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(8)国王、残機1




「!!!」



 ユリウスの剣がレイナートの心臓を狙う。

 金属の甲冑をやすやすと貫通させられる魔撃刺突。スレスレで〈転移〉でかわす。


 〈転移〉した先はユリウスの背後、頭ほどの高さの位置。


 落ちながら回転して、その銀髪の後頭部に重力込みの後ろ回し蹴りを食らわした。



 食らったユリウスは倒れ込みながら器用にレイナートの足を斬る。

 太ももの装甲があっさりと断たれ、血が飛び散る。

 機動力の(かなめ)に一太刀入れられ、思わず、レイナートは地面に膝をついた。



「待―――」



 そのままこちらに背を向けたユリウスの眼前に、レイナートは剣を〈転移〉させた。



「!!!?」



 面食らったらしいユリウスが剣を打ち払う。

 その隙にレイナートは、渾身の力で地面を蹴った。

 ユリウスの背中に跳びかかり、首に腕を回し、後ろから羽交い締めに。そのまま、痛みをこらえて足を(たこ)のように絡めて倒し、地面に押さえ込んだ。


 首を絞めながら、顔をぐいとあげさせた。どうにか自分の全体重でユリウスの体を押さえ続けながら、耳元で、感情が高ぶるのを押さえながら告げる。



「ユリウス王太子殿下―――不敬ながら、国王陛下の殺害、王族・貴族の大量殺人の(とが)により拘束させていただきます。

 いったいご自分が何をされたか、おわかりですか?」


「……んー。さすがに、“跳ね馬”は戻りが速いなぁ」


「ご質問にお答えを!」



 ぐっと、ユリウスの喉を締め上げる。



「国王陛下、王佐公、ご夫人、ご子息にご息女、列席されている皆々様にそのご家族、いったい何人の命を奪ったのか、おわかりですかと聞いています!!」



 叫びながら、どうか、何者かに操られたか何かであってほしいと願った。でも違うのは頭のどこかでわかっていた。ふたりの戦闘力はほぼ互角で、しかし最近はレイナートが上回る。ユリウスが誰かに操られていたのなら、レイナートとここまで闘えたはずがなかった。



「……ノールトから、一気に戻っては来れないもんねぇ…

 転移を繰り返して、ちからワザで戻ってきたって感じかなぁ?

 ただ、ちょっと……つかれてる?」



 首を絞め上げても、いつものように、ふわふわとつかみどころのない声色で、口調はあくまで軽い。

 心までも、あるのかないのかわからない。

 こちらの言葉も思いも伝わっているのかわからない。



「殿下!!」


「聞いてよ」



 驚くべきことに、しゅるり、とユリウスの体が服ごと気化した。

 レイナートの腕と体をすり抜け、少し離れたところで再び、実体化する。



「そんなこわい顔しないでよ、レイナート。

 キミがすごいって、ほめているんだから」



 柔らかい物言いと言えばそうなのかもしれない。だけど。



(王族貴族を無差別に殺したあとに、うすら笑いで言うことか?)



 レイナートの背筋に冷たいものが走る。


 遠く、衛兵たちが駆けつけてきている。

 視界の端に、見覚えがある大臣が見えた。他にも逃げて隠れていた者がいたのか。

 しかし、まるで動じた様子もなく、美貌の王子は、ふわっと宙に浮く。



「!!!」



 今度は空か?

 舞い上がり、小宮殿の上に着地したユリウス。レイナートは地面に落ちていた剣を拾う。



 しかし。――唐突に、王城の中に、雨交じりの激しい風が吹き始めた。

 嵐? 竜巻? ユリウスを中心にふきあれる風。

 おかしなことに風に色がついている。黒い風だ。まるで闇が生き物のように走りながら、ユリウスを守っているように…。


 否。それらは、次第に空中で実体を成していく。

 大きな生き物のかたちに。

 牛や、ニワトリや、様々な動物の頭にコウモリのような翼と鈍く輝く鋭い爪をもった、十数匹の黒い魔物たちへと。



(……悪魔!?)



 彼らは一斉に、甲高い耳障りな笑い声をあげた。


 先の割れた奇妙な槍を振り回し、王城の窓を砕き、悪魔たちが暴れまわる。

 衛兵たちが逃げ惑い、刺し貫かれる。

 建物の中で、どうやら結婚式が終わるのを待っていたらしい貴族たちの悲鳴が聞こえる。

 数匹が、崩れ落ちた大聖堂の中に入る。

 生存者もいないよう殺す気なのか。



「なん、ですか、これはぁ!!!」



 レイナートを追ってきた騎兵たちが、ようやく追いついてきた。


 カバルス軍は、魔弓騎兵隊はもちろん剣闘騎兵隊のほうも、弓は相当叩き込まれており、馬上でも地面の上と変わらない精度で矢を射る。

 レマを含む8人の騎兵たちは、馬を止めずに弓をかまえ、次々に射始めた。

 一矢たりとも外れることなく、次々に悪魔たちに突き立っていく。

 だが、魔法がかかった矢を受けてさえ何らダメージはないとばかりに、彼らはせせら笑う。


 悪魔たちが、逆に騎兵たちに襲いかかろうとする。まずい!!



「――――〈死神の鎌(ファルクス・モリス)十五撃(クウィンデキム)〉!!」



 レイナートが両の手を交差させる。

 “聖王級”武具魔法――――全身の魔力を一気に集中させたその細い背から、人間よりも大きな光の大鎌が、同時に十幾つもはなたれた。


 鎌が回転しながら宙を飛び、不規則な軌道で、悪魔たちの首をザクリザクリと()ねていく。




「はッ! さすがレイナート……と言いたいところだけど……」



 ユリウスは同情するような目を向けてくる。

 ぐらり、と視界がゆがみ、レイナートは地面にひざをついた。

 目に映る世界が次第に暗くなる。力が入らない、立てない。



「魔力切れか。ざーんねん。

 ……僕と戦う力、残しておいてくれなかったの?」



 黒い風がまた巻き起こる。

 それはユリウスのそばで実体化した。


 まがまがしくも美しい大きな翼に、黒い体毛と黒いドレスに包まれた、魅惑的な体の見目麗しい女悪魔が現れる。


 その女悪魔が、レイナートに、鋭い爪が長く伸びた手を、向けた。

 暗雲のような魔力の塊が、手のひらの先で膨らんでいく。



 馬上のレマが獣の声で吠えるなり、服を引き裂いて馬よりも大きな狼に変化した。

 牙をむいた狼が凄まじいジャンプ力で、女悪魔に襲いかかる。

 しかし女悪魔は空いた手で、狼の鼻づらをはたく。

 それだけで狼の巨体は、弾き飛ばされて落とされた。

 

 女悪魔は、ふっと息を吸った。



 ――――その時。



 さらに強い風が、悪魔も含めた全員の髪を乱す。


 唐突に落ちてきた雷が女悪魔の頭から全身を焦がした。

 悲鳴を上げる女悪魔。



「おや? (ドラゴン)?」



 ユリウスが、間の抜けた声を上げる。

 レイナートは天を見上げる。王城の上に、厚い雲が止まっている。

 その雲の切れ目から、見覚えのある黒い(ドラゴン)の顔が見えた。

 その眼は、眠っていない。

 ぱっきりと開き、レイナートを見つめている。



「ふうん、隅に置けないねぇレイ。

 いつの間に(ドラゴン)なんてモノにしたのさ」


「――――あの、竜は………たまたま今日、戦っただけで…」


「殺さずに命を助けたら、恩返しにやってきましたってやつ?

 ほんとにそんなことあるんだ! モテる男はちがうねー」



 うずくまるレイナートを見下ろしながら、クスクスと笑うユリウス。

 王子の言葉どおり、さきほどの隙に、あるじの周りを騎兵たちがぴっちりと囲んでいた。

 狼の体を維持できず裸のまま人間の体に戻りつつあるレマでさえ、満身創痍なのもかまわず武器をかまえ、ユリウスたちをにらみつけている。


 やがて、焦げた体と腕を再生させた女悪魔は、再びレイナートたちにむけて手を伸ばした。

 しかし。



「やっぱダメ。レイナートは生かしておいて。面白いから。ね?」



 ユリウスが女悪魔の手に、やんわりと手をかけた。

 悪魔がほほを染め、一瞬、情を交わした男女の、慣れた空気が走る。



『王城内のみな、聞け』



 ―――突然。全員の脳に、ユリウスの声が直接入ってきた。



『僕は今このときをもって、王位継承権を放棄する』



 その意味を皆一瞬わからず、呆然としたその時。

 女悪魔の黒い翼が急に大きくなり、ユリウスと自身を包み込む。



「で、殿下っ―――!??」



 それを、誰も止めることはできなかった。

 再び黒い竜巻がおこり天まで昇っていく。

 闇に溶ける。国王を殺し、たくさんの王族を殺した犯人が逃げていく。


 竜の雲も流れ消え失せると、そこにはドラゴンの姿もない。

 雨はやみ、何事もなかったかのように、星が瞬いていた。



     ***



 そして。


「国王陛下のご逝去、ならびに、王族男子全員がお亡くなりになられたのが、つい先ほど、確認されました」


「慎んで、あなた様を王として仰ぎ誠心誠意お仕えさせていただきます―――――国王陛下」



 レイナートの運命はこの夜、大きく変わった。



     ***

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