拒絶と許容
一時はどうなるもんかと思ったが、どうにか粛清官オメガを無力化することに成功した。
『幻惑操作』は五感全てを誤認させるギフトだと門を開く時に言っていたが、まさかこんな使い方までできるなんてな。
……ひょっとして、接触さえしちまえば相手を問答無用で植物状態にできるってことなのか? こえーなオイ。
「お姉さん、大丈夫!? 今すぐ治すからしっかりして!」
「う……」
停止したオメガを眺めている横で、ナナがロナを治療している。
生け捕りするつもりだったからか大した傷は負っていないようで、みるみる回復していくのを見て一安心した。
……体のほうは治療すれば治るが、ロナの精神状態のほうが気になるところだ。
さっきの戦闘中も妙なうわ言を呟いていたり明らかに様子がおかしかったしな。
「う、うあぁああ!!」
「お、お姉さん!?」
とか思いながら様子を見てたら案の定、ロナが急に叫びだして立ち上がった。
おいおい、まだ回復しきってねぇだろうが! そんなふうに動いたらまた傷が開いちまうぞ!
「ロナ、落ち着け! まだ治療は終わってねぇ!」
「ひっ……!」
……?
こっちを見るロナの違和感に、思わず顔をしかめそうになった。
……怯えている?
オレたちに怯えているのか、それともロナにしか分からない事情があるのか知らないが、明らかに何かを怖がっているように見える。
「こ、こないで……!」
「……ロナ?」
「近寄らないで! もう私に関わらないで!!」
「お、おい!」
拒絶の言葉を叫びながら滅茶苦茶に手足を動かし、どこかへ走り去ろうと駆け出してしまった。
だが
「か、はっ……!?」
「バカ! だからまだ治ってねぇって言っただろうが……!」
「う、ううぅっ……!!」
「落ち着いて! すぐに治すから、動いちゃだめだよお姉さん!」
走ろうとしたところで傷が悪化したのか、すぐに倒れこんで蹲りながら痛みに悶えている。
心配そうに声を上げながら、ナナが再び治療しようと駆け寄っていく。
「こ、こないでって、言ってるでしょ……! アンタの治療なんか、必要ないわよ……!」
「そんなわけないでしょう! お姉さん、今の自分の体がどうなってるのか分かってるの!? どう考えても放っておいて治るような傷じゃないよ!」
「うるさい! いいからもうどっか行ってよ!!」
そのナナの治療すら拒絶し、ひたすら駄々をこねるガキみてぇに喚いている。
……だんだん見ていてイライラしてきたが、そもそも何が原因でこんなヒス起こしてやがんだ……?
とりあえず、このままじゃ治療もままならねぇから強硬手段といきますか。
「坊主、ロナを幻惑操作で落ち着かせてやってくれ」
「無理。さっきオメガの脳へ使用した幻惑操作でマジカが切れた」
「な、なんだって……?」
「脳へ直接幻惑の情報を送るのはすごく消費が激しい。ギフト特化の僕でもそう何度も使える技じゃない」
「つーことは、ギフトなしでロナを大人しくさせなきゃならねぇってのか? どうすんだよ、あのバカに暴れた勢いでうっかり殴られたりしたらそれだけ最悪殺されちまうぞ。ほとんど猛獣だなありゃ」
「それでもいい」
「は? お、おい、坊主!?」
ナナに押さえつけられながらもいまだに喚きながら暴れ回っているロナに向かって、坊主が歩み寄っていく。
って、待て待て! だから危ねぇっての!
「お姉さん! そのままじゃ本当に死んじゃうから! お願いだから落ち着いて!」
「離しなさい! 離せっ!」
「……ロナ」
「寄るなっ!!」
「うっ! ……っ!」
「……あっ……!?」
ロナに近付いてきた坊主の顔を、反射的に振り払って引っ叩いてしまった。
叩かれた頬が赤く腫れて、口の中が切れたのか口の端から血がこぼれている。
それを見て、さっきまで暴れ回るばかりだったロナの顔から血の気が引いていくのが分かった。
「あ……あ……! ……ご、ごめん、なさい……! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
坊主の顔を殴った後、急に大人しくなったかと思ったら、何度も謝り続けている。
情緒不安定ってレベルじゃねぇ。赤ん坊並に喜怒哀楽の切り替えが早すぎる。
「ごめん、ごめん、ごめん、リベルタ、ごめん、私のせいで、私のせいで、リベルタが……!」
「……」
「私が、私なんかがいるせいで、私のせいで、いや、だから、もう、私に……!」
「ロナ」
「もう私は、誰とも関わっちゃ、いけな……っ!」
バシィンッ と小気味のいい音が通路に響き渡った。
あろうことか、ロナの横っ面に坊主が勢いよく平手打ちをかましやがったんだ。
「え……?」
「り、リベルタ君……?」
「これでおあいこだよ。だから、もう気にしなくていい」
お、おおう。思わず目が点になっちまった。
まさかあの坊主がロナにビンタをかますとは思いもしなかった。
「ロナ。君が僕たちから離れたいのは分かった。でも、その理由も告げないままどこかへ行こうとしないでほしい。ここにいる皆は、君を迎えに行くためにここまで足を運んだんだから」
「……私は……」
「君が話をしない限り、僕は何があっても離れない。絶対に。……話しても離れないかもしれないけれど」
おい。最後に死ぬほど小さな声でなんか言ったの聞き逃してねぇからな。
坊主がそう言ってからしばらく黙りっぱなしだったが、やがて観念したようにロナが口を開いた。
「……私は、誰とも一緒にいるべきじゃないの」
まるで叱られた子供のように、今にも泣き出しそうな顔のまま、言葉を紡ぎ始めた。
「私が一緒にいるせいで、あなたたちを死なせてしまうから」




