(2)王妃問題再び
「なんで、カルネに渡した鏡が…!?」
廊下に出て、ベルセルカは髪留めをはずす。さらりと長い髪が肩に散った。
鏡のように磨かれた、銀の髪留め。
『おい、聞こえてんのか、ベルセルカ!!』
魔道具であるそれから響く、がなりたてているその声は、絶賛家出中の、ドラコ公爵家のドレイク・カタラクティスのものだ。。。たぶん。
「あの? ……ドレイク、ですよね?
いったい、何が……?」
「待て、ベル」
いつの間に追ってきていたのか。
レイナートが、ベルセルカのドレスの腕をつかむ。そして。
「!!」
そのまま、見慣れた国王の執務室まで〈転移〉した。
「レイナートさま?」
「ドレイクの出奔についてはまだ伏せてる。
通信はここでしてくれ。
俺は一度枢密会議に戻る」
「は、はい!!」
ベルセルカが返事するなり、レイナートは再び転移魔法で姿を消した。
執務室の長椅子に腰かけると、彼女は、手に握りしめた髪留めの、メインの宝石飾りをカチャリと外した。
すると、その下から、超小型の丸い鏡が現れる。
そこから、ふわっとひとのかたちの光がのぼる……。
人形のような大きさで、座り込んだドレイクと、その膝に寄り添うカルネの姿が映し出された。
カルネは気を失っているのか眠り込んでいるのか、目を閉じている。
「いったい、なんでドレイクがカルネといるんです?」
『知り合ったんだよ、たまたま。
シーミアのモンスター討伐の仕事にコイツが応募してたから、こどもがそんな仕事にいったら死ぬぞっつったら、その』
「あ、泣かしたんですね?」
『殺すぞ!!!
勝手に泣きやがったんだよ!!!』
「そういえば、先に、レイナートさまと私に言うことありますよね?」
『はぁ? 何が?』
「……あ、なるほど。
『迷惑をかけてごめんなさい』という言葉が脳内辞書にないほどドレイクがおバカなことを忘れていました」
『おいテメエ!!
……いや。悪かったから、助けてくれ、頼む!!』
ドレイク・カタラクティス。
レイナートと同い年の18歳。
亡きドラコ公爵の甥で、かつ養子であり、本来ならばドラコ公爵を継ぐべき立場の男だ。
しかし、『公爵と血がつながった姉がいるのに、なぜ男だからという理由で自分が継がなくてはならないのか』という動機で、ただいま再び家出をしている。
「何があったんです?
シーミアは、3年前、内紛をおさめるのと外部からの干渉を封じるために私も向かった土地です」
『初陣のたった一回で“千人殺し”のあだ名がついた土地だってな』
「……ドレイク?」
『頼むから、すぐ、とにかく最速で来てくれ!!
――――あいつらは、おまえを呼んでいるんだ』
◇ ◇ ◇
一方、枢密会議。
国王の途中退出に非難が集まりつつも、レイナートが戻ってきたら会議はどうにか再開。
集中力を欠いてしまったレイナートを、さりげなくオクタヴィアが主導して、気が付けば話はさくさくとまとまり始め。
4か月にわたる議論に、決着がついた。
「…………では、公爵位の継承は、先ほどまとまったかたちで。
侯爵位については、原則現行法での継承に、一部、臨時で女侯爵位を加えるかたちで進めます」
(オクタヴィア一人入っただけで、この早さか)
思わずレイナートは、心中、ため息をつく。
もしかするとオクタヴィアはこの会議だけではなく、事前にしっかり根回しなどもしていたのかもしれない。
枢密会議の出席者がそれぞれどこまでなら妥協できるのかを読みきったのかもしれない。
……もう少し自分も、うまく立ち回らなくては。
とにかく枢密会議も終わったのだから、執務室へ戻ろう。
そう考えたところに。
「おそれながら、先ほど挙がりかけました議題なのですが」
挙手もせずいきなり起立しながら、新大臣の一人が言う。
「――――陛下におかれましては、一日も早いご結婚をと」
「いま会議は終わるところだが」
「おそれながら!!
王佐公爵家の問題とて、本来であれば、いまの国王陛下のお子に継承させるべきではないでしょうか!!!」
逃さずここぞとばかりに、大臣は強調する。
「そうですな。
王佐公とは本来、王の庶子を祖とする家。
すなわち、より、いまの国王陛下と血が濃いほど望ましい」
「一理ありますな……」
宰相が目を剥き、財務大臣が期待に満ちた目をする。
「ならば、不幸にして“血の結婚式”で大勢のご令嬢が亡くなられたために、国内での候補はもはや絞られておりますな。
オクタヴィア王女殿下、王佐公爵家ご令嬢メサイア・カタラクティス様、同じくアスクレピア・ロッド様、侯爵令嬢エレナ・オストラコン様、同じくベルセルカ・アースガルズ様……」
「ベルセルカは駄目だ!!」
宰相が、声を荒らげた。
立場を考えれば当然妹を推すべき場だ。
出席者たちのうち“血の結婚式”以来の新参の者たちは意外そうな目を向けた。
しかし、宰相と妹の間の因縁を知る古参の者たちは……ある種、野次馬のような、面白がっているような表情を浮かべる。
「……失礼、我が妹ベルセルカは、とても王妃のような大任を果たせぬ未熟者にて、候補より、どうぞ未来永劫お外し願いたく。
ムステーラ侯爵家当主として、お願い申し上げます」
貴族の結婚とは、その家の当主同士の合意である。
もし仮にベルセルカが誰かの求婚を受けたとしても、当主である宰相グリトニル・アースガルズがそれを認めなければ、結婚はできない。
―――それが国王であったとしても。
では、宰相がベルセルカの意思を無視して勝手に結婚を決めてしまえるのか?
否。
貴族の結婚は、最終的に国王の承認が必要なのだ。
すなわち、レイナートの承認が。
露骨に敵意むき出しの顔をする宰相と、無表情を装いながら静かに眉をひきつらせる国王。
しばし、2者はにらみあった。
◇ ◇ ◇
……その後意外と
「ではオクタヴィア王女殿下とのご結婚は? いかがですか?」
と粘られ、会議は無駄に時間を食ってしまった。
相当不安なのか、ここぞとばかり、食い下がる食い下がる。
国王の結婚もまた、決してプライベートなものとしては扱われない。
むしろ非常に重要な政策のひとつと見なされる。
……でも、どうせ国民には『仲むつまじい夫婦』『理想的な家庭』を演じてみせろというのだから、だったらせめて元々愛している相手を選ばせてほしいものだ。
どうにか「不確定要素がまだ多いので後日」と言って逃れたレイナートは、国王の執務室へ急いだ。
……すっかり、ベルセルカを待たせてしまった。
それにしても、ドレイクは、いったい何の用でベルセルカに?
(いや、……ベルセルカは、ドレイクに連絡手段を持たせていたのか?)
それはレイナートも知らなかった。
一瞬もやもやするものを覚えながら、ドアを開く。
「すまん、ベル。遅くなった。
――――ベルセルカ?」
執務室の中には、彼女の姿はどこにもなかった。
◇ ◇ ◇




