(1)国王はようやくお見舞いが許された
◇ ◇ ◇
久しぶりに、王城のオクタヴィア王女の私室の前に立ち、レイナートは何度か深呼吸した。
“血の結婚式”の直後以来、ずっと見舞いを拒まれてきたので、王女の部屋にくるのは、2か月ぶりだ。
緊張しながら、レイナートは重い木のドアをノックした。
しばらくして、ドアがきいっと音を立てて内側から開けられる。
オクタヴィアの侍女が、仏頂面でドアを開けてくれていた。
「ありがとう」
腹をくくり、一礼。
部屋のなかには国王親衛隊の女兵士も王女警護のため待機している。
窓の近くの安楽椅子に腰かけるオクタヴィアがこちらに会釈した。
寝間着ではなく、しかしやや楽な着心地に作られたらしいドレスをまとい、輝く美しい髪は、緩やかに編まれていた。
青い瞳、長い睫毛。
美しさは変わらないが、少し痩せたようだ。
「ご無沙汰をしております。
お加減はいかがですか?」
「おかげさまで、問題ないわ。
身体は完治しています」
膝の上に置いていた分厚い本を、サイドテーブルに置く。
法学などの本かと思ったら、古代の神話の本だ。
一神教が入ってくる前の神話を収集した貴重な本だが、国教会は『異端の書』と呼ぶそれ。
「ただ問題は―――」
オクタヴィアは右手をレイナートに見せる。
その手首から手の甲にかけて、うっすら光る紋様が刻まれていた。
自力でどうにか解こうとしたのか、紋様のあちこちにヒビが入るように皮膚の色が戻っているのだが、全体はびくともしない様子だった。
「封印ですね」
「ええ、結婚式の夜の」
レイナートが手を延べようとする前に、オクタヴィアはすっと右手を引っ込めた。
タイミングよく、オクタヴィアに向かい合うように侍女たちが椅子を準備したが、微妙に遠く置かれている。
封印を、自分が解いてみようか、という申し出はまだ尚早なようだと感じ、レイナートは胸のうちに引っ込める。
「少し、お話をさせていただいても、良いですか?」
「どうぞ」
「まずは先日、貴重な情報をこちらにいただき、本当にありがとうございました。
おかげでドラコの危機をなんとか救うことができました」
「人死にも少なく抑えられたようね。
国教会側の死者はきっと公式発表よりも多いでしょうけれど」
「そこは俺の力不足です」
王女は静かに、何かを考えている。
ずっと仲の良かった幼なじみの一人であり、あの“血の結婚式”の前まではとても懇意にしてくれていた相手だった。
レイナートが、オクタヴィアの切望した国王の座に、男であるというだけの理由で就く前は。
レイナートの政治の師であるオクタヴィアは、切れ者で影響力も大きい。民への考え方も近い。
できれば、自分の陣営に来てほしい、のだけど、それよりも何よりもいまは、仲直りがしたい。
「おそらくそちらに入っていないでしょうご報告が、ひとつ」
独自の諜報網を持つオクタヴィアが、不意に目を少し見開いた。
「ユリウス王子とベルセルカが会いました」
「……ユリウスが?」
明らかに動揺した色の声をあげる。
穏やかで感情の読み取りにくい顔をしていたオクタヴィアが、一瞬で、『姉』の顔になった。
「ドラコ城の城門に、突然脈絡なく現れ、ベルセルカに声をかけたと。
メサイアも一緒にいるときでした。
どうやら、俺に会いにきたようで、いないとわかるとすぐに帰ったと……。
ああ、それとベルセルカたちの会話の中身を尋ねたそうです」
「そう……姉には見舞いにも来ないのにね」
まさか来るわけが、と言いかけてレイナートはやめる。
オクタヴィアの顔に、明らかに苦悶が浮かんでいたからだ。
王家王族、貴族たちを虐殺するのみならず、オクタヴィア自身をむごたらしいやり方で殺そうとした相手だ。
なのに、それでもレイナートが思っていた以上に、彼女にとっては『弟』だったのだ。
「……ユリウス王子の行方については、俺のカバルスの配下に探らせています。また情報が入りましたら、お伝えを」
「どんな細かい情報でもいいわ……お願い」
レイナートはうなずいた。
「そのとき、ベルセルカとメサイアは、マーティア・ホプキンズという、ドラコで『聖女』を名乗っていた女性の魔力がとても強いという話をしていたようです。
彼女のことを、ユリウス王子が尋ねたと」
「少なくとも、私は知らない女性だわ……『聖女』?」
「ええ。国教会は彼女のために新たにそのような役職を作ったようでした。
女性の聖職者ということなのだと思いますが、メサイアはドラコの歴史上の存在の名を騙ったとも」
「……では、あれはそういう意味だったのね」
「え?」
まだそれほど長くは話せないかと思っていた。
最悪あいさつだけになるかもと。
しかし、思いの外、オクタヴィアは長く話をしてくれている。
「枢機卿が私のところに来た日のことを、レマからどれぐらい聞いていますか?」
「オクタヴィアに、自陣営に入れと言ったと」
「そう。そのあとも、再三私のもとに贈り物をしては勧誘を。
その際におかしなことを何度も言っていたわ」
『オクタヴィア様におかれましては、国教会の“聖女”としてのお立場で、この国の再生にお力をふるっていただきたいと……』
「国王になれれば存分にそうするわと答えておいたのだけれど。あの“聖女”は役職の意味だったのね」
「オクタヴィアに、そのような誘いが……。
なら、“聖女”は、マーティア・ホプキンズひとりではない?
今後また、同じような存在が出てくるかもしれないですね」
それにしても、解せない。
今まで、聖職者から、権力構造から女性を完全に排除していたのに。
つい考え込むレイナートに、オクタヴィアは続けた。
「ねぇ、レイナート。
まだ少し、時間をいただけるかしら」
「え、あ、はい!?」
「結婚式の夜のあの虐殺のことで、少し、あなたに教えたいことがあるの」
「……………え?」




