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(9)新体制のはじまり

     ***



 夜が明けると、また別の戦争が始まった。


 国王アントニウス六世 死亡。

 王太子ユリウス 行方不明。

 新郎であった王佐公第4位ティグリス公、死亡。

 列席の王佐公十三家中、11家の当主夫妻計22名、兄弟子息18名姉妹令嬢6名が死亡。

 列席の侯爵家二十家中、15家の当主、14家の当主夫人、兄弟子息18名とその夫人9名、令嬢5名が死亡。

 待機していた貴族たちのうち、6名が、悪魔たちの戯れで死亡。

 国教会枢機卿(実質の国教会トップである)、死亡。

 国教会大主教、2名中1名死亡。

 衛兵18名死亡。



 死亡者合計、実に135名。



 結婚式に出席した者の中での生存者は、王女オクタヴィア、王佐公家の令嬢2名、侯爵家の当主5名(宰相グリトニル・アースガルズ含む)と令嬢3名、国教会大主教1名。つまり、わずか12名。


 この中には一度は死亡したもののレイナートの蘇生魔法によって復活した者も含まれた。



 王位継承権を持つ者がごっそりといなくなっただけではない。

 国の首脳が、機能が、ほぼ壊滅する大災害といえた。



 王族貴族は、領地に城を、王都にもそれぞれ屋敷を持っている。

 まずは、出席した者の王都の屋敷に伝令が走り、さらに領地へと使者が送られていく。


 主人一家をまるごと失ったという知らせを突然聞いた家令や、他家へ嫁いだ娘とその夫などが、憔悴したようすで続々王城へと集まっていた。



 また、中位以下の貴族……伯爵家・子爵家・男爵家の面々もまた王城に引き留められた。

 領地と爵位の継承よりもまずは、国の運営体制を再構築する。

 死者が担っていた役職の後任などをとり急ぎ決めていかねばならない。

 宰相グリトニル・アースガルズほか、かろうじて生き残った重臣たちが中心となって動く。


 その日のうちに、ある程度、臨時の国家体制のかたちがつき、レイナートはいったん国王代行に就任。即位の日も決まった。


 各家の、爵位と当主の座の継承は、王室法と爵位法に基づき、即位後に、レイナートが国王として承認する。

 場合によっては断絶する家も出てくるだろう。

 その場合、領地の再配分が必要となるが、いったんは後回しとされた。



 一方、レグヌム国教会。


 こちらは大陸正教会から二百年前に分裂したものであり、法王は存在しない。名目上の首長は、国王が務める。

 なので、レイナートが即位後、新たな枢機卿(すうききょう)大主教(だいしゅきょう)を(国教会の中での指名にともない)任命することになる。

 皮肉にも、国教会の教えによって首に奴隷の烙印を押されたレイナートが、名目上とはいえ、国教会の長となったのだ。



     ***



「……では、そのようなかたちで進めましょう。……“陛下”、よろしいですね?」



 惨劇から四日後の、王城の大会議室。急ごしらえの枢密会議(すうみつかいぎ)

 宰相グリトニル・アースガルズは、正確にはまだ国王代行であるレイナートに呼びかける。



「いえ。ユリウス王子のことも話しませんか?」



 上座からレイナートが問うと、ぴく、と、神経質に宰相の眉が上がる。



「なにを話すのですか?」


「行方を追う必要があるでしょう。

 仮にもこの国の王子です。

 きちんと裁きを受けるべきですし、放っておけば同様の襲撃をされる可能性も」



 重臣たちが、怯えたように顔を見合わせる。

 多くは、これまでレイナートに対して陰口を叩き、忌み嫌い、嫌がらせをしてきた面々だ。

 その相手が国王代行に就任し、どのような復讐が待っているかと露骨におびえ、戦々恐々としている。

 レイナートは続けた。



「逃走時、悪魔と思しきモンスターの手を借りていたことが気になります。もしユリウス王子が人外の勢力と手を組んでいたのならば、今後かなりの脅威に」


「脅威だとして、誰が何をするんですか?」



 肩をいからせ、国王代行の言葉をさえぎる宰相。

 この人物だけは、開き直ったのか、ずっとレイナートに攻撃的だ。



「そんな人手がどこにおありだと!?」


「中央に人手が足りないなら、俺の手の者に調査を」


「余計なことをしないでください!!」



 即、矛盾した答えが返ってきた。



「よろしいですか!? 陛下。あなた様はカバルスしかご存じではない。何も国政についてわからないうちは、余計な首を突っ込まないでください!」 


「……………未知の脅威については、わからないのは宰相も俺も同じでは? 皆様はいかがですか?」



 うつむく新米大臣たちは、どちらも怖くて味方ができない。言葉を発することもできない。

 再び宰相が無理やり会議を終わらせるのだった。



     ***



「お疲れさまでした! 茶番に付き合うのは大変ですね!」



 枢密会議終了後。

 レイナートが王城の広い廊下を速足で歩いていると、会議の末席にいたベルセルカが、後ろから追いかけて声をかける。

 今日は2人とも甲冑(かっちゅう)ではない。

 ベルセルカは、厚い生地で詰め襟の軍服風ドレスに、髪をハーフアップに結い上げ。

 レイナートはといえば、バシレウス家の紋章が入った、王族の正装を身につけている。



「……まぁ、皆、急に主を失った上に、いきなり俺が国王だからな」


「うちの兄を除いた皆さんは、挙動不審でしたね。

 あんなに不安がるのなら、レイナートさまに嫌がらせなんかしなければよかったのに!」



 相変わらずベルセルカは容赦ない。



「まぁ、たぶん本音はきっと、単純な嫉妬だと思いますけど。

 カバルスは豊かですし、レイナートさまは強いですから」


「嫉妬ね」



 領土や戦闘力についてはどうかわからない。

 が、王国随一の美少女を毎回戦場に連れていっていることについては、ベルセルカに求婚していた男たちからよく嫌味や非難を食らったものだ。今回ごっそりといなくなってしまったが。



「そういえばあの(ドラゴン)は、あれ以来行方不明みたいですね。

 今回取り戻した領土はどうされますか?」


「しばらくカバルス軍をつけておく。

 同時に傭兵たちの中から常駐兵として正規雇用できる者を探す」


「了解です。

 じゃ、私、お(とも)します!」


「いや、今日、早朝に転移魔法で行ってきて指示は出した。

 あと今日のうちに、カバルスにも帰って…」


「じゃあ、カバルスのほうにお(とも)します!」


「……ベルセルカ、楽しそうだな」


「ええ! 私史上かつてないほど、ざまぁ見ろ感でいっぱいです」



 すれ違う者がいないのをいいことに、レイナートの周りをくるくる回り、スカートをゆらしながら、ベルセルカは話し続ける。


 ドレスのスカートの前部分はすっきりと、ヒップにふんわりと膨らみを持たせたシルエット。

 アースガルズ家専属仕立て師の技術の粋を尽くしたこのドレスは、見た目の優雅さにかかわらずとても動きやすく、ベルセルカのお気に入りだそうだ。



「だって、レイナートさまが国王陛下ですよ!

 みんな、ちょっと血がどうとか転生がどうとか、難癖つけて、レイナートさまに無理難題ばっかり。

 そんなおエラい皆さまがごっそり死んだうえ、生き残った面々も、これからずっと後悔して生きていくんだなと思ったら、溜飲(りゅういん)が下がりまくりです!」


「ベルセルカ」


「ん、なんです?」



 近づけてきた少女の美しい顔。

 その可憐な(ように見える)口元に、ぺたりと、骨ばった指の長い大きな手がかぶさった。



「……………?」


「おまえがそういう性質(たち)なことは承知で一緒にいるし、俺はそれに何度も救われてる。ただ」


 言葉を切る。


「3年前に俺が家を継いだとき、ラットゥス公爵には、領地の経営や王城のしきたりについていろいろ教えていただいた。

 今回の戦役はラットゥス北部だったろ?

 ラットゥス公からは出陣できない詫びと、隣国に奪われた民たちをどうぞよろしくと、何度も頼まれた」


「……………」


「王佐公第七位アングイス公爵は、うちと領地が隣り合っている。

 治水にしろ治安維持にしろ、俺がこどもの頃から、カバルスは何度も助けていただいた。

 亡くなられたことを、俺は、悲しく思っている」


「……ひふへいいはひはひた(失礼いたしました)」


「それだけ覚えていてくれればいい」



 レイナートは、ベルセルカの小さな顔から手を外した。



「それと」


「それと?」


「正直な感想を言えば、『突然重責を押しつけてきやがってこの野郎。ほかに、明らかに一番ふさわしい人間がいるだろうが』となる」



 ガクっ、とベルセルカが体勢を崩す。

 レイナートの腕にぶら下がるように体重をかけ、苦笑いで国王代行の顔を見上げる。



「一国の王の地位を得て、それ言います?」


「……もう言わない」



 もー、と笑いながら、ベルセルカはレイナートの背をぺしぺし(たた)いた。



「で、どちらに向かわれてます?

 お部屋は、通りすぎられましたよ?」


「一昨日、オクタヴィアが目を覚ました」


「王女様が? 聞いていませんでしたが、それはよかったですね!」


「おまえ、存在忘れてただろ」


「ええ、ちょっと」



 今度はレイナートは拳をつくり、コツンとベルセルカのこめかみをこづいた。いたいです!、とベルセルカはぎゅっと眉を寄せて抗議した。



「最初は意識が混濁していたようだが、ようやく落ち着いたようで。それで挨拶をしたいと」



 その言葉の終わりに、ちょうど王女の部屋の前についた。

 レイナートは、すう、と息を吸い込む。



「カバルス公爵、臨時国王代行、レイナート・バシレウスにございます。

 恐れながらオクタヴィア王女殿下おめざめとうかがい、ご尊顔を拝したく参りました」




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