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(15)開戦

     ***



 その日の王城。

 ――――公務を終えたところでレイナートは、ベルセルカに渡された魔道具の鏡を見た。


 彼女が開発した特殊な魔法がかけられており、レイナートが魔力を込めると、いついかなるときでもベルセルカの姿を映し出すのだ。


 姿が映る。ベルセルカがあわただしく兵に指示を出している。それを見て異変を察した。



「……何か起きたのか」



 鏡に向けて呼びかける。

 ふと気づいたベルセルカが、対になる鏡を、自分の胸元から取り出した。


 ――――国教会聖騎士団が動き始めました。

 ――――彼らは、ドラコに大きな混乱と大災害をもたらそうとしているようです。そのやり方は、おそらく………


 ベルセルカの報告をうけ、取り急ぎひとり身支度をする。

 執務室に準備している軍装、鎧、武器。

 そのまま、馬と転移魔法でドラコに急ごうとしたレイナートだったが、不意に部屋のなかが暗くなった。


 何かのかげが、部屋に入る光をさえぎっている。大きな濃い雲のような存在が、ちょうど建物のこの部屋の上に来たような?

 同時に、王城のそこかしこが、騒がしくなってきた。



(………いったい何事だ?)

 


 どういうことなのか、と、窓の外を見たレイナートは、その紫の目を大きく見開いた。



     ***



 ドラコには大小あわせて全部で50箇所以上のダンジョンが存在する。


 多くは、城郭施設の一画としての地下迷宮や、納骨堂、自然発生した洞窟など、地下へと長く続く空間に、障気が溜まり、魔物たちが住み着き、魔窟(まくつ)へと変貌していったものだ。

 なかにはごく少数だが、悪魔がつくったものもあるらしい、という噂もある。


 それらダンジョンは、ドラコのような土地では冒険者たちが生計を立てるために必要な場所のため、大切に管理されていた。


 ダンジョンのなかには希少なモンスターが多く生息し、そのモンスターのからだの部位や、蓄積された魔力を帯びた鉱石そのほかの物質など、こういった場所でしか手に入らない素材がたくさん手に入ったのだ。これらは貴重な魔道具や秘薬などの材料として、高値で取引された。


 もちろん、それを手にいれようとして入る冒険者たちは命がけであり、ダンジョンのなかで命を落とす者も多いのだけど。



 ―――しかしこの夜。

 とあるダンジョンの入り口の前に集まった冒険者たちは、またべつなことに命を懸けようとしていた。



「……しかし、本当に、そんなことできんのか?」


「疑うのか?

 上級冒険者のこの俺を?」


「そういうわけじゃないが……」



 ダンジョンは厳重に管理されているため、元々の入り口の周りに、重金属の壁が作られ、厳重な扉が閉ざされていた。


 治安維持のため、門番となる者がいるのだが、その門番たちはすでに(むくろ)として門の周囲に転がされている。

 ふだん世話になっていたはずの門番を殺した冒険者たちは、全部で5名。


 その中で、上級冒険者を名乗り、一番偉そうな男が、扉に手をかける。

 重々しい音をたてて、扉は両側に開いた。



 奥に、ぱっくりと洞窟のような下へ続く穴が開いている。自然の洞窟がダンジョン化したパターンであるらしい。



「うまくいったらごほうびに、あのお綺麗な“聖女”サマを、一発ヤリてえな」



 誰かがそう言って下衆な笑いが巻き起こる。

 彼らのなかで強姦は通常の性行為と区別されていなかった。そして高貴な女ほど、彼らの肉欲はそそられた。



「“大地の奥に深淵生まれる前、そして天地生まれる前、この世にありし唯一のもの。混沌に戻れ。障気とともにたちのぼれ”」



 上級冒険者が何がしかの詠唱を口にする。

 唱える中で、黒いもやのようなものが扉の奥、つまりダンジョンの中から立ち上ぼり、冒険者たちに触れて、後ろに流れていく。



「あの、さ」

「なんだよ」

「奥から、なんか出てきてないか、その、モンスター?」

「何言ってんだよ。それが目的じゃねえか」



 上級冒険者の男がそう言って笑った。

 ダンジョンのモンスターたちは普通、ダンジョンのなかに入ってから遭遇し、闘うものだ。

 しかし、入口からいま、骨魔物(スケルトン)や双頭の犬が、その後ろには上半身が人身の大蛇が、ほかの魔物たちが、ずるずると這い出てくる。


「ダンジョンの中の障気を薄めて、外に漏れさせて、ダンジョンの中と外とを地続きにしてんだよ。

 こうすることで、ダンジョンの中にしか住めないはずのモンスターたちが外に出る。

 町中の大混乱が、見物だぜ」


「じゃ、なくて!!

 逃げようぜアイツら、めちゃくちゃ俺たちを見てんじゃねえか!!

 食われるぜ!!」


「おいおい、まだ浅い階層だぜ?

 そんな強いモンスターなんて」



 言いかけた上級冒険者の頭を、奥からものすごい速さで這い出てきたサラマンダーが一噛みで食いちぎった。


「え、ちょ……ぎゃ、ギャアアアアアア!!!!」


 仲間たちもモンスターに囲まれ、押し潰されるように姿が見えなくなる。食われていくのは、悲鳴と、ボリボリと聞こえる骨の音だけが示していた。



「――――まずは、ここか」



 そのモンスターの混乱が、そのまま、ダンジョンの外の地へ流れ出そうとしていた、そのとき。

 〈転移魔法〉で2人の人影が現れた。



 長身の方の人物が、モンスターの群れに手を伸ばし、かざし。



「〈深噴火アルタ・エルプティオ!!!!〉」



 真っ赤な星がその場に現れたかと思うほどの、巨大爆裂魔法を放ち、その力で強引にモンスターたちを吹き飛ばし、ダンジョンの扉の中へ押し込んだ。

 カバルス軍総長、イヅル・トマホークである。

 使ったのは、これも王族しか使えないことになっている、『上級爆裂魔法』。



 ダンジョンの扉が、再び閉ざされる。



「ペルセウス。おまえは先に次のポイントの援護を。

 おれは、門番の蘇生後にすぐに行く」


「はっ!!」



 ペルセウスと呼ばれた少年は、そのまま転移魔法で姿を消した。



「………こんなことが、あと50箇所以上か……」



 冒険者たちの予備知識がなければ、恐ろしいことになっていた。

 それでもおそらくすべてのポイントで食い止めることはできない。

 モンスターたちは流出しても長時間生存はできないだろうが、障気不足で死にいくまでに、どれだけの人間の命を奪うのか。


 今回は、おそらくレイナートは間に合わない。

 自分たちだけでどうにかするしかないのだと、己を叱咤しながら、イヅルは門番の蘇生にとりかかった。


     ***

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