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(8)山賊首領VSイヅル

     ***



 山賊の首領はもっさりと濃い髭に包まれた男だった。

 年の頃はいくつだろう、40には届かないぐらいだろうか。

 レイナートよりも長身のイヅルと、ほぼ背丈は同じぐらいだが、体の厚みは倍もありそうだ。


 しかし。

 剣も奪い取られ、さらにあっさりイヅルに地面にたたきつけられた首領は、低くうめいた。



「クッソ……。

 おまえ、本当に女かよ!?」



 自分を男だと認識しているうえ陳腐な感想に答える気のないイヅルは、鼻血を流した首領が、立ち上がろうとするところ、さらに顔面を蹴り飛ばす。

 首領は、地面をゴロゴロとタテに転がり、大木にぶつかって止まった。


「意味が……わからん……」


 首領がうめく。


 イヅルは、最初から素手である。

 素手で、剣をもった山賊たちを殴る蹴る、そしてあっさりと意識を刈り取っていく。

 残ったのが、首領だ。


 さっきから殴り合いにもならない。

 イヅルが当たり前のように使う見たこともない武術に、首領の巨体は、ただただ翻弄される。


 もはや、一方的に投げられ打撃を食らうばかりであった。



「っ……く、しょう……このぉ」

「諦めろ。いまは命は取らん」



 今回は殺すわけにいかない。

 ゆえに手加減せざるを得ない。

 イヅルとて『カバルス軍のなかではレイナートに次ぐ』と言われるほどには魔法を使いこなすのだが、さっきから一度も魔法は使っていない。


(物理強化魔法ぐらいは使おうか)



 イヅルが近づくと、首領が、低くうめく。


 いや、その口が小声で何かを素早くつぶやきはじめている。



「……“来たれ原理を支配する者よ……

 闇と大地に息づく命よ、

 我が求めに応じ、

 摂理に抗う力を与えたまえ”……」



 “詠唱”だ。

 読み上げきったところで、首領の体が光に包まれ、その口元が歯をむき出しにして笑った。



「―――転生者特化型魔法、<前世還り《アド・ヴィタム・プリオレム》>!」



 服が朽ちた葉が砕けるように引きちぎれ、そこからこぼれた光の塊が膨らむ。


 ぶわりと大きくなったそれが、もこもこと動き、手足が生え、そして顔もできていく。

 人の身の丈の3倍もあるだろう、巨人のようなシルエットを見せる。


 光は次第に収まっていき、残ったのは異形の生物だった。


 <前世還り>とは、転生者のみが使える、前世の姿に一時的に戻り、前世の身体能力が使えるようになる魔法である。

 首領は、いや首領が“前世還り”した生物は、はるか上からイヅルを見下ろし、牙を見せながら毒の気に満ちた息を吐いた。


 顔つきは歪み異形に、鋭い目は毒々しく光り、頭の両側に鋭い角がにょきりと生える。



「……なるほど、オーガか」


「お う よ 。 今 世 は 人 間 な ん て 貧 弱 な 生 き 物 だ が 、 こ れ が 俺 の 前 世 の 姿 だ ――」



 発声器官の構造がかわったのか、滑舌はやや悪くなったものの、声はおおきく周囲に響く。


 異世界から来たイヅルには、元々、転生者=自分がもといた世界から来た者、という感覚があったが、実際にはこの世界の中だけで起こる転生のほうが、はるかに多いのだ。


 オーガは足をゆっくり持ち上げると、イヅルを踏みつぶそうとする。


 イヅルは避けると、軸足のほうに蹴りを打ち込む。


 びくともしない、巨木のような感触。


 何かを納得したように軽くうなずくと、イヅルは軽く跳び、オーガの足の指にめがけ片足で着地した。



「………あ が ぁ!!」

「末端が弱いのは人間と変わらず、か」

「う …… ぐ っ !!」



 下段突きで続けて足の指を砕くと、ぱっと離脱した。

 ヒットアンドアウェイは常に変わらない。


 こちらをにらみながら、オーガが凶悪な腕を振り回してくる。

 木がボキリボキリと折れ続ける。


 イヅルを追って前進する中、オーガは突如軸足に走る桁違いの痛みに、「ぐ ぅ!!」とうめき、ひざを折りそうになる。



「な ん だ……?」


(さっきの蹴りより、遅い。だが、はるかに重い!!)



 オーガは敵を見失い、混乱する。体が人間よりずっと大きくなってしまった分、敵が自分よりずっと小さく、見失いそうになってしまうのだ。

 見えない。見えない。見えない。



「が、あ!!」



 今度は腕に走る痛み。

 やはり、相手の攻撃のパワーが増している。

 速い攻撃と、重い攻撃が混じっている。



(どういう、ことだ?)



 オーガが再び、きょろきょろと周囲を見まわす―――その視界の死角を滑るように、イヅルは移動していた。


 そして跳躍して、オーガの背中を駆けあがる。

 オーガが慌てて振り返ろうとする。

 その、うなじに目掛けて、イヅルは足を大きく振りかぶった。



「転生者特化型魔法、<部分前世還り《アド・ヴィタム・プリオレム・パルス》>」



 その下半身、左半分が、尻のあたりから瞬時にむくりと膨らみ、瞬く間に変化した。

 ズボンに入った大きな切れ込みのせいで服に支障はないが、そのズボンの中身は、筋肉に覆われた岩のような足に変わっていた。



 ――――オーガの首に斧を振り下ろすように、誇張ではなく岩をも砕く蹴りがうなじに叩き込まれ、一声断末魔のような声を上げてオーガが巨体をよろめかせた。


 人間と同じ構造なら、脛椎(けいつい)を砕けば動けない。


 しかしオーガは、人間と異なり、すぐに体が崩れ落ちることなくこらえている。

 そして、その折れた箇所から白い煙が急速に立ち上っている。

 人にはない回復能力で、どうにかもちこたえようとしているのらしい。



 イヅルの腕がすばやくオーガの首を後ろからおさえた。

 腕を精一杯伸ばし、太い首をがっちりと抱え込む。


 その腕が、上体が、ぶちぶちとなにかがちぎれる音をたてながら膨れ上がっていく。

 みちっ、と、オーガの首をつかんで離さない。



「な っ …… な ん、だ !?」



 ………前世のイヅルは、市井(しせい)の武道家だった。

 若い頃は、斧ひとつもって山にこもり、熊や猪と闘い、あらゆる鍛錬を経て全身を巌(いわお)のように大きく堅く、かつ、恐ろしい武器に作り上げた。

 <部分前世還り《アド・ヴィタム・プリオレム・パルス》>によって、その身体に戻すことができるのだ。


 つまり、今世での女の体が使いこなせる、しなやかで桁違いに速く鋭い攻撃と、前の男の体が使える桁違いの破壊力、筋力を短いスパンで使い分けられる。


 戦闘中に、自在に<前世還り>し、また元に戻る。

(それをして体が大きくなっても服がちぎれないように、袖口や臀部に大きな切れ込みが入っており、防具やブーツも一部が延びるように細工されている)

 敵は速さと重さの変化についていけずかく乱されるのだ、が……



 今回のように、不意討ちでモンスターの首を絞めるのにも、非常に役立つ。


 ギリギリギリギリと、イヅルの筋力に首を絞めあげられたオーガは、ぷつりと糸を切られたように、たおれこんでいった。

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