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(3)征北将軍VSドラゴン




「ひっ……」



 大将の死を受けて、ノールト軍は、騎兵も歩兵もかまわず我先(われさき)にと逃げ出していく。



「敵将、絶命!」



 誰かが叫んで、その死を敵味方の全体に知らしめた。

 浮足立つノールト軍全体は、総崩れ。

 戦意を失い、レイナートの馬の横をすり抜けて逃走していくのだ。


 その中に、目を走らせる。

 探していた相手は、やはりいない。



「………どうして、こんなことに……!?」

「俺たちには、竜王様がついてたんだろ?

 なんで、どうして戦場に来なかったんだよぉ…」



 逃走兵たちの(なげ)きがレイナートの耳に入り、すぐ消えていく。



「竜、か」


「レイナートさまぁ─────!!!」



 副将軍ベルセルカの声。

 乙女は敵兵の追撃になどまるで興味を持たないように、レイナートの近くまで駆け寄ってきた。

 馬まで返り血を浴びながら、果実のようにみずみずしい少女の笑顔は、こんなときでもかわらず美しい。



「いました?」

「いや。行ってくる」

「行ってらっしゃい!」



 この戦の細部までしっかり詰めていた2人は、余計な言葉をかわさない。

 宙にレイナートが魔法陣を描くと、人馬はふっと、姿を消した。



     ***



 戦場からほど近い、石造りの城。

 その城の最上階の広間で、立派な服を着た1人の小柄な男が、平伏(へいふく)している。


 頭を下げる先には、黒く鈍く輝く(うろこ)に身を包んだ、恐ろしく巨体の生き物が鎮座(ちんざ)し、ゆっくりと呼吸し、男を静かに見下ろしていた。


 世にも恐ろしい面長な顔は、それだけで巨木かという大きさだ。

 たくましい四本の脚、さらに、背中にはコウモリに似た、大きな翼がある。


 その瞳は男を見下ろしているが、感情は読めない。

 男は何かを(つぶや)き続ける。



「──いと(とうと)き神、漆黒の(ドラゴン)さま。この城の守り神様。8年前、レグヌムではなく、『神の国』ノールトを選び、こちらについてくだされた神様。なにとぞ、此度(こたび)も、レグヌムの暴徒どもを、そのお力で……」



 願いを伝えているというよりも、まるで神像に祈りを捧げるように。

 この男こそ、ノールト王からこの地を与えられ、現在治めている領主であった。



 広間の左右の壁には、天井にまで達する大きな窓が開き、その先はテラスとなっている。

 窓は、竜の巨体が簡単にくぐれる大きさだ。


 竜がこの部屋に住み、いつでも好きなときに空へと飛んでいける、竜のために造ったような構造の城だった。



 8年前。

 政略結婚によって友好関係を強めたはずのノールト王国が、不意打(ふいう)ちでレグヌムにしかけてきた戦には、宣戦布告(せんせんふこく)さえなかった。


 その頃どこから現れたともわからないこの竜がノールトとレグヌムの国境付近に住み着き、それを神の啓示だと誰かが言い始めてノールト王国と軍の士気が高まった、というよりも『調子に乗った』ことが原因ではないか……と、レグヌム側では言われている。


 (ドラゴン)そのものを『神』として(あが)めるのは、この領主が言い出したことであった。

 それは国が国教とさだめている一神教の教義に明確に反していたが、支配に都合が良かったため、中央からも黙認されていたのだ。



 ふいに、重い木がきしむ音がした。

 彼らがいる広間の扉が、ゆっくりと開かれる。



「────戦場に出ることも、ノールトの都に逃げ帰ることもせず、(ドラゴン)に泣きごとですか。領主殿」


「ひっ……!」



 領主は、扉を開いた人物を見て、目をむいた。



「……将軍?……レグヌムの……」



 顔は知っていたようだ。それとも、目の色か、鎧のせいか。

 レイナートは、領主にかまわずつかつかと、竜の前に歩み出る。



「し、城の兵は……!?」


「死んではいません、全員眠らせています────で、こちらが8年前からこの地に住み着いていると噂の、(ドラゴン)だな」



 領主が必死で走り、竜のうしろに隠れようとする。

 威厳など何もなく、生き延びるための行動をとる。

 それもまた正しい選択のひとつだ。



「まだ若い(ドラゴン)ですね。

 どちらの国についたとか、神がどうとか、そういう話じゃない。おそらくは大陸の西で行われているという竜狩りから逃げてきて、たまたま8年前この近辺に現れたのでしょう。

 そして、自分たちの国についたと信じたノールト軍の士気が上がり、勝利した」


「こ、ここ、殺せ!!

 あ、あいつを、こ、殺してください!!!」



 震える声で領主が竜に叫ぶ。


 竜の目に、やや迷いが浮かんだ後、するりと立ち上がった。

 大きくて真っ赤な口をがばりと開くと、のどの奥から勢いよく炎が噴き出てくる。

 レイナートが手のひらを突き出す。



「<大楯スクートゥム・マグヌス>!」



 高速で渦巻く黒く大きな(たて)が手のひらから放たれてレイナートを守り、炎をあっさりと受け止めていく。

 再度火を噴こうとしたのか、深呼吸する竜。

 そのすきにレイナートは腰に1本残っていた剣を抜き、床に突き立てた。


 レイナート自身が開発した、特化型魔法。



「────<誘眠(ソムニフェル)>」



 剣から光が床に広がり始めると、同時に竜が炎を吐く。

 しかしレイナートは炎を避け、跳躍し竜の体に跳びあがった。



「バカな! 剣もなく丸腰で、(ドラゴン)相手に何を……」



 領主がレイナートを見上げ、わめく。


 まとっているのは、白金の鎧。

 金属の重い防具を帯びた長い足で、レイナートは、竜の後頭部に横蹴りを叩き込んだ。


 耳をつぶすような大きな鳴き声を上げる、竜。

 そのまま竜が頭を下におろすと、床に刺さった剣から広がる光の(もや)に、鼻先が包まれた。

 ぐらり、と巨体が揺れる。

 竜の(まぶた)が、静かに閉じた。




 ……ズ、ズ、ズズゥゥゥン……。




 城全体を揺るがす振動とともに、竜は床に伏し、いびきをかき始めた。



「……(ドラゴン)がっ!? いったい…」



 逃げ場のない城の壁を背にし、領主がへたり込む。

 竜の体から、レイナートは下りて、トン、と着地した。



「殺してはいません。しばらく眠っているだけです」



 竜は人の思いをくみとる。戦を()て疲弊した人々に大切にされ、去るに去れなかったのだろう。

 その村は決して荒らすなと命じてあり、信頼する隊長たちがそのように指揮している。


 だから、あとは。

 床に刺さった剣を引き抜き、領主のもとに、つかつかと、近づいていく。



「けなげにも、世話をしてくれたあなたの味方をしようとしたのでしょう。

 人間の戦争に、モンスターを巻き込むのはやめませんか、領主殿」


「ひっ……ひぃ、ぃ! 寄るな、寄るな! レグヌムの化け物め!!」



 見栄(みえ)もへったくれもなく泣き叫ぶ領主。

 その心臓を、レイナートの剣は一突きに貫いた。



     ***



スクートゥム

中級武具魔法。魔力によって身を守る楯を瞬間的に具現化する。

物理攻撃のみをうけ、魔法攻撃には無力。直径は人間の身長前後。


大楯スクートゥム・マグヌス

上級武具魔法。魔法攻撃も防ぎ、直径は<(スクートゥム)>の3倍以上。


誘眠ソムニフェル

特化型魔法(開発者のみ、あるいは特定の条件を持つ人間のみが使える)。

相手を自在に眠らせる魔法。開発者のレイナートは悪用を危惧し、使用にあたりいくつかの制限をかけている。


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