(17)聖騎士団始動
◇ ◇ ◇
「苦戦している、ですって?」
いよいよ、ドラコ全域を襲うモンスターを倒す英雄として満を持して登場させるために、国教会聖騎士団の出陣準備を整えていたマーティアのもとに、その知らせがきたとき、“聖女”は首をかしげた。
教会の執務室の文机の上は、兵のルートを検討した紙であふれかえっている。
「苦戦など、する要素がどこにありますの?」
「つまりその、敵方……カバルス軍やドラコ軍は、大量のモンスターたちを、ほぼ退けているのです。驚くべきことです」
マーティアはそれを聞いても、表情を変えなかった。
「なるほど、では異端者たちはほとんどが生存ということですね。
だからと言って、やるべきことはまったく変わらないでしょう?」
「…………!?
敵方は、ほぼ無傷ですよ!?」
『聖騎士団がドラコを救った』かたちをつくるためには、男たちの血が流れることが重要だ。
聖騎士団の『命がけの勇気』が『仲間の尊い犠牲』の果てに産み出したものでなければ。
そのためには、聖騎士団が殺す相手は、同じ人間でありドラコを守る役目を負った者たちではなくモンスターであるべきだ。
ただ、逆を言えば、カバルス軍やドラコ軍を殺したのがモンスターなのか人間なのか、ばれなければ体裁は整う。
当初は、カバルス軍やドラコ軍の生き残りがいても、肉体を強化した聖騎士団の敵ではないと考えていた。
しかし、敵方はほぼ無傷という。
マーティアが想像していたよりも、かなり強いのだろう。しかし。
「……聖騎士団が出陣するまえに、誰かがカバルス軍とドラコ軍をある程度壊滅させておけば、何も問題はないわ」
「…………!!」
「朝になるまでには、国中の者に伝える物語が、見事に出来上がっていることでしょう」
マーティアはほほえみ、立ち上がり報告者の横をすり抜け、執務室を出ていこうとした。
しかし扉を開くとそこに、大柄な男が立ちはだかっている。
「あら、どうされましたの?
元聖騎士団長さま」
「……貴女は、魔女だ」
「“聖女”たるこのわたくしを魔女と?
面白い冗談ですわね」
「人心を惑わし、狂わせて、血を流させ、国を混乱におとしいれる……これを、悪魔のつかいと言わずしてなんと言う!!」
元聖騎士団長デメトリオ・エセキエルは、自分が認識するところの魔女を語った。
幼い頃から彼が教え込まれた魔女像は、悪魔の手先となった人間であり、何より、人心を惑わし正しい信仰から人を遠ざける存在。
この目の前の“聖女”ほど、それに近しいと言える存在はなかった。
「……討伐する、偽りの“聖女”よ」
剣を抜く、デメトリオ。
マーティアは笑みの仮面を引き裂いて目を剥いた。
「誰が、偽りですって………!!!!!!」
ヒステリックな叫びとともに、デメトリオの巨体は教会の壁に叩きつけられる。
心の強さ、鍛練、そんなものを粉砕するマーティアの恐ろしい魔力。すでにいやというほどデメトリオは感じていた。
このまま自分は殺されるだろうと最初からわかっている。自分には“聖女”は止められない。止められるとしたら、きっとあの男。
決して折れない光を放つ、紫の瞳のあの少年。
(足止めを。ただ愚直に、しぶとく足止めを。
そうすればあの男は――――いや、国王陛下は、かならず間に合ってくださるにちがいない)
何本か折れた骨があるのを感じながら、デメトリオは、長年の相棒である剣を“聖女”に突き付けた。
「〈神の炎!!!〉」
魔道具である剣は、マーティアが次に放とうとしていた攻撃魔法よりも一瞬速く炎を彼女に届かせた。
一瞬遅れて防御したマーティアだったが炎を一瞬顔に浴び、そしてドレスは燃え上がる。
「……なんてこと!!
わたくしの顔に!?」
美しい顔が一部焼けたことを感じたマーティアは怒りのままに、手のひらにありったけの魔力を集める。
デメトリオは、背を向け、痛みをこらえて逃げた。
聖騎士として40年近く選ばなかった選択肢を、恥を捨ててあえて選んだ。
“聖女”は自分を殺すまで逃がすことはないだろう。
ならば、自分が逃げ、生き延びる時間がわずかでも長いほど時間を稼ぐことが出来る。
そう考えたデメトリオの背に迫っていたのは、明らかに人ひとりを殺すためには大きすぎる火の球だった。
火の球は膨れ上がりデメトリオを一瞬でその内で焼きつくし、国教会支部そのものの半分を包み込んだ。
火の球が消えたとき、がれきの山に立っていたのは、ポロボロに焼け焦げ襤褸と化した布がかろうじて体にまつわりついているだけのマーティアだった。
当然、執務室にきていた報告者もまた、骨一本残らず消し飛んでいる。
「…………ひどい格好ですわ。
身支度を整えなければ」
そんなことを呟いて、“聖女”は国教会支部の、かろうじて残った建物の中に入っていった。
◇ ◇ ◇
「お疲れ様です!!
皆さん、よくがんばりました!!
死者の蘇生、怪我の治癒、遠慮せず申し出てくださいね!!」
総大将たるベルセルカが馬上から声をかけ、そうしてあわただしく別の場所へとまわっていく。
モンスターからの防衛に成功した各所を馬で見回りながら皆に声をかけているのだ。
しかし、時間はない、あと一時間で日付が変わる。
聖騎士団が動き始める時がくる。
「一万もの兵を相手となぁ。
今度こそ冥府に送られることになりそうじゃわい」
ドラコ城に保護され、今回ダンジョン戦に参加していた老冒険者イーリアスは、そんな軽口を叩いた。
「もぅ、じいさん、縁起でもないこと言わないでよ。みんながんばってんだからさぁ。
メサイアやドレイクの闘いっぷりなんて素晴らしかっただろうに」
アスタルテがイーリアスの背を叩く。
「そうじゃのう。
……まぁ、まさか王族じゃとは思わんかったが」
他の冒険者がつぶやく。
「ふたりとも、城に戻っちゃうのかなぁ」
「それは仕方ないじゃろ、ドラコ城には主が必要じゃ」
「大丈夫。こんどは領主さまとして、あたしたちを守ってくれるさ」
会話をしていた冒険者たちの耳に、警戒のラッパの知らせが耳に飛び込んできた。
「……大変だ!!!」
「聖騎士団が、動き始めた!! 予定よりも1時間も早く!!!」
「!!??」




