適性試験
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……いつもの癖で間違えて即時投稿しちゃったorz
次回からはAM7:00に一日一投稿で進めてまいります。
私みたいに身寄りがなく拾われてきた人、あるいは家族のために自分の身を売りにきた人たちが、無機質で殺風景な部屋に集まっていた。
全員で100人くらいかな。老若男女問わず、色んな人がいる。
壮年の男性がいた。女の子がいた。老人がいた。私よりもさらに幼い小さな子供がいた。
共通しているのは、全員死んだような目をしていることだ。この間、野垂れ死んでた浮浪者がちょうどこんな感じの目だった。
……多分、私も似たような目をしているんだと思う。
無理もない。
施設に入っていきなりあんな拷問みたいな目に遭わされれば誰だってこうなる。
次はなにをされるのか。自分はどうなるのか。心も身体も、不安と苦痛でいっぱいなんだから。
私が入ってきてからすぐに、中にいた中年の女の職員が私を連れてきた男に声をかけてきた。
「これで全員ですか?」
「ああ、では後のことは頼んだぞ」
それだけ言って、私を連れてきた男はさっさと元の部屋のほうへ帰っていった。
……特に親切にされたわけでもないのに、少し心細く思ってしまった。
「はい。そこのあなた、そちらに」
「……あ゛い」
まだ痛む喉をおして返事をしてから、集まっている人たちのほうへ向かって混ざる。
私が座ったのを確認してから、女が口を開いた。
「はい、職員候補の皆さん、お疲れ様です。私はこの施設の三等研究員、『ジヴィナ』と申します。皆さんが受ける適性試験の担当を務めておりますので、気軽にジヴィナとお呼びください」
女の職員、ジヴィナはにこやかな表情で軽く挨拶をした。
でも、私たちを見る目はどこか冷ややかに見えた。
……まるで、ゴミを漁っている私を遠巻きに見ながら嘲笑っている人たちのように。
「適性試験の前に、まずはこの施設の概要から説明させていただきますね。ここがなんのために、どのようなことをしていて、そしてあなた方がなにをしなければならないのか、よくお聞きください」
そう告げた後にジヴィナが話し始めたのは、このコミュニティの『内側』の状況と、『外』の状況。
そしてこの世界の状況。
大体の内容は頭に入ったけれど、思い出すのも嫌になるほど状況はよくないということだけは分かった。
簡単に説明すると、このコミュニティの寿命はもってあと数年。
食料や燃料なんかの消費量に対し、備蓄されている物資は有限で、安定供給の目途はたっていない。
生産や栽培できる量も限られてる。このあたりの、いや下手したら地表ほとんどの土壌は、充分に食料を生産するだけの栄養が残っていない。
救荒作物として栽培できそうな植物でもあれば話は別だろうけど、もう植物そのものがほとんど生えてないから手に入らないらしい。
その原因は、恐らくだけどコミュニティの外側を徘徊している『異獣』と呼ばれるバケモノたちのせいではないかと言われている。
『異獣』とはなにか?
バケモノ。正体不明で起源不明。
詳しくは分かっていないけれど、こいつらが世界中に出没してから急に土壌が枯れ始めたという記録があるらしい。
土壌の栄養不足による資源の枯渇、残り少ない資源を奪い合っての戦争なんかがあって、いつの間にか世界の人口は激減してしまった。
今では最盛期の1%にも満たない数の人間しか残っていないという有様だ。
『異獣』とはどんな生物なのか?
『動物』に近い外見の生き物だけど、その膂力は並の動物や人間の比じゃないうえに、火を吐いたり目から光線を放ったり明らかに生物学上不自然な能力を備えているらしい。
機関銃なんかの近代兵器を用いれば戦えなくはないけど、生身の人間じゃまず勝ち目はない。
『異獣』はコミュニティに危害を加えたりはしないのか?
稀にだけど、コミュニティの外壁を破ろうとしてくるバケモノが現れることがあって、その度に兵器を用いて追い払ったり仕留めたりしているらしい。
けれど、その兵器に使う弾薬なんかの資源も残り少ない。
早急に兵器に代わる対抗手段を実用化しなければ、いずれ外壁を破られて蹂躙されるだろう。
異獣に関する説明は大体こんな具合だ。
本当はまだまだ話すべきことがあるらしいけど、時間の都合で最初は簡単な説明だけで済まされた。
この施設はその異獣に対抗する研究・実用化を進めるための場所で、今後私たちはここで働くことになるらしい。
その中で、どんな仕事に向いているのかを確認するのが、今から行う適性試験というわけだ。
適性試験は、大きく分けて三つの項目に分かれている。
一つは『身体試験』
そのまんま。身体能力の高さを見る試験。
好成績を出すことができれば、肉体労働専門の職員として登用される。
二つ目は『知能試験』
あの拷問機械のおかげで『知識』は頭の中に詰め込まれているけど、それを上手く使いこなすことができるかどうかをみる試験。
例えば計算能力だと、問題の解きかたは分かっているけどそれを正しく素早く解くことができるかとか、いわゆる地頭の良さをみられる試験だ。
そして三つ目が『適合試験』
ある意味、一番重要な試験とも言えるらしい。
この試験は他と違って、試験を受ける人間の身体そのものを解析するものらしく私たちがなにかする必要はないし、なにかしようとしてもできない。
『適合率』というものを調べられるらしいけど、それがなんなのかはよく分からない。
ジヴィナが言うには、例え他二つの試験の成績が悪くてもこの試験の結果がよければ、即エリートコースへ進めるくらい重要なものらしい。
数日間にわたってこれらの試験は行われて、その結果でどこへ配属されるのか決定される。
身体能力が優れている者は肉体労働・徴兵訓練へ。
知能が優れている者は研究の補佐や雑用へ。
適合試験が優れている者は今後手厚い待遇を受けることができて、立場的にはジヴィナよりも上になるらしい。
そして、三つとも成績が悪かった者は、『最終試験』の会場へ運ばれる。
その内容は、告げられていない。また、その試験で不合格だった場合のことも説明されなかった。
……考え得る限り最悪の結末が待っていると考えたほうがよさそうだ。
「最後に、これからあなた方を管理するための番号を塗布しますので、全員手の甲を上にして待っていてください」
そう言った後、ドアからスタンプのようなものを持った職員が入ってきて、部屋の中の人たちの手の甲に次々と番号を押印していった。
「特殊な染料を使用していますので、専用の溶剤でなければ落ちることはありません。まあ、皮膚ごと剥がしでもすれば話は別ですが」
どこか見下したような微笑みを浮かべながらジヴィナが言う。
多分、これは奴隷の焼き印に似たものなんだと思う。私たちを管理するための識別コードだ。
私の右手の甲には『No.67』の文字が押印された。
……これが、私の名前か。これまでも自分の名前なんかなかったけど、なんとも愛着の湧かない無機質な名前だ。
「番号の塗布は完了しましたね。では、早速試験を開始します。全員、運動場までついてきてください。あ、そうそう、ここの職員の指示には逆らわず素直に従ってくださいね。もしも正当な理由なく逆らったり危害を加えたりした場合は即、処分させていただきますので」
笑顔のままそう言うジヴィナの顔は、まるで悪魔のように見えた。
それからは、なにも考えずにただひたすら試験に集中した。
試験が始まってからは、死に物狂いで身体とペンを動かした。
ここで頑張らなければ、後がない。
これから生きるためには、ここでいい成績を残さなければ。
必死に、反吐を吐きそうになりながらも、できる限りの全力を尽くした。
一日目は身体試験。
100人中、91番目の成績だった。
二日目は知能試験。
100人中、93番目の成績だった。
全力を尽くした結果が、これだった。
私は、頭も身体も優れているところなんてなかった。
考えてみれば、当たり前だ。
餓死寸前まで彷徨っていた身体のどこに、他人より優れた力なんか発揮できる要素があるというのか。
何も考えずに彷徨うだけの生活で、頭を使う機会なんかあるわけがない。
むしろ、私よりも下の人間がいることのほうが驚きだ。
「はい、それぞれの試験で上位10名の方々はこちらへどうぞ。今後働いていただく部署へ案内します」
成績の良かった人たちの番号が呼ばれ、次々と退室していく。
ある人は残った私たちを憐れんだような目で、ある人は申し訳なさそうな目で、そして――――
不意に、誰かに押されて壁に叩きつけられた
「いっ、た……!」
「どけよ、無能」
私を突き飛ばしたのは、運動試験で一番成績の良かった大男だ。
そいつは、明らかにこちらを見下した目で見ながら嘲笑っていた。
「お、まえっ……!」
「おっと、オレはもうここの職員なんだぜ? 職員相手に手ぇ出したらどうなるか聞いてたろ?」
「……っ!」
「No.89、早くついてきなさい」
「ああ、すみませんねぇ。こいつが妬んでるのかオレに突っかかってくるもんだから」
「なっ……!」
「No.67。No.89の行動を無意味に妨げるのはやめなさい。あまり度が過ぎた行動をとれば、処分されますよ」
職員に注意をされて、思わず歯噛みした。
こいつ、この職員は、一部始終を見ていたはずだ。
でも、大男じゃなくて私のほうに警告を出してきた。
この大男は新入りとはいえもう施設の一員。それに対して、私は試験で成績を残せなかった劣等生。
だから、当然の対応だとでもいうのか。……ふざけるなよっ……!
「なにか不満でもあるのですか、No.67」
「い、いえ、………ごめん、なさい……」
……落ち着け。理不尽で不平等なのは、いつものことじゃないか。
でも、この嫌な気持ちは、死んでも忘れてやるもんか……!
今日の試験は終わり。
明日に備えて早く就寝するように言われ、数人単位で部屋に詰め込まれて雑魚寝。
さすがに男女は分かれているけど、狭い。
「う、うぅ……」
しかも私と同じ部屋に詰め込まれた子の一人がすすり泣く声を漏らしていて、うるさくて仕方がない。
寝る時くらいはゆっくり眠らせてほしい。
「……グスッ……もう……おしまい……」
泣いているのは『NO.77』と番号をふられた、10歳くらいの女の子だった。
試験を受けている中ではかなり若いはずの私よりもさらに年下。多分、最年少だと思う。
まだ幼い子が身体試験で好成績を残せるわけがないし、知能試験も私より下みたいだった。
自分よりも下の人間がいることにむなしい優越感を覚えるのと同時に、憐れみを感じてしまった。
……こんな小さな子がただ生きることすら満足にできないなんて、この世界はなんて残酷なんだろう。
「……うぅ……おなか……すいた……ヒック……」
どうやら空腹のようだ。
無理もない。試験中の私たちに配布されるのは、必要最低限の食料に汚い水くらいなものだ。
しかも、この子も私に負けず劣らずガリガリだ。服の上からでもあばら骨が浮かび上がっているのが分かる。
このままだと、次の日の朝には餓死して冷たくなっているかもしれない。
ああ、くそ、私はなにを考えてる。
この子にはなんの想い入れもない。
『コレ』だって、本当に運よく手に入れただけ。また手に入れることなんか恐らく無理だ。
なのに……。
「ううぅ……ふ、うぅっ……」
「……あんた、さっきからうるさい」
ああ、声をかけてしまった。
放っておけばいいだろうに、くそ、くそ。
「あ……ご、ごめん、なさい……グスッ……」
「ウジウジしたって、なにも状況は変わらないわよ。……ほら」
「……え……?」
服の内側に隠しておいた、ブロック状の携行食料を差し出す。
コレは、試験の合間の休憩時間にゴミ箱の中から見つけたものだ。多分、職員の誰かが疲労のあまりか他のゴミと一緒に捨ててしまったものだと思う。
その際に職員に見つかってゴミ漁りはするなと注意を受けたけれど、なんとかコレだけは確保することができた。
……本当は、私が食べるつもりだったのに。
「おいしくはないけど、お腹の足しにはなるでしょ。それ食べたらさっさと寝なさいグズ」
「な、なんで、わたしに……?」
「あんたがうるさくて寝られないからよ。ったく、せっかく見つけたのに……」
愚痴を言いながら携行食料を押し付けて、反対側を向いて寝込んだ。
ああくそ、本当に私はなにをやってるんだ。他人のことなんかの前に私もひもじいだろうが。馬鹿か私は。
「グスッ……あ、ありがとう、ありが、とう、う、うぅぅ~~……!」
「……だからうるさい。静かにしてよ」
携行食料を食べながら、また泣き出してしまった。……子供はすぐ泣くから苦手だ。
この子にこんなことしたって、こっちはなんの得にもならない。
むしろ貴重な食糧を渡してしまった分、損でしかない。大馬鹿か私は。
でも、思えば『ありがとう』なんて言われたのは、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。
なにか食べたわけでもないのに、得体の知れないものがじんわりと身体に満ちていくような錯覚がする。不思議と、悪い気はしない。
……だからどうしたって話だけど。ああ、お腹空いたなぁ……。
お読みいただきありがとうございます。
長々とした説明がワケワカメだという方は
・ここはバケモンの研究施設で、その職員に拾われたよ。
・バケモンの能力ヤバい。めっちゃ力強いし火ぃ吐いたり超能力っぽい力使いおる。ヤバい。超ヤバい。
・その能力を人間に移植して制御するために人体実験してるよ。そのための人材がここに集められた100人の人たちだよ。
これだけ覚えていただければいいかと(雑