく、
自由気ままに世界を歩いていきます。
音色を奏でるたび、
動物たちと心通わせながら。
持っているものは、リュートひとつ。
それだけで幸せと微笑みながら。
(了)