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(10)この国にあってはならない魔法

     ***



 変姿魔法がとけた首領をふくめた山賊たち、合計34名は、山のふもとまで連行された。

 正確には山賊は男女25名。その全員の首に、古い烙印が押されている。

 そして9名は、その共犯とされた者たち、だった。


 森を抜けた平地。

 太陽が西に傾きつつあるがまだまだ青い空の下で。



「ほかの子どもたちを、どこにやった?」



 カバルス軍に囲まれ、周囲の村の農民たちが衆人環視する中、甲冑姿のレイナートが、縛り上げられた山賊たちを尋問している。


 子が戻ってきた親たちは、子を抱きしめて涙した。

 しかし、首に押されたニセ烙印に戸惑い、嘆く。


 この烙印は、山賊たちが押したものだ。

 国教会が押す烙印を模している。

 さらった少女や子どもたちを転生奴隷と見せかけることで、見とがめられにくく、誘拐を発覚しにくくする目的で押されたのだろう。


 一方で、子がまだ戻っていない親たちは、深く落胆し、絶望の色を濃くしている。

 同じように我が子も烙印を押されているのだろうか? そもそも、まだ命はあるのだろうか?


 また山賊たちと思われた面々のうち6名は、元々ラットゥスでさらわれた者だった。

 国境や領境を越えて売り飛ばされるのを恐れ、山賊たちの言うことを聞き、人をさらうのに荷担する側になっていたのだ。

 彼ら、彼女らの首にも、おそらくは脱走防止のためか……烙印がおされていた。



 山賊の首領は……キッ、と、目の前の尋問者をにらみつける。

 レイナートが国王であることは話していない。

 おそらくはラットゥスの役人か軍人とでも思っているのだろう。



「俺一人がさらい、俺一人で売り飛ばした。

 他の誰も、その先は知らん」


「だからどこへやったと聞いている」


「言うものか無能役人!!

 同じ苦しみを、ラットゥスの連中も味わえばいいんだよ!!」


「同じ苦しみ?」


「そうだろ!?

 奴隷乞食の、ラットゥス民どもがよぉ!?」



 首領が大声をあげると、あわてたように、口々に農民たちは首領を罵倒し始めた。

 しかし、首領は屈しない。



「確かに、俺は、俺一人は転生者だ。

 だがな、他の奴らは……」



 たまりかねたように、他の山賊も声を上げる。



「俺たちはみんなアぺルの出だ。

 俺はこどものころ、20年以上も前、ラットゥスの連中に誘拐され、首にニセの烙印を押されて奴隷にされたんだ!!」



「ち、ちが……」「それは……そのっ」

 動揺するのは、ふもとの村の……一定以上の年齢の大人たち。

 助けられた子どもたち、また若い者は、ただただ困惑している。


 子分たちが口々に同調していく。



「あの頃は、ラットゥス側のふもとの村の農民たちが、山賊も人さらいもやってたんだよ!」


「お前たちがあのあたりの村の人間なら、どうせ、すべて承知の上なんだろう!?

 それともこどもには隠してたのか!?

 いま働かせてる奴隷も、いったいどうだかな!?」


「だから、俺たちも、ラットゥスの女どもやガキどもに、烙印を押して売りとばしてやったのさ!!!」


「たとえ取り戻したところで、一生烙印は消えないね。

 あたしたちのようにな。

 ザマァみやがれ!!」



 もう、失うものはないとばかりにラットゥス領民を罵倒し続ける山賊たち。



「そうそう。忘れもしねぇ20年前、山賊の討伐隊がきた。

 やっと助かったと思ったぜ……」


「だけどこの村の連中はねぇ、被害にあってる側だと装って、あのダンジョンが山賊のねぐらだと嘘ついて入らせ、全滅させたんだ!!」



 ……それで、彼らが脱走するなどして自由を手に入れたとき、あのダンジョンを住みかに利用することに思い至ったのだろうか。


 それでも、さらわれた子どもに罪はないだろう?

 復讐で人さらいを正当化はできないだろう?

 すがるような目を、村人は国王に向ける。


 しかし王は口を開かない。騒ぐ山賊たちを、静かに見つめている。


 囲む村人のひとりが―――さらわれた子の母親だろうか―――ひざをついて、泣き出した。



 その時。



「まったく、お人が悪いですなぁ、国王陛下……」



 老人の声が、その場に割り込んできた。

 見ると……見違えるように身なりを整え、家令に手を取られたカロン・セネクスが、芝居がかった様子で、やってくる。

 領主、と名乗ってよい正装で、しずしずとレイナートのほうに歩みを進める。

 一瞬で空気が変わった。


 国王陛下?

 国王陛下だって?


 山賊たちが、目で困惑を伝えあっている。

 カロンは、ふふん、と鼻で笑った。



「人の良心をためすために、あえて与えられるものを隠しておくとは……なんとも、お人が悪い」


「何のことかな」


「しかし、人は、我が身かわいさが消えたとき、我が身などどうでもよくなったときが一番たちが悪いのです。ゆえに、保身を思い出させるのが、無害化する最初の第一歩です」



 山賊たちが口をパクパクさせてものを言えない。

 魔法を使っているのではない。

 静かに威圧されているのだ。



「どうせいまのそいつらに良心などございませぬ。

 ゆえに、示してやるのがよいでしょう」



 カロンの登場は、事前に打ち合わせたものではないが、切り札を出す、良い流れを作ってくれた。



「……救出されたこどもを1人、こちらへ」



 レイナートに呼ばれ、母親に連れられてやってきたのは、10歳にも満たない茶色の髪の少年。

 幼い体に、ついこの間押されたらしい焼き印が、まだ痛々しい。


 レイナートが椅子から立ちあがると、かわりに、脅えた目の少年を腰かけさせる。

 首筋の烙印の上に、後ろから手をかざす。



「……上級治癒魔法、<再生治療クラティオ・レゲネラチオ>」



 レイナートは、カバルスで保護された転生者たちから、あるいは亡き異世界人が記した医学書から、異世界医学の知識を得ていた。


 人間の体は、『細胞』なる目に見えない小さな生き物のようなものの集合体であるという。

 胎児(はらこ)が最初に宿ったときの『細胞』は、万能。あらゆる人体のパーツへと分化していくのだと。

 そして、成長してからの『細胞』も、とある条件下で『培養』することで『多能性幹細胞』なるものへと変貌する。


 同じことを魔法で起こせないか?


 原理を知って、魔法実験で試行錯誤した結果、レイナートの治癒魔法の技術は、爆発的な進化を遂げた。

 この国の魔法体系に存在しないものへと。

 ……この国の魔法体系に、あってはならないものへと。



 ゆっくりとレイナートが首筋から手を離す。

 少年の首筋の烙印が、すっかり消えていた。



「こ、……国王陛下!!」



 最初に声をあげたのは、母親だった。


 突き飛ばさんばかりの勢いで、少年を抱きしめ、大声で泣く。

 少年も、事態を把握するのに時間がかかったが、少しして理解したらしく、母親にすがりつき、わらった。



 一方で、山賊たちはあっけにとられている。


 その少年の次につれてこられたのは、ベルセルカと同じ年ごろの少女だった。

 かろうじて、性的暴行は受けずに済んだそうだが、細い腕に残る、拉致の際につけられたのではと思われる(あざ)や傷が、痛々しい。

 彼女が椅子に座ると、その細い首筋の烙印も、あっさりと、レイナートは消してみせる。



「な、なんで……!!」



 山賊の首領が、泣きそうな声を上げた。



「教会のものではない烙印は何も力を帯びていない、要は単なる火傷だからな。

 人体の再生能力をいじれる俺の魔法で消せる」



 つまりニセ烙印だから消せたのだ、とレイナートは強調する。



「さらわれたこどもたち全員をここへ」


「……………お、俺もぉ!!」



 突然、山賊の一人が平伏して叫ぶ。

 その表情は、明らかに『無敵』ではなく、恐怖を取り戻していた。



「こ、国王陛下!!

 お願いです。こどもを売った先は全部白状します、だから!!

 死ぬ前に、この、この焼き印、消してください!!」


「お、おい、てめぇっ…」


「あ、あたしもお願いします!

 国王陛下、ごめんなさい、本当にごめんなさい!!

 できることはなんでも、します!!」


「お、俺も!!

 本当に申し訳ございませんでした!

 おのれの罪を心から悔います、だからっ!!!」



 懇願しながら、山賊たちの顔は、脅え、後悔していた。

 渇望し続けたものが、どうしてよりによって、自分の人生を狂わせた者と同じ罪を犯し、さらに国王や村人を罵倒した直後に、その存在を見せられるのか?

 でも、要らないなんて絶対に言えない。

 後悔。恐怖。焦燥。後悔。

 『自分たちこそがやられた側だ』という、心にまとった鎧が、『烙印は消せる』という暴力的なまでの希望を見せられて、粉々に砕けていた。



「どうせ処刑されるとしても、俺、転生者じゃねぇことを証明して死にたいんだ!!」


「おねがいします、陛下ッ………!!

 お慈悲をっ」



 山賊たちの悲痛な叫びは、何か言っている首領の声をかき消していった。


 仲間をかばったただひとりの転生者は、地面にうずくまり、泣いた。



     ***

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