ゴミ山から拾われた少女
ストックがあまりないのに見切り発車。
一日一話投稿で、ストックが切れたらしばらく書き溜めてまた毎日更新みたいな感じで投稿していきます。
冷たい、硬い、痛い、ひもじい、喉が乾いた。
……もう何日も、個室という名の牢獄でそんな愚痴を漏らしている。
口で言っても誰も聞いちゃくれないし、喉が渇き過ぎて喋ることすら億劫だから思うだけに留めているけれど。
ついこの間まで、まるで実験動物のような扱いを受けていたことに不満を抱いていたけれど、今の状態を考えるとまだマシだったんだと思う。
与えられていたのは必要最低限の食事と濁った飲み水。ボロボロの服にカビ臭い寝具、そして強制管理されているスケジュールだった。
生きていても楽しみなんてない。なんのために生きているのかすら分からない。つらい、息苦しい、歯痒い。そんな環境。
それでも、生きられるだけマシだった。生きていくには、従うしかなかった。
どんなに蔑まれてもどんなにひどいことをされても偉い人や強い人の言う通りに、従順な犬のように従い続けた。
……その末路が、今の状況。
ただ、それだけの話。
腐った食べ物すら、泥水一滴すら与えられない。
ただ、餓死するのを待つのみの身。
私は『No.67-J』
67番目の、廃棄物だ。
「やだ汚い。あの子、またゴミ漁りしてるわ」
「ああ、あいつか。あんなボロボロじゃどっちがゴミか分かんねぇな、ははっ」
ゴミ山の中から、食べられそうなものや使えそうなものを漁る私を嘲笑う声がする。
いつものことだ。目を合わせると余計な面倒事のタネになるだけだし、無視する。
私は自分のことすらよく知らない。
いつどこで産まれたのかも分からないし、気が付いた時にはこのコミュニティの中でゴミを漁りながらただ毎日生きていくことに必死だった。
コミュニティの中は、ボロボロの建物が並ぶいわゆるバラック街というものらしい。
私にとっては建物なんていうものはボロくて当たり前だった。少なくとも、この施設の中に入れられるまでは。
毎日が空腹なのは、今も昔も変わらない。
頼れる人なんていないし、救いの手を差し伸べてくれる人もいない。
誰もがただ遠巻きに、嘲笑いながらこちらを眺めているだけ。
おなか、すいたなぁ。
なにか、たべられるものはないかなぁ。
なんで、あのひとたちはじゆうにいっぱいたべられるのに、私はたべちゃダメなんだろう。
そんなことばかりが、私がいつも考えていることだった。
そうやって何日か、何か月か、何年かも分からないけど、辛うじて生きてきた。
けどある日、飢えのあまりとうとう行き倒れてしまった。
そのまま餓死して、ゴミ山の中でゴミの仲間入りをするところを、ここの職員に拾われたらしい。
……そのまま死んでいたほうが、長く苦しまずに済んでいたのかもしれないけど。
施設の中で目覚めた私の目に移ったものは、外とはまるで別世界の光景だった。
サビ一つない壁、天井、床、それらにびっしりと敷き詰められている機械の数々。
夢でも見ているような、いや夢でもこんな場所は見たことが――――
いや、ある……?
どこかで、こんな場所を見たことが、ある、気がする。
「ここ、は……?」
「目が覚めたか」
かすれたような声しか出せない私に、誰かが声をかけてきた。
眼鏡をかけた茶色い短髪の、白衣を着た男だ。
「あな、た、は……」
「声を出すな。質問するな。身体を動かすな。いいから黙ってオレの言うことを聞いていろ。でなければ今度こそ死ぬぞ」
表情一つ変えずに、ただ淡々とこちらに言葉を投げかけてくる。
無感情な、でも街の人たちに比べたら冷たくない声で。
「さて、ひとまず決定事項だけ伝えておこう。お前には今後この施設で働いてもらう。頭脳労働か肉体労働か、あるいは実験体となるかはお前の素質次第だ。言っておくが拒否権はないぞ。嫌ならそのまま死んでもらう」
「……じっ……けん……?」
「声を出すなと言っただろう。それとも言葉が理解できないのか? そうだとしても問題ないぞ、必要な知識を頭に直接書き込む設備もある。理解できなくても今はオレの言葉だけを聞いていろ」
「……」
「いい子だ。『黙れ』ができるのなら犬と同等くらいには賢いようだな。ひとまず、今日と明日はなにもせずに寝ていろ」
言っている言葉の意味は、よく分からなかったけど、助けてもらったということは分かった。
いや、違う。助けてもらったんじゃなくて、本当に、ただ、拾われただけだったんだけれども。
私はヒトとしてじゃなくて、奴隷あるいは道具として拾われたんだ。
この施設の、職員候補という道具として。
「ひぎぃぃいいいいいあああああああああっっ!!!!」
しばらく死んだように眠って、目が覚めた後に私を待っていたのは、死ぬんじゃないかって何度も何度も思うほどの地獄だった。
いきなり裸にされて、頭に妙な機械を被せられて、それからしばらくなにがあったのか鮮明に思い出すことができない。
ただ、眩しくて暗くて熱くて冷たくて不快で痛くて痛くて痛くて痛かった、ということだけ覚えている。
「いだいぃ!! いだいいだいぃぃいいいい!!! どめでぇぇえええ!! いやああああっっあああぁぁあああっっ!!!!」
「我慢しろ、これからのお前に必要な処置だ。あと、あまり叫ぶと喉を痛めるぞ。余計な損傷を増やすな」
職員の男性が、無慈悲な言葉を言っているがどうでもいい。耳に入っても意味を理解する余裕なんかない。
あまりの激痛に気が遠くなり、あまりに痛いものだから目を覚まし、あまりの痛みに狂いそうになり、あまりの痛みに正気に戻るのを何度も繰り返した。
そんな悪夢のような機械から解放された時には、体力も気力も尽き果てていた。
裸にされたのは、衣服を汚さないためだったんだと思う。
なにせ終わった時には下半身が粗相でびしょ濡れになっていたし。……最悪。
こんな無駄に理知的な思考ができるようになったのは、目が覚めてからだった。
『必要な知識を頭に直接書き込む設備』っていうのは、あの機械のことだったんだろう。
見たことも聞いたこともないような知識が、頭の中に詰め込まれているのが分かる。
誰に教わるでもなく、ただ知識として知っている。
たしかに、これは必要な処置だったのかもしれない。
でも、あんな思いは二度とごめんだ。
「発狂もしていないし、脳に目立った損傷も無し。準備は整ったようだな」
「……あ゛、い゛……」
「声が枯れているぞ。だから叫ぶなと言っただろうに」
痛む喉で返事をしたら文句を言われた。無茶を言わないでほしい。
あんなの、死んだり狂ったりしなかっただけ上出来だと思う。
「では、これから適性テストに移る。他の奴らと比べて、お前はどうかな?」
「……ほが、の゛……?」
「ああ。他にも何体か拾われてきている。お前のように身寄りのない者や、あるいは家族に配給を受けさせるためにその身を差し出してきた者たちだな」
私以外にも、似たような境遇の人たちがいるのか。
もしかしたら一人で彷徨っていた頃にも見かけていたのかもしれないけれど、他の人間のことなんて気にかけている余裕なんか無かった。
どんな人たちなんだろうか。
私に似ているのか、それともこの男みたいに意地悪なのか。
……考えるだけでも億劫だ。
~~~~~茶短髪こと『ツヴォルフ一等研究員』視点~~~~~
今日、休憩時間に西地区の裏通りに行けば、出会える。そう『視えた』。
実際に足を運んでみると、ガリガリに痩せた銀髪の少女が倒れていた。
この子だ。
この子こそが、キーパーソンだ。
見た目は死にかけの浮浪児にしか見えないが、間違いない。
……さて、どうなることやら。
お読みいただきありがとうございます。